気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

たしかなこと 2 (18)

2020-09-22 12:04:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (18)






…え?


宣隆さんは虚ろな目で駆け寄る私を目で追っていた



慌ててナースコールで知らせると看護師さんが入ってきた


看護師さんが彼に話しかけてるのに何も答えず 私の方をただぼんやりと見つめるばかりで戸惑った


もしかして

「宣隆さん!?聞こえない!?声が出ない!?」



息で抜けるような言葉にならない声を出した




「先生を呼びますね。」

看護師さんは医師を呼びに行った



宣隆さんの目に私が映っている
ただそれだけで胸が熱くなった



「良かった… 意識が戻って」

涙が込み上げてきた




それから医師が手足を動かすよう指示した
指示したように少し動かす

ちゃんと耳は聞こえているようだけれど



虚ろな目で私を眺めるように見ていたのは

ただ私が何者なのかわからなかったからだということがわかった




ーーー ショックだった




他人を見ている

そんな遠い目が私の心を刺した



「本当に… 思い出せない?」



何も喋らない

医師の言葉は理解しているようだけど



きっと

見ず知らずの女が話しかけていると思っているんだろう…




万結ちゃんが病室に駆け込んできた

「パパ!?」

泣きそうな目で彼に話しかけた


宣隆さんは万結ちゃんのことがわかるのだろうか…


「あ… 」何か言おうとした


「え?何? パパ喋れないの!?」

確かめるように私の顔を見た



「今は… でもその内 話せるようになるって(笑)」


「良かった… 良かったぁ」

泣きながら宣隆さんに微笑んだ





万結ちゃんのことは… 覚えてるの?


すると紘隆さんが病室に入ってきた


「香さん、連絡ありがとう。兄貴はどう?」

宣隆さんの顔を覗きこんだ



「ひろちゃん、、」

万結ちゃんはホッとした表情をした


「やっと目ぇ覚ましたか。」

宣隆さんは無表情で万結ちゃんと紘隆さんの顔を見ている


どうなの? 二人のことはわかってる?


「パパは今は喋れないんだって… でもその内喋れるようになるみたい(笑)」


「そうなのか。でも声は聞こえてるんだろう?」

胸がズキッと痛みが走った



「はい、、聞こえてます、、」

そう答えた私を紘隆さんは何かに気付いたような表情をした


しばらくして万結ちゃんはまた明日来るからと嬉しそうに帰っていった





「香さん。どうか、したんですか?」


宣隆さんが私のことを忘れてしまったことを打ち明けた


「やっぱり辛いですねぇ(笑) まさか忘れられてるなんて思いもしてなくて(苦笑)」



ダメ… 宣隆さんの前で泣いちゃダメだ

ダメだと強く思うほど涙が溢れてくる



「大丈夫。その内必ず思い出すよ。」


私に話しかけるその声
私に向けるその瞳も
肩に触れるその手も

やっぱり宣隆さんのようで…



紘隆さんは寄り添うようにが私の肩を抱いた



「辛いのによく耐えて頑張ってたなと思うよ。泣きたい時は我慢しなくていいよ(笑)」


優しく語りかけてくれる声も言葉も本当に宣隆さんのようでポロポロと涙が溢れた



すると…

服を少し引っ張られる感覚がして

振り替えると宣隆さんが私に手を伸ばし軽く服を摘まんでいた


宣隆さんは私に何かを訴えるような表情で
「… はっ、」と声を出した



「香さんだぞ。わかるか?」

宣隆さんは少し眉間にシワを寄せ不安そうな表情で弟の紘隆さんを見た



「俺のことはわかるか?」

少し頷いたように見えた



「じゃあこの人は?」

やはり
ただ 私をじっと見つめるだけだった


やっぱりわかってない様子だ…


「何故香さんだけ…」

眉間にシワを寄せた




これは一時的なことだろうからあまり気に病まないようにと私を励まし紘隆さんはまた来るからと帰ってしまい

二人きりの病室は静かで

少し居心地が悪かった




「私はあなたの… 」

言葉が詰まった


ここで私は “妻” だと言っても混乱させてしまうだけのような気がした


「身の回りのお世話をさせてもらってる者です。」


理解したようで 彼は少し頷いた




本当に他人のようで

切ない




「あ、私もう帰りますね(笑)」

また少し頷いた


「じゃあ、お大事に、、」

宣隆さんの着替えを持って病室を出た




やっと意識が戻ったのに…




ーーー




母にその事を報告すると
意識が戻ったことを喜んだ

しばらくは見舞いは控えて欲しいと伝えると 困惑した声で母は了承した



その夜
彼の着替えやバスタオルを洗濯機に入れた



「…いつからの記憶が無くなっちゃったのかな… 」


インターホンの音が鳴った
誰かが訪ねてきたようでディスプレイを覗いたら兄だった


“よっ!”


