beautiful world 21
今日2月1日は奈生の26歳の誕生日
奈生へのプレゼントは
キーケースに僕の部屋の合鍵をつけて渡した
いつでも訪ねてくれて良いからと言葉を添えると
奈生は小躍りでもしそうなほど思った以上の喜びようで
僕はそんな奈生にまた幸せをもらった気がした
鍵を渡したことで今後は僕が帰るまでに奈生が部屋で待ってくれている事もあるかもしれない
暗い部屋に明かりが灯っていることを想像するだけでワクワクした
早く一緒に暮らしたい気持ちが
より一層増してくる
ーーー
そして今日は2月14日
恋人達には特別な日のひとつ
バレンタインデーだ
登校すると女子生徒達はなんとなく浮ついていた
毎年バレンタインデーの日はこんな感じだ
職員室に向かっていると
鈴木先生はもう女子生徒達からチョコを貰っていた
嬉しそうでもあるし、困っているようにも見える
鈴木先生、いつも大変そうだ
「おはようございますっ!」
振り向くと一人の女子生徒が挨拶をしてきた
「あぁ、おはよう(笑)」
「これ、早見先生に、、」
小さな箱に入ったチョコと手紙を僕に差し出した
箱入りのチョコレートだ...
「ありがとう(笑)」
「いえ、、」
照れくさそうに
そそくさと教室に向かっていった
手紙まである
もしかしてこれって本気の...
いやいや
それはないか(笑)
いつもは下校時に余り物を渡すように気安く手渡される小袋に入っていた義理チョコをもらう程度の僕だが...
今年の僕は今までとは違うぞ!
今夜 僕は大本命(奈生)から貰えるんだからなっ!!
ウキウキしながら職員室に入り
「おはようございます!(笑)」と挨拶をして席についた
「あら早見先生、なにか良いことありました?(笑)」
向かい席の先輩女性教諭がニコニコしながら話しかけてきた
いかん、浮かれた顔してたか…
「早見先生〜♡どうぞ♡」
隣の女性教員の西村先生からチョコを貰った
「えっ、あ、ありがとうございます(苦笑)」
西村先生はちょっと距離感が近いから正直苦手だ
リュックからノートパソコンを取り出しているとさっき貰ったチョコが一緒に飛び出てしまった
「それ生徒からですか?」
西村先生が身を乗り出してチョコの箱を覗き込んできた
「なんか今年は朝イチで生徒から貰いまして(笑) 例年通りの義理ですけどね、ははっ(笑)」
「あら?それ、義理じゃないですよ?」
反対隣の先生も覗き込んできた
へ?
チョコの箱をよく見たけれど...
「確かにそれは本命チョコですね。全く、誰からですっ!?」
西村先生がムッとしていた
どこをどう見て本命だと思ったんだろう
確かに手紙も添えてはくれたけれど…
「どうしてこれが本命だとわかるんですか?」
「それ、人気のチョコ専門店の物で、その店で買ったチョコを意中の本命に渡すと恋が成就するって、生徒同士が話してましたから。」
「その話、私も生徒から直接聞きましたよ。」
「へぇ… そう、なんですか…」
そそくさとチョコをリュックに入れた
もし本当に本命チョコならあの手紙はラブレターということになる
それなら学校では読めないな
こういうことは初めてで戸惑う…
あの生徒は3年1組の中林
時々 数学を質問してくる生徒の一人
学年トップクラスに入る成績
確か去年はクラス委員もしていたな
他は特に突出した印象はない
僕はクラス担任じゃないからな
その日の
中林のクラスの授業では淡々と授業はしたけれど妙に意識してしまった
そして柔道部顧問の仕事を終え
帰り支度を済ませスマホを開くと奈生からのメッセージが届いていた
“私の方が早かったらお部屋で待ってますね。”
そのメッセージに自然と顔がほころんだ
鈴木先生が小声で話しかけてきた
「(田中からですか?)」
「ええ(笑)」
鈴木先生と一緒に学校を出た
「鈴木先生のそれ、凄いですよね(笑)」
紙袋に入った大量のチョコレートの箱
今年も凄いなー
「聞きましたよぉ?早見先生、生徒から本命貰ったみたいですね(笑)」
「本命かどうかわかりませんけど(苦笑)」
