Stay With Me 15
「寺崎さん、お忘れ物ですよ!」
職場を出て直ぐに同僚女性の中野さんが紙袋を持っていた
「これ、大事なものでは?」
紙袋は理奈ちゃんへの誕生日プレゼントだ
明日持って帰るつもりで置いてきたものだったんだけどな(笑)
「わざわざありがとう(笑)」
「このまま直ぐに帰られますか?」
「書店に寄って帰るつもりだよ。」
中野さんも書店に寄るらしい
今日発売の本があるらしく
それを楽しみにしていたようだ
中野さんは年齢は違えど顔立ちや声が理奈ちゃんに似ている
性格は理奈ちゃんとは全然違っていて
笑わないしどちらかといえばクールで暗い
「それは寺崎さん用じゃないですよね。リボンが凄く… 可愛い… 」
「あぁ(笑) うん。これは彼女への誕生日プレゼントだよ(笑)」
「はぁ。寺崎さんってお優しいんですね。」
優しい?
恋人の誕生日にプレゼントを贈ることは普通では?
「中野さんも誕生日にら彼氏からもらうでしょ?」
「 … 」
ん?これってセクハラか?
“彼氏いないの?の質問はセクハラらしいっすよ”
しまった...
そう聞いていたことを忘れてた
「私の彼は… 」
中野さんに視線を移した
「そういうのはくれませんねぇ…」
かけている眼鏡を少し上げた
良かった …
セクハラだと思ってないようだ(笑)
「彼、既婚者だからですかね… 」
は?既婚者!?
意外だ…
不倫するようなキャラには到底見えない…
いや、そもそも
どんな女性が不倫するのかなんて知らないんだけどな
理奈ちゃんが眼鏡をかけたように見える人だけに
不倫って…
凄ーく複雑な気分だ
「寺崎さん、引きましたか?」
「えっ?いや、引くというより… 」
「私みたいな女に彼がいたことで驚かれましたか… 」
「そんなこと思ってないよ(笑)
既婚者って所に少し驚いて。それを僕に教えてくれたことにも。」
「そうですか。」
不倫なんてやめな…
なんて軽々しく言えるような仲ではない
でも
そういうズルい男と付き合うことで
傷つくのは女性の方だと知らせたい
ーー 書店の前に着いた
「じゃ、ここで。」
彼女はいつものように目を合わせないまま書店に入ろうとした
「ちょっと、中野さん、」
彼女の細い手首を掴んだ
「はい??」無表情で振り返った
「ちょっと、話いいかな。」
書店近くの人通りが少ない通りに入ると公園が見えたからそこのベンチに座った
「話とは何ですか?」
僕とは目を合わせず眼鏡を上げた
「あのさ、凄くお節介なことだとわかってて言うんだけどね…
その彼氏とは別れられないの?」
「え?」 今日はじめて目が合った
40代半ばぐらいの男性が僕らの方に歩いてきた
「お前、こんなとこで何やってんだ。書店で待ち合わせっつったろ? 」
彼女に話しかけた
「こちらは同じ職場の人で、今少し話をしていたとこで… 」
うつむいた
「お前の男じゃないの?」
その男は彼女を冷たく見つめていた
「…違うよ 」彼女は顔を強ばらせた
ーー なんだ?
もしかしたら… この男が交際相手か?
僕が立ち上がったら中野さんも立ち上がった
「あなたは中野さんの彼氏ですか?」
「まぁ一応ね。」
男は視線を彼女に移した
「お前みたいなつまんない女でも直ぐ男作れるんだな(笑)色気でも出したか(笑)」
なん、だと…!?
こいつ!!
「彼女とはそんなんじゃないですよ!あなたの彼女なんでしょう!? よくそんな侮辱言えますね!」
中野さんはこの男の何が良くて付き合ってるんだ!