「えっ?どうしたの?」


“早よ 開けろ~。”


あ、あぁ、、

ドアを開けるとムスッとした顔で入ってきた


連絡もなくいきなり夜にウチに訪ねて来たことなんてなかったから驚いた



「腹減った。なんかないの?」

キッチンに入って行き筑前煮が入った鍋の蓋を開けた


「なに?どうしたの?」

「なんだ、旨そうなもんあんじゃん(笑) 」


突然訪ねて来た理由を聞くと

「お前さぁ。なんで “アタシがアンタの嫁でしょうが!寝過ぎてボケたんじゃないの!?” って言ってやんないの?」


兄のその女口調に思わず吹き出した


「いやいや、お前~。笑い事じゃないだろう?」


「だって、、あははははっ(笑) 」


「お前はそれで良いワケ?それにやっと妊娠したんだろ? あ、それもオカンから聞いた。おめでと、、」


「あ、ありがと… 」なんか照れくさい…



「その妊娠も知らないままだろ。これからどうすんだ。」


筑前煮をお皿によそって ご飯もこんもりと盛って冷蔵庫を開けて漬物が入った容器を取り出した



「で? お兄ちゃんは晩ご飯を食べに来たの?」


「なにぃ!? どこをどう見てそう思うんだっ!失礼なヤツだな!」


失礼なヤツって、、

こんもりとご飯を盛って食べだしたじゃん

誰がどう見てもそう見えるよ




「あのねっ、心配して来てやったのっ!俺のこの兄妹愛をお前はいつになったらわかんのかねぇ… 全く冷たい妹を持ったもんだ。兄ちゃんは悲しいっ!

しかしこの筑前煮 “は” 旨いな。」


「“は” って強調するのやめて?それに、、意識が戻ったばかりの今の宣隆さんに本当のことを言ったら混乱しちゃうよ。」


「なんでだ。んなのわかんねぇだろ… それにその腹だってあっという間にデカくなっちまう。いつまでも隠しておけねぇだろ。」


「そんなこと、わかってるよ… 」


わかってるけど…

涙がポロポロ流れ落ちた



「そら見ろ… やっぱ辛ぇんじゃねぇか。」

箸を置いて水を飲んだ



「お前、ほんとアホだねぇ。俺はさぁ、お前のダンナより、お前の方が大事なんだよ。昔っから気丈に振る舞うけど一人で抱えこんでは辛い思いする奴だからよ。

お前は俺のことなんも知らねぇアホだとでも思ってたか? (カッカッカ!笑) なんでも知ってんだよ!お前の兄ちゃんだからな(笑)」



「ほんと、バカじゃないの?(笑)」

いつものふざけた性格の兄ちゃんがとても優しくてますます泣けてきた


「生まれてくる子供にちゃんとダンナのこと、父親だと言えるようにな。」


「…わかってるよ。」


「ダンナにお前の作ったこの旨い筑前煮食わせりゃ全部思い出すんじゃねぇか?(笑)」



品のある宣隆さんとは真逆の兄ちゃんは

子供の頃からいつも私の盾となって助けてくれるガキ大将だった


そんな頼もしい兄だった

こんな年齢になっても励まし助けてくれる



「また… あの人に私を好きになって貰えるよう頑張ってみる。」


「そんな悠長なこと言ってる時間はねぇぞ。」



わかってる

だから私は…





ーーー





翌日病室に向かうと検査で部屋にはいなかった
彼の眼鏡を持ってきた



しばらくすると車椅子に乗せられた彼が看護師に押されて戻ってきた


看護師さんが私に声をかけた

「あ、奥さん、こんにちは(笑)」




結局 こうして病院でわかっちゃうよね…


「こんにちは、、」


頭を下げた

宣隆さんは困惑顔で私の顔を見ている



「宣隆さん、眼鏡です。」


彼に優しくゆっくり眼鏡をかけてあげると私がハッキリ見えたのか

驚いた表情をした



「さ、さ、 …」


今、私の旧姓“笹山”と言おうとした!?
部下だった頃の私を思い出した!?



