beautiful world 19
コートのポケットにもう一つ
僕の想いを込めた誓いの証を入れている
「奈生。もう一つ、君に受け取ってもらいたいものがあるんだ。」
「うん…?」
小さい箱をポケットから取り出し
奈生に差し出した
それを受け取り
リボンを解いていく
僕の心臓の鼓動は早くなってくる
どう、だろう …
奈生はどんな反応をするだろう
受け取ってくれるだろうか
「…これって」
慣れないジュエリー店を何件も廻って
奈生のイメージに合う指輪を見つけた
可憐な君に似合う指輪
気に入ってくれるだろうか…
「可愛い…」
そう呟いて表情がほころんだ
「これからの人生は奈生と生きていきたい。結婚して夫婦になりたいと僕は願ってる。」
奈生の目がみるみる涙が溢れてきた
「奈生を愛しています。これからもずっと誠実でいることを約束します。だから、」
「うん、結婚しよう(笑)」
ーー奈生
奈生の方から
結婚しようと言ってくれた
指輪をケースから外し
冷たくなった指にはめると
びったりだと君は笑った
僕の隣で寝ている君に起こさないようこっそりと苦戦しながら指輪のサイズを計ったんだと話すと笑った
「ありがとうございます…」
そのキラキラした笑顔にまた胸が熱くなった
奈生も僕と同じ想いだったことが心から嬉しい
幸せを噛み締めた
一年前はこんな幸せなにクリスマスになるとは思っていなかった
ーーー
大晦日の夜 父の待つ静岡の実家に顔を出した
母は僕が中学の頃に他界し
父だけがこの家に住んでいる
弟は仕事の関係で神奈川で独り暮らしをしていて先に帰省していた
僕は父に結婚したい女性がいるとことを話した
過去もそうたが
僕は付き合っている人の話を父に話したことがなかった
だから今回の結婚の報告に父は驚きなからもホッとした表情をした
“もしかして陽太はゲイなのかも…” と内心心配をしていたと初めて聞かされ それを聞いていた弟の海斗は爆笑した
海斗は興味津々で身を乗りだした
「で!アニキの彼女が見たいんだけど、(画像)持ってるんだろ?(笑)」
付き合っている女性を初めて見せることに
気恥ずかしくはあったけれど
スマホを取り出してテーブルの上に置いた
二人はスマホを覗きこんだ
「未…成年?」
その言葉に父も
「うむ。若いな…」と呟いた
なんだよ、二人して!
“可愛い”とかそういう感想はないのか!?
「25。ちゃんと成人してるから。」
「25!?そうは見えないぞ?それでも…アニキより9つも下か。」
海斗は32歳
僕は34歳
海斗でも奈生は7つも下になるのか
歳の差なんて気にはしていなかった
なのに若いしか言わない二人に奈生の可愛さを認めさせたくて
「それより!可愛いだろう!?」
半ば言わせるように強引に聞いた
「え~?(笑)普通じゃ… (あっ!) やっぱよく見ると可愛い!めっちゃ可愛い!なっ!?オヤジ!(苦笑)」
お調子者の海斗は空気を読んでごまかしたが父は嬉しそうに僕の顔を見つめた
「ん(笑)朗らかそうな可愛い子じゃないか(笑)」
嬉しそうに微笑む父
少しは親孝行になるのだろうか
「そうなんだ(笑) 誠実で温かい人だよ。今度連れて来る。その前に彼女との結婚の...父さんの許可が欲しいんだ。」
父は一呼吸置いて穏やかに話しはじめた
「お前が決めた女性(ひと)なんだ。反対はしないよ。会えるのが楽しみだ(笑)」
「アニキが結婚か~(笑) そっかそっか(笑)」
ほんとに良かった…
反対されるとは思っていなかったけれど
心から安堵した
「で??彼女の親の方は?おっさん(のアニキ)が愛娘に手を出した事に反対するんじゃないの?(笑)」
「...反対?」
そんなこと…
奈生の両親に反対されるなんてこと
全く考えていなかった
「海斗。」
父さんが海斗を軽く戒めた
そうか…
そうだな
よくよく考えればあり得る話だ
