音楽の兄貴「拓郎氏」前編
そうだなぁ・・
あれは高校の時、小学校時代から耳に残り音楽が好きだった自分は妥当ビートルズを掲げ
とにかくまずギターを手に入れるべく、金もなく
ゴミ捨て場に放り投げてあった割れたギターを拾って来て自作自演を
作っていた・・。
高校に入り、グループサゥンズに憧れそんなナンバーをやっていると全校で、3人の
名物面白生の一人がいて・いわく
「物凄く引かれる人がいる」と熱くなっていたのを思い出す・・
◇
それがおそらく「吉田拓郎」で彼の初期のLPを持っていて話題になり
本来・歌なんか歌いステージに立つタイプじゃない奴が下手くそ二人で、
俺たちエレキグループの後にフォークで有志出演していた
マークIIとか歌っていたような・微かな記憶・・・
そして皆は、我に帰り勉強してないふりをして勉強してたなぁ
自分は音楽のプロになるにはどうしても東京へ行かなくては無理と
親は短大しか入れる費用しかない・のをどうしても東京の四年生の大学に行くんだと
我儘を通し
エレキを持ち、中古のベース・フォークギター買い学園祭に名物男として毎回出てた
バイトはドカタ、その金で50本くらい外タレアーチストを見に行っていったが
そんな時、チラシを配っている(今にお見えばファンクラブのボランティアだろう)
変な染めたTシャツの男女がいた、配るのは漢字のアーチストばかり、
加川良・吉田拓郎・高田渡・・・井上陽水
って
それを手にし、神田共立講堂・500円となっている・・学生には美味しい話だ
うん、確か深夜放送でも面白いアーチストだっ、行ってみよう
自分にはポリシーがありレッドツェッペリン、ディーパープル、ビートルズ後のソロ
そのコンサートはドカタやってでもチケット買い行くが日本のフォークアーチストなんか
下に見ていた。
だから当時自作で、100曲を超えていた自分には陽水も、拓郎もライバル
として捉えていた、「皆んな上手くやってるなぁ先を越されたと・・」
でも、コンサートでの拓郎氏の「弾語り」を見てトークもギターも、バンドも
よくあるグループサゥンズではない
新感覚のフィーリング演奏に魅了された・・
シンプル・イズ・ベスト
それからは目標を井上陽水・吉田拓郎に置き換え自分ももっと良作を研究し
東京で音楽で人前に立つようにと・バイタリスフォークビレッジで、ニッポン放送へ
行った、今にして思えばコンテストに応募していた中にフォークデュオの
「狩人」がいて歌は演歌ぽかったが上手かったのを思い出す
・・・
う~ん
第2部だなぁ
収まらないってばぁ
・・・
つつつつ