「良かったですね(笑) 奥さんずっと心配されてましたよ(笑)」

そう言いながら看護師さんは彼をベッドに座らせ寝かせた


彼は痛みで眉間にシワを寄せた


「これからリハビリを始めていけるそうです(笑) しばらく動かしてなかったので骨や筋肉の衰えもあるので徐々にですが動かすことでまた歩けるようになりますよ(笑)」

その報告に安堵した


「ありがとうございます(笑)」


「では何かあったらナースコール押してくださいね(笑)」


看護師さんは病室を退出した




宣隆さんは難しい表情をした


「笹山、君、、」



彼はゆっくりと話し始めた


どうしてこうなったのか
何年間の記憶が無いのか
何故部下の私と結婚したのか

当然知りたい事だろう…




「わから、ない、、なにが、どう、なった、のか、、」

動揺している




「私達がお付き合いを始めて6年になります。」


「…え」

6年間分の出来事を完全に忘れていることにショックを受けた




何故 私なんかと結婚したのか、あり得ないと思ってるようだった…


私はこの人を愛しているけれど
今 目の前にいるこの人は私を愛してはいない





ーーこれは完全に私の片想いだ



たとえ記憶が一生戻らなくても
また愛しあえるのかな…



私達の距離が近くなるきっかけになった
あの偶然の電車で会ったことから

プロポーズをしてくれるまでのいきさつを丁寧に語った


彼は真剣な表情で私の話を静かに聞いていた


「… よく、わかり、ました。しかし… やはり、思い出せま、せん。すみま、せん、、」


申し訳なさそうに視線を落とした



「いいんです、いいんですって(笑) 今度は私があなたを振り向かせます。ふふっ(笑)」



「僕は… 僕も、努力、します… 」



“努力する”



その言葉に胸がチクッと痛んだ

好きになるよう努力する…か



「努力なんかしないでください。私のこと愛せないなら… 」


お腹が大きく目立つまでにあなたを振り向かせられなければ



「もう離婚、しちゃいましょう?(笑)」




宣隆さん
困惑してる…




ーー それは私の決意だった


赤ちゃんは私一人で育てることになっても




「離婚は… 駄目…です。」


「どうして?」


「わから、ない… でも、したく、ない、、」



弱々しい声でそう言った


宣隆さんの言葉に
少し 心が救われた



「じゃあ私と恋愛できますか?」


「…恋…愛?」

困惑の表情をした






ーーー






長く眠っていたことは目覚めて直ぐにわかった

ぼんやりと白い天井が見える


物音のする方に目をやると女性らしき後ろ姿がぼんやり視界に映った

その女性は僕の傍に駆け寄って声をかけてきた



眼鏡がないからぼやけてよくわからない…



この声
聞き覚えがある

誰だっただろう



思い出せない…



ここは一体何処だろう

どうして僕はここにいるんだろう



僕に問いかける内容からすると僕は病院にいるということは理解した

しかし声が上手く出せない…



僕はどうして病院にいるのか…


変だ

身体を動かそうとすると激痛が走り動かせない



聞き覚えのある親しげに話しかけるその女性の声は若いようだ

本当に誰なんだろう



でも…

何故か心は落ちついた





そして万結の声がした



「連絡ありがとう。兄貴はどう?」

この声は紘隆…



女性と話している
親しい関係のようだ…



“意識が回復” “事故の後遺症”

二人の会話で僕は事故に遭ったということを理解した



この女性は “カオリ” という名なのか

カオリ?
誰なのか思い浮かばない…




なんだ?

“カオリ”という女性が泣いてる?