僕の勤務先は奈生の母校
奈生がまだ高一の時に僕はこの学校に異動した
僕が高校生の奈生に不埒にも手を出していたと誤解されてもおかしくはない
いいや、事実は違う
誤解されたとしてもきちんと話し合えば、、
「いやいや、ちょっ、、マジになんなよ(苦笑) 冗談だってぇ(苦笑)」
「陽太。」
「はい…」
「お前は子供の頃から決めた事には努力を続けられる男だった。それに今も赤帯を目指して頑張ってるんだろう?そういう実直なお前の良い所が伝われば何も案ずる事はないさ(笑)」
――父さん…
「わかってもらえるよう、きちんと僕の考えや想いを御両親に伝えるよ。」
――昔の僕の部屋
柔道の大会で優勝したトロフィーや
昔読んでいた漫画の単行本や参考書もそのままにしてある
押し入れから布団を持ってきて敷き
奈生に通話をかけた
ビデオ通話で大会で優勝した時のトロフィーの数々を奈生に見せると奈生は“陽太さんってやっぱり強い人だったんだ(笑)”と目をキラキラさせた
そして一緒に歳が明ける瞬間を確認した
来年は一緒に年を越そうと話をしながら
父に奈生の事を話したことを伝えると
どんな反応だったのかと奈生は心配そうな表情をした
「こっちは心配ないよ(笑) それより…さ。」
奈生の御両親が承諾してくれるのか
それが少し気がかりだと伝えると奈生は複雑な表情に変わった
『父は会って話すまではなんとも言えん、と…』
やっぱりそうか…
「それは僕が奈生の母校の教員だから、とか?」
『うーん、元々よく喋るタイプではないので(苦笑)』
口数の少ないお義父さんなのか
手強そうだ…
「そうか。でも話せばわかっていただけると思ってる(笑)」
『ですね!陽太さんを気に入らないはずないです(笑)』
さっきの父さんの言葉を思い出した
「ありがとう、頑張るよ(笑)」
こうして奈生の顔を視てると…
「あぁ~ 奈生に会いたくなったな。」
『三日に会えますよっ♡』
いつも思うけど…
「奈生から会いたいと言ってくれないね。」
『私だって会いたいですよっ!?でも陽太さん何かと予定が詰まってるからワガママ言えません。』
困った表情をした
「でもワガママの内に入らないよ(苦笑) あ~早く柔らかい奈生を抱きしめたいなぁ…」
『だから痩せたいんですって(苦笑)』
「電車で奈生を支えてる時、初めて“女性は柔らかい方が良いなぁ”って事に気付いた、うん。」
『ほんともう忘れて…』
顔を真っ赤にしてもっと困った顔をした
そういう顔されるとキュンとくるんだよなぁ(笑)
「明日奈生に会いに帰ろっかな(笑)」
『そんな!せっかくお父さまの顔を見に帰ったのにダメですよっ!あ!そう言えば今日はユウちゃん…えっ、と、真鍋さんと吉野さんと会ってたんですよ(笑) 覚えてます?』
真鍋…
吉野…?
あぁ!思い出した!
担任はしていなかったが授業担当はした生徒だ
「思い出した。あいつらと仲が良かったのか?」
『中学から同じだったから家も同じ方向で一緒に帰ることも多かったんです(笑)』
あぁ、なるほどね
『二人には今 私が陽太さんとお付き合いしてることをまだ内緒にしているんです。話したらきっと驚くと思います(笑)』
そうか…
あいつらもその内 僕と奈生のことを知ることになるのか
『二人から、早見先生のことまだ好きなの?って聞かれました(笑)』
「で?」
『もちろん!って答えたら“あり得ない”と呆れられました(苦笑)』
「どうして??」
『片想い拗らせすぎでしょ!って。そんなんじゃいつまで経ってもカレシできないじゃん!って(苦笑)』
あぁ…
まぁ確かに普通そう言うか…(苦笑)
『早見先生は彼氏だよって言いたかった(苦笑)』
“早見先生”か…
「奈生に“早見先生”と言われるとなんだかムズ痒い(苦笑)」
『そうなんですか? “早見先生”♡(笑)』
―― ん? あれ?