「幾ら沢山貰っても、本命を貰っても、僕ら教師は生徒とリアルな恋人関係に発展することはありませんからねぇ(苦笑)」
奈生が以前
“(チョコを渡さなかったから) 今のこの関係がある”
そんな感じの事を言ったな…
「でもチョコの数は人気指数みたいなものですよ?(笑)」
「早見先生こそ今から本命と会うんでしょ?そっちの方が良いじゃないですか(笑)」
「はははっ!お楽しみにしています(笑)」
「どういうことですか?」
突然僕らに話しかけてきた
中林だった
「早見先生には彼女がいたんですか?」
真剣なその表情に鈴木先生は何かを察したように中林をいなそうとした
「下校時間はとっくに過ぎてるんだ。早く帰りなさい!」
キツい口調で中林を叱責した
「鈴木先生、、」
そんなに厳しい口調で言わなくても
「中林。駅まで一緒に行こう。」
僕がそう促すと
鈴木先生がすかさず
「中林は今直ぐ帰りなさい。」
中林は何も言わず駅に向かって走り去った
その後ろ姿を見ながら
「早見先生〜。あれはダメですよ。軽率です。」
「軽率?」
その理由がわからない
「あの感じの生徒には十分気を付けないと。もしかして、本命チョコを渡してきたのってあの中林なんじゃないんですか?」
「本命かどうかは…でも中林からはもらいました。」
「思春期にはたまにあるんです。恋愛感情が強すぎて思い詰めてプライベートにまで踏み込んで来そうな生徒とか、妄想の世界と現実がわからなくなる生徒が。」
「中林がそうだと?」
「わかりませんけど…思い詰めている生徒には要注意です。恋愛感情を抱いていたら尚更 毅然と突き放してくださいね。」
「そこまで思ってないと思いますけどねぇ(笑) でも、気に留めておきますね。」
生徒から本気の恋愛感情を向けられたことも ぶつけられたこともない
正直、ピンとこない…
「早見先生は優しいですからねぇ。生徒とは 一定の距離を置いておかないと身を滅ぼし兼ねませんよ。」
鈴木先生はきちんと距離を置いているのだろう
しかし凄くモテている
一体どうやって距離を置いているんだ??
駅に着き
鈴木先生と挨拶を交わした
ポケットからスマホを取り出し
奈生に電話をかけた
何か買って帰る物があるかな…
「あっ、陽太さん!」
あれ?奈生
「お買い物してたら思ったより遅くなっちゃいました〜(笑)」
「いいよ、ちょうど良かったしね(笑) 帰ろうか(笑)」
奈生が買い物した袋を持つと視線を感じた
ーー 中林だった
“思い詰めている生徒には要注意です。恋愛感情を抱いていたら尚更 毅然と突き放してくださいね”
さっき聞いたばかりの鈴木先生の忠告が頭をよぎった
「まだこんな所にいたのか。早く帰りなさい。」
戒めるような僕の厳しい口調に
中林は表情が強ばった
「その人が早見先生の彼女なんですか?」
奈生は顔面蒼白になっていた
こういう状況を奈生は恐れていたのか
「ああ。そうだ。」
すると中林は泣きそうな表情に変わっていった
「その人と同棲してるんですか…」
「そんなこと お前には関係のない事だ。」
冷酷な言い方だろうか
だが…
「手紙… 読んでくれましたか…」
チョコに添えてあった手紙のことだな
「読んでいない。」
すると中林は悔しそうに表情を歪め涙をこぼした
「早見先生 酷い!!」
「中林、」
中林は駅の中に走っていった
ーー こういうのは正直 苦手だ
「…ついに…生徒さんに見つかってしまいました…私が軽率でした…あの子を泣かせてしまいました…物凄く傷ついたんですよ…」
酷く落ちこむ奈生に
「奈生が悪い訳じゃない。僕らが悪いことをしている訳でもないんだから、そんなに落ち込まなくても(苦笑) さ、帰ろう?」と背中に手を添えた
「あの子の気持ち、とてもわかります…」
奈生も中林のように
高校生の時から密かに僕に想いを寄せてくれていたから…か
その後も奈生は自宅に帰るまで沈んでいた
自宅が学校に近すぎたからか
奈生のためにも引っ越そうと初めて思った
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