ぼんやり見えた



えっ…


ぼんやりと
肩を抱いているように見えた



ーー イヤだ


咄嗟に沸き上がったその感情がその “カオリ” という女性の服を掴んでいた

あれだけ痛くて動かせなかった腕が動いていた



僕は何故 咄嗟にそう思ったのか理由はわからないけれど

強い焦燥感を感じたのは確かだ




ーーー



翌日 動けない身体の僕に眼鏡をかけてくれたのは部下の笹山 香だった

そして彼女は僕の“妻”になっていた



慎重な僕が再婚をしたということは
余程 この笹山 香を愛したのだろう


もう10年以上、いやもっともっと長い時間
僕は誰かに想いを寄せたことはない


恋なんて若いからこそできるもので僕の人生の中ではもう無縁のものだと思っていた


笹山君の印象は確かに会社では明るく愛嬌のある女性だったが

だからと言って個人的な感情はなかった



僕と彼女に一体何があったんだ…

何がきっかけで どうして恋仲になり結婚をしたのか気になって彼女に問いかけた



彼女はきっかけから結婚に至るまでの出来事を幸せそうな表情で話してくれた


その話は
自分に起こった出来事だとは思えず まるで他人の恋愛話を聞いているようだった



でもこれは僕達の話

昨日 咄嗟に彼女の服を掴んだことが
“イヤだ”と感じたことが彼女を愛している証拠だろう


なのにどうして“愛している”という実感が湧かない?



彼女は僕を振り向かせると言って笑顔を向けたことが逆に僕の胸を締め付けた



“努力します”

今の僕にはそれしか言えなかった…



「努力なんかしないでください。私のこと、以前のように愛せないなら… 離婚しちゃいましょう(笑)」




ーー “離婚”という言葉に胸が痛んだ




「離婚は、駄目、、です。」


「どうして?」


「わから、ない… でも、駄目な、気が、します。」



ハッキリと理由は言えないけれど
きっと僕は後悔をするだろう

こんなにも胸がズキズキと苦しく痛むのだから


この痛みは忘れてしまった記憶と感情の中に彼女への愛情が残っているからに間違いはない



「じゃあ、私と恋愛できますか?(笑)」

少し瞳を潤ませて眉尻を下げ微笑んだ彼女


本当は泣きたくなるくらい心が張り裂けそうな想いで“離婚”という言葉を発したのだろう


健気に笑顔を作った彼女に
僕はますます胸が痛む



ーー 早く思い出さなければいけない

そう強く思った










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たしかなこと 2 (17)

2020-09-06 23:40:42 | ストーリー
たしかなこと 2 (17)






結局 浴衣のままで自宅まで帰ってきた


“ 浴衣をお借りしたのできちんと洗濯してからお返しします ”

彼がそう母に言ったからなんだけど




「せっかく浴衣を着てるのに直ぐに着替えて帰ってくるなんて勿体ないことしない(笑)」


愛おしそうに見つめるその瞳から “愛している” という想い伝わってくる


少し照れくさい…



「(香さんの)帯、苦しくない?」

後ろを向くと帯を弛めてもらい少し楽になった


「楽になっ、、」


耳に唇が触れドキッとした


「いやいや、汗かいてるし、、」

彼の方に向きなおした



「それは僕もだし、、気にならないよ(笑)」

彼の微笑みや触れる手は
いつも私の心や身体を気持ち良くしてくれる


彼にキスをすると 応えるように甘いキスで返してきた


もう何度も抱かれているのに いつもアプローチが違う



だからいつもドキドキする

マンネリにならないようにと気遣いしてくれてるのかもしれない

努力してくれてるのかもしれない




私はいつもこの人から貰ってばかり

気遣いも優しさも愛情もセックスも


だから今夜は








ーーー



助手席の香さんは少しウトウトしてる


あぁ、香さんの浴衣姿 本当に可愛いな …


浴衣のまま帰ると言った僕にお義母さんは満面の笑みで送り出してくれたけど

あの笑顔は僕の考えを見透かされていたようで

ちょっと恥ずかしいかったな




自宅の駐車場に車を停めて香さんを起こした



「まだ眠い?」


「ううん、ちょっとスッキリした(笑) 私だけ寝ちゃってごめんなさい、、」


「そんなこと、良いよ(笑)」


今夜は寝かせないつもりなので(笑)





