DBS後半年過ぎた!思い出した冊子!
私はパーキンソン病になり16年目です。45歳でパーキンソン病と診断されるまで1年半かかり、診断された時「10年早かったね」とDrから言われて落ち込みました。当時PD患者は自分が働いていた病棟に入院してきましたがさほど関心をあったわけでなく神経難病の一つ最期が大変であるということを記憶している。また、マハメドアリさんの10年前くらいだろかオリンピックの燈火台に火はなったその姿はパーキンソン病特有だった。
皆さんの中にも震える、足を引きずるが治らない神経内科を受診してみてください。パーキンソン病に関して難病センターで鑑別し、早期発見、早期治療が可能になって来てます。症状が進行していないとそれだけ症状が軽くてすみます。
でも当時の私にとってこの病気を受け入れるのはそうたやすいものではありませんでした。2年間仕事を辞めてから閉じこもり、何もする気力がわきませんでした。ふと手にしたのが友の会が企画した医療講演会に行った時もらった冊子で村田美穂Drが編集されたⅢパーキンソン病のリハビリテーションこの冊子は自宅できる運動と飲み込み・言語の運動をわかりやすく書いてありました。今にも通じる内容で目から鱗が落ちる思いです。Ⅳ、自宅での介護の要点1.住宅改修と整備2.看護の立場から3.社会支援 友の会について 制度の利用については事細かに患者の立場でわかりやすい文章で書いてあります。大日本住友製薬で2012年にだされたものでした。この2冊は私のバイブル的な冊子で何回も読みパーキンソン病を学びました。パーキンソン病は個人で経過と症状はそれぞれ違います。でも〖自分で決める〗という大切さとリハビリの大事さを感じました。
DBSで思う事はDBSに過大な期待を持ちすぎないことであり、近年DBSブームではあるが、パーキンソン病の治療法の最終手段でないということを肝に銘じておくのが必要です。電圧と薬の調整は1年はかかるといいます。その後も調整一年ごとかかります。DBSをやると決めたのは自分。成功したとか失敗したとかいう前に、自分で決めて考え行動したらどんな生き方でも尊いものであると思います。色々あり違ったそれぞれの生き方が自分らしく、その人らしさだと思う。