「大きな幸せのために、日常の不幸を積み重ねてる」
細かい部分は忘れたが、晃弥の名言。
これって当たってると思うんだよね。逆に、大きな不幸のために日常の幸せを積み重ねてると言えなくもない。
語劇はその典型例だと思うんだよ。紆余曲折を経てある程度成功したけど、結構がんばったあたしはとんでもないことになった。舞台に乗るという幸せが本番の失敗という代償を伴ったのかな。あとはあの人とのこと。一緒にいて安心できる。そんな関係を積み重ねていたらこうなったんだろうな。まあ、言わなかったら言わなかったで、居心地の良さと引き替えに自分の気持ちを殺さなきゃならなかったけど。
定演とか入試とかは『不幸を積み重ねて』のパターン。中学受験・大学受験共に塾の先生にさんざんバカにされながらも第一志望に(大学は現役で)補欠ではなく合格したしね。定演もいろいろあったけど、3回の定演で吹いた5曲すべて本番はうまくいったよ。まあ……『シルヴィア』の『ゆるやかなワルツ』の伸ばし一発目ですごい音程出したけど。でも『禿げ山の一夜』の低音の伸ばしも『マイスタージンガー』の木管ゾーンも、『シルヴィア』の『間奏曲』のどソロもドヴォ8のソリも2ndが目立つところも『結婚行進曲』のちょろっと目立つっぽいところも本番はうまくできたと思う。
で。
大きな不幸のあとには小さな幸福を積み重ねてるのもまた事実で。
乗り番だってあんなにイヤがってたチャイ5の2ndもメンコンのトップも今では大好きで。難しいけど吹いてて気持ちいいし、気持ちに余裕ができたので(『終わりではなく、始まり』参照)やってやろうってモチベーションはすごく高いし。待ってろよ、チャイ5とメンコン。オレが吹いたからこそ印象に残ったって曲にしてやるからな。ってかこの前気づいたが、オレはメロディーよりも対旋律が好きらしい。ってかアルトやメゾに喜びを見いだす人間なので、メインのオーボエ2nd、協奏曲のオケって吹いててもっとも気持ち良いのかもね。失敗してもトップより目立たないし(爆)。あとはアルトパート。高校時代に校長様にも言われたが、低音がしっかり支えてこそメロディーも映えるわけで。ヴィオラやチェロ、ファゴットやボーンなんかが好きなのもその辺に理由があるのか。
音楽に限ったことじゃなくて、あんなことがあったからこそかえってあの人が特別になったってのもある。会えるだけで、あの人が幸せそうであるだけでささやかな幸せを感じてる自分がいる。
あの人だけじゃなくて友達にも言える。嫉妬することもムカつくこともある。喧嘩とか不和っていう大きな不幸のあとには、さらに良い関係になるっていう幸せがあるんだ。
でもそのためには自分が動かなきゃならないことも事実。大きなのも小さなのも、待ってるだけじゃ何も起こらないからね。
思いがけないところで誰かさんに出会うという日常の小さな幸福を経験した文音でした。
細かい部分は忘れたが、晃弥の名言。
これって当たってると思うんだよね。逆に、大きな不幸のために日常の幸せを積み重ねてると言えなくもない。
語劇はその典型例だと思うんだよ。紆余曲折を経てある程度成功したけど、結構がんばったあたしはとんでもないことになった。舞台に乗るという幸せが本番の失敗という代償を伴ったのかな。あとはあの人とのこと。一緒にいて安心できる。そんな関係を積み重ねていたらこうなったんだろうな。まあ、言わなかったら言わなかったで、居心地の良さと引き替えに自分の気持ちを殺さなきゃならなかったけど。
定演とか入試とかは『不幸を積み重ねて』のパターン。中学受験・大学受験共に塾の先生にさんざんバカにされながらも第一志望に(大学は現役で)補欠ではなく合格したしね。定演もいろいろあったけど、3回の定演で吹いた5曲すべて本番はうまくいったよ。まあ……『シルヴィア』の『ゆるやかなワルツ』の伸ばし一発目ですごい音程出したけど。でも『禿げ山の一夜』の低音の伸ばしも『マイスタージンガー』の木管ゾーンも、『シルヴィア』の『間奏曲』のどソロもドヴォ8のソリも2ndが目立つところも『結婚行進曲』のちょろっと目立つっぽいところも本番はうまくできたと思う。
で。
大きな不幸のあとには小さな幸福を積み重ねてるのもまた事実で。
乗り番だってあんなにイヤがってたチャイ5の2ndもメンコンのトップも今では大好きで。難しいけど吹いてて気持ちいいし、気持ちに余裕ができたので(『終わりではなく、始まり』参照)やってやろうってモチベーションはすごく高いし。待ってろよ、チャイ5とメンコン。オレが吹いたからこそ印象に残ったって曲にしてやるからな。ってかこの前気づいたが、オレはメロディーよりも対旋律が好きらしい。ってかアルトやメゾに喜びを見いだす人間なので、メインのオーボエ2nd、協奏曲のオケって吹いててもっとも気持ち良いのかもね。失敗してもトップより目立たないし(爆)。あとはアルトパート。高校時代に校長様にも言われたが、低音がしっかり支えてこそメロディーも映えるわけで。ヴィオラやチェロ、ファゴットやボーンなんかが好きなのもその辺に理由があるのか。
音楽に限ったことじゃなくて、あんなことがあったからこそかえってあの人が特別になったってのもある。会えるだけで、あの人が幸せそうであるだけでささやかな幸せを感じてる自分がいる。
あの人だけじゃなくて友達にも言える。嫉妬することもムカつくこともある。喧嘩とか不和っていう大きな不幸のあとには、さらに良い関係になるっていう幸せがあるんだ。
でもそのためには自分が動かなきゃならないことも事実。大きなのも小さなのも、待ってるだけじゃ何も起こらないからね。
思いがけないところで誰かさんに出会うという日常の小さな幸福を経験した文音でした。
もゆちゃんの考えは、いい意味で淡々としていて、理にかなっていて、なるほどと納得することが多いなあ。
へっぽこな先輩を励ましてくれていつも本当にありがとう。
私の考えは淡々としているというか、冷淡というか……。ある意味、自分に言い聞かせてる部分があるような気もするんですが(汗)。
自分なりに、幸福とか不幸とかを考えられるようになったのはつい最近ですよ。
先輩は全然へっぽこじゃないですよ!
もっと自信を持っていいと思います。