家に入っていく後ろから着いて入った



丸い頬
少し乱れた後ろ髪と その髪を直す仕草 …


ーー 良い眺め





向こうで着替えて帰ってくればお母さんが浴衣を洗濯に出してくれたのに(笑) 部屋暑いね(笑)」

寝室のクーラーを点けた


「せっかく浴衣を着てるのに直ぐに着替えて帰ってくるなんてそんな勿体ないことしない(笑)」


僕の意図を察したのか
この照れくさそうな表情がまた堪らないな(笑)




耳に唇を寄せると


「汗かいてるし、、」と慌てて振り返った

「それは僕もだし、、気にならない(笑)」


僕のことを愛してくれているのはもちろんわかってるけれど

香さんからは僕を求めてくれることがないから僕は寂しさを感じていた



けれど…

照れながらも香さんから求めるようにキスをしてくれた




あぁ

香さん…
僕は貴女を心から愛してる


ずっとこうして
僕の傍にいて欲しい ーー






ーーー





今日は宣隆さんのお誕生日

外食も考えたけど家でお祝いをすることにした

ケーキはお母さんと子供の頃に作ったきりで
一人で作ったことは一度もなかったのでネットで調べながら頑張って作ってみた



料理もテーブルに乗りきらないくらい彼の好きな物ばかりを準備しお誕生日プレゼントも万全


先にお風呂に入ってまたお化粧してあの大人っぽい下着を服の下に身につけた



確か20時までには帰宅すると言ってたけど
時計は21時半になろうとしている

メールを送ってみたけど返事がない



… 仕事が押してるのかな



めったに鳴らない家の固定電話が鳴った
営業の電話だろうな



「もしもし?」

『白川宣隆さんのご家族ですか?』


知らない女性の声だった







電話をかけてきたのは病院の職員だった


“ご主人さんは事故に遭われまして直ぐに ”





ーー 事故… 事故?


重体?

どういうこと?





今日は宣隆さんの誕生日だから宣隆さんの大好物ばかり作ったのに





病院に行かなくちゃ


でも

恐くて足が動かない







今度はスマホに着信の音が鳴っている



「… もしもし」


「香~?今夜宣隆さんの誕生日のケーキ作ったんでしょ?ちゃんと作れたかしら?(笑)」



ーー お母さん



「お母さん… あのね、宣隆さん、まだ帰ってなくて」


『あら、遅いのねぇ』


「事故に遭ったって、重体なんだって、病院から電話があって、、」


『は…?』




お母さんが電話の向こうで早口で何か言ってるけど なんだかよく理解できない


『もしもし!聞いてる?宣隆さんの容態は? 何処の病院なの!』



あ、病院…


「病院は … 」

メモに書いた病院を告げると



「何か… 持って行かないといけないのかな… 保険証とか」


『そんなもの後でいいから、とにかくあなたは今直ぐ病院に向かいなさい!』



… あぁ そうか 何もいらないんだ


「うん… わかった」


『今からお母さんもお父さんと病院に向かうから今直ぐ向かいなさい!』





電車に乗った

いつも見てる世界が まるで初めて見る世界のように見えて地に足が着いていない



重体って…

宣隆さんがこの世界から消えてしまう?


消える?

消える…




だって今朝まではいつも通り出掛けたし
夕方に20時までには帰るからって連絡あった

きっと誰かと間違えられたんだろう

そう

きっとそうに違いない






病院の前に着いた


「あの、白川ですけど。主人が救急で運ばれてると聞いたんですが、、」


救急の受付窓口にいたおじさんから言われた場所に向かった


そこから看護師さんが案内してくれて
オペ室の前の長椅子で座って待っていた


まだ彼の姿を一度も見ていない
だからやっぱり人違いかもしれない







帰宅した彼が私がいなくて心配するかもしれない



スマホを握り締めた



2時間程するとお母さんとお父さんがお兄ちゃんの運転で病院に駆けつけてきた



「宣隆さんは?」



「どんな事故だったの?」


「わかんない… なんか説明してくれたけど… 覚えてない… でもね、まだ顔見てないし人違いかもしれない… 」



お母さんとお父さんは顔を戸惑った表情で見合わせた



何故だろう

涙も出ない

現実味がない



「彼ね、今朝はいつも通り家を出てね、お昼休みもいつも通りメールくれてね、夕方には8時までには帰るよって電話もちゃんとくれたんだよ? 今日はあの人のお誕生日なのに事故に遭うなんて有り得ないよね?(笑)」