今…頭の中に映像が浮かんだ
そうだ
卒業式の日だ…
僕に声をかけてきた奈生の顔を思い出した
「…思い出した」
『何をです?』
「卒業式の日…奈生が僕に話しかけてきた時の事… 後ろから声をかけてきて、写真を一緒に撮ってくれないか、と…」
『そう…!そうです!!』
「あの時、担任していなかった生徒が何故僕に写真を求めてきたんだろうと思ったんだった…」
『あ~ … やっぱりそう思ったんですね(苦笑)』
「時々 柔道部の練習を見に来てなかった?」
『気付いてたんですか!?』
「きっと好きな男子生徒がいるんだろうなと思った記憶がある。」
『早見先生を見てたんですっ!』
「はははっ(笑)その割りには視線は合わなかったと思うけど。」
「視線を外したんです!だって恥ずかしいもの…(苦笑) そう言えば、早見先生が柔道してるとこはまだ見たことないですけど?」
あ、そうか。
「だったら柔道の練習、見学しに来る?」
『良いんですか?てっきりダメなのかと思ってました(苦笑)』
「そうなのか?全然構わないのに。」
『だって柔道の話、全然してくれないから。てっきりダメなのかなと。見学が構わないなら写真撮りまくります!』
「それはダメ。恥ずかしいから(苦笑)」
『撮られるのは慣れてないんですか?(笑)』
「そう(苦笑)」
そんな他愛もない会話をしながら
ほっこりした気持ちで新しい一年が始まった
―――
正月休みが終わり
いつもの日常が始まった
柔道部の部活が終わり生徒全員が下校した事を確認し
職員室で残務を終えて帰り支度をしていると鈴木先生から久しぶりに一杯行きませんか?と声をかけられた
いつもの焼き鳥屋でビールを呑んだ
「で?田中とはどうなんです?」
そうだった
鈴木先生は僕と奈生の仲のことを知っている唯一の人だった
「結婚したいと思ってます。」
「えっ!そうなんですか!そっかぁ…良かった(笑)」
安堵した表情
「実は僕のせいで二人の仲が拗れてたら、と気になってたんです(苦笑)」
奈生が内緒にしている事を鈴木先生は知らず先に僕に伝えてしまったことをずっと気にしていたようだった
「田中は良い子でしたからねぇ(笑) おっちょこちょいの天然でちょっと抜けてる所もありましたけど、まぁそこが可愛らしい所でしたよ(笑)」
高校生だった頃の奈生の事は全然知らない僕にとって
鈴木先生から聞く奈生の話はとても新鮮だった
「学力も中間で、運動もそこそこ平均的。なにか突出したものを持っていた生徒ではなかったんですけど、あの子は今でも印象に残ってるんですよね。」
鈴木先生は懐かしむように奈生の話を始めた
学校の花壇が荒らされていた事があった
それは僕も覚えている
放課後
奈生は用務員と一緒に花壇の花を植え直していた
それから毎日朝早く登校し
水やりをして花の世話をしていた
鈴木先生はそう、懐かしそうに話す
「“元気に育ってね”って花に声をかけてたんですよ、ははっ(笑) なんかそういう田中の純粋さに、ほっこりしましたよ(笑)」
奈生らしいな(笑)
「ほら、今どきの高校生は何かと問題が起きるじゃないですか。ちょうどその頃、僕が受け持ってたクラスの生徒で妊娠騒動があって。そんな時だったからか余計にね。田中の高校生らしいというか、純粋さに僕はホッとしたんです(苦笑)」
なるほどな…(笑)
今もその頃とそう変わってないんじゃないか?(笑)
「そういやありましたねぇ。妊娠騒動(苦笑)」
鈴木先生はその時の苦労を思い出したのか
その頃の苦労話を始めた
「それで。今でも田中は純粋なんですかね?」
「年齢の割りにはかなり純粋ですよ(笑) そこが良い所です(笑)」
「そうですか。田中なら良い嫁さんになりますよ(笑)」
僕もそう思ってます(笑)
ーーー
鈴木先生と駅で別れ
スマホを確認すると奈生からメールが届いていた
“お仕事お疲れさまです。”
“お忙しくてまだお仕事終わってないんでしょうか?”
それが一時間前のメールだった
奈生に電話をかけたけれど電話には出なかった
“鈴木先生と呑んでいて、今帰宅中だよ。”
そうメール返信をし家路に向かった
そういえば…
僕が奈生にプロポーズをしたあのクリスマスイブの夜
電話帳未登録の電話番号の着信が入っていた
あれは元彼女の舞からだった
電話帳からは消しているのに
記憶は思うように消えてくれない
なぜ今更 過去の男の僕に電話をかけてきたのか
意味深にもイブの夜に…
舞は好きな仕事に就き海外を飛び回っているはず
今は違うのか…?
あいつは常に自分の意志や感情には素直で
ブレることもない芯の強い女だった
自由に 自分らしく生き生きとしていて
いつも前だけを見ている女だった
硬い公務員職の僕には
そんな自由な彼女が羨ましくもあり眩しく輝いて見えた
舞は僕のような平凡な男はつまらないと
きっといつかは僕の元から去って行く ――
その時の僕は
いずれ来る“別れ”の予感を感じていた
そして
実際そうなった
過去は振り返らないそんな舞が
何故過去の男の僕に電話をかけてきたのか
僕は舞に未練がある訳じゃないけれど
あの夜の着信をきっかけに
頭の片隅に舞が引っ掛かっていた――
――――――――――――