「あんたこいつのことどこまで知ってんの?もうこいつと寝た?まぁいいさ。いい機会だから別れよう。もう一切連絡してくんなよ。」
「イヤ!別れたくない!」
泣きながら彼氏にすがる姿を見て
僕は唖然とした
普段 感情を出さないこの人が …
「はぁ?そもそもお前みたいな地味な女なんかと本気で付き合う訳ないだろ!?」
彼女を振り払って去っていった
泣き崩れる彼女を立ち上がらせベンチに座らせた
胸が締め付けられる…
「すまない… 僕といたから誤解させてしまった… 」
俯いたまま首を横に振った
「でもね… あんな男、別れて良かったと僕は思う。」
「彼が好きなんです… 大好きなんです… 別れたく、ない… 」
タオルで涙を拭ってはまた涙が溢れえている
… わからない
なんであんな奴を
「でも彼、結婚してるでしょ?」
「彼、だけ、なんです、私のこと、女として、見てくれたの、嬉し、かったんです、、」
泣きじゃくりながら
なんとか伝えようとしている
そんな彼女を見るのは辛い …
それは僕自身も
中野さんを女性という認識を持って見ていなかったからだ
こんなに感情的に泣く彼女を見つめていると
本当は他の女性となんら変わらないと気付かされる
好きな男に愛されたいと願う
普通の女性なんだと
僕はこういう時
なんと声をかければいいのかわからない
「中野さん、何か旨い物でも食べて帰ろ?(笑)」
眼鏡を取った顔で僕を見上げた
眼鏡を取ると
もっと理奈ちゃんに似ていた
これは…
参ったな
「目と鼻が真っ赤だよ、ふふっ(笑)」
バッグから化粧ポーチを取り出し
鏡で自分の顔を見てメイク直しを始めた
意外と可愛らしいポーチだな(笑)
本当はとても“女性”だったんだ
「…お気遣いいただいてすみません。醜態を晒してしまいお恥ずかしいです。本当にご迷惑をおかけしました。」
眼鏡をかけベンチから立ち上がり深々と頭を下げた
いつもの中野さんになった
「もう帰ります… 本はまた明日にします。」
本?
あ、そんなことすっかり忘れてたな(笑)
「ん(笑) じゃ帰ろうか。」
駅まで並んで歩いているとポツポツと雨が降ってきた
店の軒下に入り鞄から傘を取り出した
中野さんもバッグの中を探っていたけれど傘を忘れたらしい
「僕の傘があるから駅までは大丈夫だよ(笑) 」
「…すみません 」
「いいよ、そんなこと気にしないの(笑) 駅まで近いしね(笑) 」
二人でひとつの傘に入って歩く
彼女の身体に触れている自分の腕
なんか
こういうのには慣れてなくて意識してしまう
チラッと彼女を見ると
理奈ちゃんと並んで歩いているように思える
肩が濡れてる…
彼女の肩が雨で濡れていた
彼女が濡れないように傘を彼女に傾けると
然り気無く彼女は傘の縁を持ち上げ僕の方に寄せた
私は濡れても構わないーー
そんな風に思っているのか
そういや
この人はいつもそうだった...
仕事でもこの人は然り気無く自分の方に負担を大きくして相手の負担を減らしている
そんな人だった ーー
ただ言葉が少なく表情が硬いだけで
本当はとても思いやりのある女性だったんだな
「ダメだよ(笑)君は女性なんだから冷えるのは良くないだろう?
僕は男だから濡れても平気だからね(笑)」
傘を彼女の方に傾けた
「…すみません… 」
「君はずっと“すみません”ばかりだね(笑)
そういう時は嬉しいとか、ありがとうって言ってみてよ(笑)」
少し驚いた表情で僕の顔を見上げた
「ありがとうございます…」
うつむきながら少し微笑んだ
彼女のほんの少しの笑顔が
僕の心を温かくした
気づいてないだろう
君も笑えばとても可愛いってこと
理奈ちゃんの笑顔みたいに
あっ
理奈ちゃんにこんなとこ見られたら
誤解するかな
でもちょっとはヤキモチ妬いて欲しいんだよな(笑)
「寺崎さんって優しいからきっとモテるんでしょうね。」
ドキッとした
僕を男として見てたりして?
「いや、全然モテないよ(笑)」
「そうなんですか?それは世の七不思議に認定できますね。
では世の女性は寺崎さんとは逆のマッチョでワイルドセクシーな男性を好む傾向なのでしょうか…?」
ぶはっ!(笑)
硬い中野さんの口から出る言葉とは思えなくて吹き出してしまった
「…え?変なこと言いましたか?」
無表情で淡々と言うのも可笑しい
「あっ、いや(笑) 確かに僕はマッチョでもないし、ワイルドセクシーでもないね(笑) じゃあ中野さんの好みの男性タイプは?(笑)」
「ジャニーズの… 」
「え?」
まさかのジャニーズ?
驚きの連続だ…
さっきの彼氏みたいに年上の男が良いのかとばかり…
ほんとに意外性のある人だな(笑)
「本当に今日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。今日のこと、忘れていただけると有難いです。
傘、ありがとうございました。それでは、また明日。」
淡々と硬い挨拶をしながら深々と頭を下げ彼女は駅の構内に入って行った
本当に変わった人だ…
でももっと...
知りたいと思わせる魅力がある
それは恋愛感情とかじゃなくて
一人の人間として彼女に興味が湧いた
彼女は今夜
ちゃんと眠れるだろうか…
一人になると
きっとまた寂しくなるだろうな…
もっと誠実な男と幸せになってくれたらいいけど
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