お母さんが心配そうな表情で

「取りあえず待ってみましょう。」





オペ室のランプが消えたのはもう夜明け前だった

看護師さんとお母さんが話をして
お兄ちゃんに促され待合室で待つことになった


まだ宣隆さんの顔を見てない…




「ICUの外から顔は見られるらしいから、行こう。」



顔は腫れ 頭も 脚も 腕も包帯でぐるぐる巻きになって 酸素マスクをしている男性がベッドに横たわっていた



顔が見えない


今朝 見た笑顔の宣隆さんとは別人に見える



「あれが、宣隆さん?」


お兄ちゃんが肩を叩いた

「しっかりしろ。お前、嫁さんだろ。ダンナがあんなになっても頑張ってんだから。」



「違うよ… ほら、やっぱり人違いだよ、、彼じゃない、お兄ちゃんも見ればわかるでしょ?(笑)」



だって どう見ても別人だもの


「彼が家で心配して待ってるかもしれないから私、帰るよ」


「こちらへどうぞ。」

看護師に呼ばれた家族と医師から説明を聞いた

その説明も頭に入ってこなくて私の両親と兄が代わりに話を聞いてくれていた


待っていた私に看護師さんは二つの紙袋を差し出した


紙袋には靴に鞄
壊れてしまっているスマホと財布

今朝見た彼の眼鏡だった

フレームが歪んで壊れレンズも完全に無くなっている

事故の大きな衝撃だったことを表していた


財布を開けてみると運転免許証がありそれを恐る恐る取り出してみると彼の顔が写っていた



ーー もう彼だと認めるしかない



そしてもう一つの紙袋にはポリ袋に入れられている今朝着ていた彼のスーツ

それには血液で見るに堪えられないものになっていた





まさか

宣隆さんを突然失うなんて今まで一度も
一瞬すら考えたことは無かった


お互いに歳を重ねた先では…
なんて遠い遠い先のことと漠然と思ったことはあるけど



まさか …


突然 悲しい現実に突き落とされたようで
激しい胸の痛みに私は号泣した




なんでもっと宣隆さんが嬉しくなることを言わなかったんだろ

彼はいつも私が喜ぶ言葉を沢山くれるのに

誠実に 大切に 愛してくれてたのに

私はまだ何もしれあげられてないのに…




数えきれない後悔の念で胸が締め付けられた





ーーー





私の代わりにお兄ちゃんが宣隆さんの弟の紘隆さんと娘の万結ちゃんにも連絡を取ってくれて二人は直ぐに駆けつけた


宣隆さんに会ってきた万結ちゃんは泣きじゃくっていた


そんな万結ちゃんに寄り添っていた紘隆さんは私に名刺を手渡した


裏面には自宅住所とプライベート用のメールアドレスが記されている

いつでも連絡をくださいと言ったその声とその顔



宣隆さんと瓜二つの顔と声で
私に優しく話しかける



それが余計に辛い…


似てるのに彼じゃない

切なくて涙が溢れる




「いつでもどんな些細なことでも何か変化があれば直ぐに連絡をください。困ったことがあった時も時間は関係なく気軽に連絡を。あなたの力になりたいので。兄をよろしくお願いします。また来ますから。」


この人は宣隆さんじゃない…


「… ありがとうございます 」





一週間


彼の顔の腫れは少しずつ引いてはきたけれど意識はまだ戻らない



私は自分の店を開け友達のたまちゃんがバイトに入ってくれているおかけでその合間に店を抜けて病院に通った



それから一般病棟の個室に移った後も彼に変化はなく

ずっと眠り続ける彼の顔を私は見つめることしかできなかった



早く目を覚まして…

いつ目覚めるのか全くわからないこの状態に気が遠くなりそうだよ


頬を撫でた

髭が伸びてきている


こんな彼を見るのは初めてで
伸びた髭に触れてみた

まだ生きてると実感するのはこの髭が伸びることだけ…




今回のことであらためて思い知った

私にとって この人の存在の大きさやとても愛していることを


そして
いつも彼は私を大切にし
愛されてきたことも


涙が出始めると止まらなくなるから
いつも病院では堪えてきたのに





ーーー “ 香さん?(笑) ”




微笑みながら顔を覗きこんできた優しい彼を思い出す

思い出すのはいつも温かい表情の彼ばかり




「そろそろ帰るねぇ(笑) たまちゃんが帰らなくちゃいけない時間が近いから。」


何も答えてくれない彼に
「また来ますね(笑)」と声をかけ病室を出た




お店に向かうと有り難いことにお客さまが結構入っていて慌ててたまちゃんと対応をした

たまちゃんもお客さまが引いて落ち着くまでいてくれて助かった


「私、明日は病院に行くのやめるよ。」


「なんで?」


「また今日みたいに忙しいかもしれないし… 」


「大丈夫だよっ。なんとかなるから(笑) ご主人さんのとこ、行ってあげなよ。」


彼を見てると不安で寂しさでいっぱいになる

でも仕事で忙しくしてる間だけはそんな思いも忘れていられるから気持ちが楽と話すと



「でも、ご主人さん、寂しがるよ、、」





ーー 私の声なんて 彼には届いてないよ …





お店を閉めて入荷商品の伝票を整理したり
売上の集計をPCにまとめ、経理業務をし終えて店舗の掃除を始めた

仕事をしてる間は 辛いことを少しは忘れていられる時間ができる



だから私は翌日一日ずっと店で仕事をした

そしてその翌日も



三日目にタオルや着替えを持って病室を訪れると いつもは夕方訪れていた万結ちゃんが病室にいた


「あ、万結ちゃん、こんにちは(笑) 」


「あ!こんにちは!(笑) 香さん見て!(笑)」


え?

伸びていた髭が おしゃれに切り整えられていた


「どう?イケおじになったでしょ?(笑) パパはそんなに髭が濃い方じゃなかったんだね(笑)」


「上手いね(笑)」


「カレに教わったの!あははっ!これね、やってみると結構難しい(笑) 」



明るい万結ちゃんに気持ちが救われるようだ
本当は万結ちゃんも辛いはずなのに



「私が今のパパにしてあげられることなんて何もないから。せめて髭でも剃ってあげようかなって思って。じゃあどうせならイケおじ風にしてやれ!みたいな? あはっ(笑)」


「うん、格好良くなった(笑) なんかワイルドな感じ(笑)」


「これで会社に行って欲しいんだけどなぁ(笑)」


「格好良いから女性にモテて困るよ(笑)」


「そんな心配いらないよ~(笑) パパは香さんのこと大好きだから(笑) だってね、いつも必ず香さんの話ばかりしてるんだよ(笑) 話してる時の顔がもう、はははっ(笑)」


「どんな顔?(笑)」


「ククッ(笑) デレてる(笑) いい歳してデレ顔キモいからって言っても “自然になるんだから仕方ないだろう” って(笑) そんなに好きなんだ?って言ったら照れくさそうに笑ってごまかすの(笑)

ほんとあのドがつく程の真面目で面白味の無いパパがこんなデレ顔するんだって知った時はちょっとは複雑な気持ちにもなったけど今はパパ、本当に幸せになったんだなって思った。思ってたのに… なんで、、こんな、、」

言葉を詰まらせた




万結ちゃんは立ち上がって


「パパ~? 明日も来るね!明日はちゃんと目を開けてよね!ちゃんとイケおじにしてあげたんだからちゃんと鏡見てよ?(笑)」


そう彼に声をかけた



「明日また来ます(笑)」


「うん、また明日。」



万結ちゃんも辛いのに…
私も明るく彼に話しかけなくちゃ



「宣隆さん? 万結ちゃんが格好良くしてくれたよ?見てみる?(笑)」


スマホで彼を撮って画面を見せた


「ほら、ね(笑)」


撮った画像の宣隆さんはこのまま二度と目を覚まさない気がした



やっぱり 辛い ーー



辛いのは宣隆さんなのに心が折れそうになる


ダメダメ!凹んでる場合じゃない!

宣隆さんも頑張ってるんだし
私も仕事があるんだし!



「また来るね(笑) 宣隆さん。」





事故から三週間


一人だけで住むには広い家



私は一人でも二人で過ごしていた時と同じようにきちんと食事を作ってしっかり食べて、ちゃんと寝て、仕事して

そして宣隆さんが帰ってくるのを待ってる




でも最近…

私の体調も良くない



時々胃がムカムカする

心労からのストレスを感じる …






翌日 お母さんが病院に顔を出した


「宣隆さん、こんにちは(笑)」



万結ちゃんが彼の髭を定期的に整えていたのもあってお母さんは器用なのね!と感心した


「髪も随分と伸びてきたわねぇ(笑)」

ちょっと切る程度ならできるけどと私が言うとお母さんが切ってあげようか!と張り切って言った


「それは恐いからやめて(笑)」



子供の頃

お母さんに髪を切ってもらってパッツンパッツンの短い前髪になり

整えるだけと言いながら段々と短くされた後ろ髪

結局 近所の美容室で整えてもらいに行くとショートカットにするしかなくなってしまった


それがトラウマで私は「お母さんが切ってあげる!」の言葉が恐かった



「切るなら私が切るならからねっ」




あ、また胃がムカムカしてきた


最近 時々胃が痛くなるし 気分もムカムカすると言うと、それは妊娠では!?と喜んだ


いやいや、胃が痛いんだから妊娠じゃないよという私にお母さんは取りあえず妊娠検査キットで一応調べてみなさいと強く押してきた


その期待には応えてあげられないんだけどと思いつつ検査キットを購入した


だって月のものは毎月ちゃんと来てる




あれ? 今月来たかな

まだ来てない…?



そんなこと気にもしていなかった

でもストレスが原因だろうけど…



箱を開けて調べてみることにした




ん?

この反応って …



説明用紙を再度確認した





「うそ… 」



それは “陽性” の反応だった




宣隆さん…

私 妊娠したかも



きっとあなたは
嬉しくて泣いちゃうだろうな …



その顔を想像するだけでまた涙が出てきた





お母さんをぬか喜びをさせてはいけないときちんと調べてもらうまでは言わないでおくことにした


明日 一人で婦人科に行ってきちんと確認をしてからお母さんと宣隆さんにも報告しよう





ーーー





翌日の婦人科での検査で妊娠は確定し
電話でお母さんに報告をすると喜んでくれた


宣隆さんの元に向かうと弟の紘隆さんが宣隆さんのお見舞いに訪ねてくれていた


「香さん。こんにちは。」


「こんにちは(笑)」


本当によく似ていて
やっぱり切ない…





「あなたも毎日仕事の合間に来てるんだろう?あなたが無理をしないようにね。」


まるで会社での宣隆さんのようにあまり笑わない紘隆さんだけど必ず気遣いの言葉をかけてくれる優しい人だ



「ありがとうございます(笑)」


「この間より痩せたように見えるけど… 」


「最近食欲なくて(笑)」

ムカムカしたり胃が痛くて食欲がない



「いつ意識が戻るかわからないし、気長に見守っていこう。兄貴が復活したら一緒にウチを訪ねてはくれないか。家内が二人に会いたがってたのでね。それにあなたはもう俺達の“親戚” なんだから。」



そうだね

私にも親戚が増えたんだね



宣隆さんは私の親や兄弟で家族が増えたことを喜び

“ありがとう” とお祭りの時に嬉しそうな表情をしたことを思い出した



宣隆さん …

疎遠だった弟の紘隆さんとの距離も近くなったよ

あなたを心配してくれてるよ







紘隆さんが帰り宣隆さんと二人だけになった

急に静かになった病室




「宣隆さん。実はね、今日は良い報告があるの。私と宣隆さんの赤ちゃんができたんだよ(笑)

ね、嬉しい? 嬉しいなら笑って?」





ーー 当然だけど

彼は何も言ってくれなかった




「私、凄く嬉しいの(笑) 宣隆さんも嬉しいよね? 名前は宣隆さんが決めていいから、だから… 」


早く目を覚まして欲しい
また涙が込み上げてきそうになった



「…も、もう私、帰るね (苦笑)」


洗濯するパジャマとバスタオルをバッグに詰めている時


“ ふぅ… ”


小さい溜め息のような息づかいが聞こえた気がした



ーー え?


宣隆さんの顔を見た

やっぱり目を閉じたまま何も変わらない


気のせい… か





「じゃあ、また来るね(笑)」

洗濯物の入ったバッグを持ちドアノブを掴んだ

さっきの…
ほんとに気のせいだったのかな

振り返ると




眺めるように
彼が私を見つめていた












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