アタシがまだ
すごーく小さかった頃。
朝、ご飯食べてると
お米粒がいっぱいこぼれて
タタミの上に散らばった。
おねえちゃんは
あんまりこぼれない。
なんでアタシばっかり
こぼすんだろうって
なんとなく納得いかない感じ。
「お米は、一粒出来るまでに
一年かかる」って
いつもおじいちゃんや
おばあちゃんに言われてた。
だから、こぼれたら一粒でも
ちゃんと拾って食べなさいって言われた。
でも、あんまりいっぱいこぼすと
拾っても拾っても
なかなかきれいにならない。
ご飯食べなきゃいけないのに
拾うだけで、もう精一杯!
そんなとき、おばあちゃんがやって来ると
にこにこしながら「ようけこぼれたの」。
で、そのあといつも
「ダンナイダンナイ。明日はいい天気やのぉ」って。
おばあちゃんが拾うの手伝ってくれると
あっという間に、タタミはきれいになった。
お米粒バラまくと
なんでお天気になるんやろ・・・って
アタシは不思議だったけど。
アタシが、もっと大きくなって
おばあちゃんの家から引っ越した後
「ダンナイ」っていうのは
「大事無い」ってことだったんだって
やっと気がついた。
あんなにお米を大事にしてたのに
「バラ撒く」のも、それはそれで
「景気のいい」コトだったのかなあ。
そういえば、お米とぐとき
米粒がちょっとこぼれても
おばあちゃんは、なるだけ拾ってた。
でも、アタシたちが
ちょっと多めに流しちゃったときは
「ガキにほどこす、ガキにほどこす」って
言えばいいんだって。
「ガキ」っていうのは
「ガキドウ」に落ちて
食べるもののない人たちのことで
アタシたちが流しちゃったお米が
その人たちのご飯になるんだって。
「ダンナイダンナイ」って
アタシも誰かに言ってみたかったなあ。
でもね、今でも
「餓鬼に施す」は言うよ。
ブ~ンって来た蚊を叩いたときとかも
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」って
つい言っちゃう。
で、おばあちゃんは言わなかったけど
「また人間に生まれておいで」って
アタシは続ける。
なぜかわからないけど
そういうクセがついちゃった。
すごーく小さかった頃。
朝、ご飯食べてると
お米粒がいっぱいこぼれて
タタミの上に散らばった。
おねえちゃんは
あんまりこぼれない。
なんでアタシばっかり
こぼすんだろうって
なんとなく納得いかない感じ。
「お米は、一粒出来るまでに
一年かかる」って
いつもおじいちゃんや
おばあちゃんに言われてた。
だから、こぼれたら一粒でも
ちゃんと拾って食べなさいって言われた。
でも、あんまりいっぱいこぼすと
拾っても拾っても
なかなかきれいにならない。
ご飯食べなきゃいけないのに
拾うだけで、もう精一杯!
そんなとき、おばあちゃんがやって来ると
にこにこしながら「ようけこぼれたの」。
で、そのあといつも
「ダンナイダンナイ。明日はいい天気やのぉ」って。
おばあちゃんが拾うの手伝ってくれると
あっという間に、タタミはきれいになった。
お米粒バラまくと
なんでお天気になるんやろ・・・って
アタシは不思議だったけど。
アタシが、もっと大きくなって
おばあちゃんの家から引っ越した後
「ダンナイ」っていうのは
「大事無い」ってことだったんだって
やっと気がついた。
あんなにお米を大事にしてたのに
「バラ撒く」のも、それはそれで
「景気のいい」コトだったのかなあ。
そういえば、お米とぐとき
米粒がちょっとこぼれても
おばあちゃんは、なるだけ拾ってた。
でも、アタシたちが
ちょっと多めに流しちゃったときは
「ガキにほどこす、ガキにほどこす」って
言えばいいんだって。
「ガキ」っていうのは
「ガキドウ」に落ちて
食べるもののない人たちのことで
アタシたちが流しちゃったお米が
その人たちのご飯になるんだって。
「ダンナイダンナイ」って
アタシも誰かに言ってみたかったなあ。
でもね、今でも
「餓鬼に施す」は言うよ。
ブ~ンって来た蚊を叩いたときとかも
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」って
つい言っちゃう。
で、おばあちゃんは言わなかったけど
「また人間に生まれておいで」って
アタシは続ける。
なぜかわからないけど
そういうクセがついちゃった。
読んでいたら、この俳句を思い出しました。
「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」
ねねさんに叩かれた蚊は、無事、人間になれたんでしょうか(微笑)
更新楽しみにしています。
私が「また人間に生まれておいで」って言うたび
「それって結構怖くない?(笑)」って
若い友人たちに言われてました(^^;。
>「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」
誰の句だったっけ・・・初めて見たとき
すごーく切ない気持ちになったの思い出します。
(人間になれてたらいいなあ・・・)
いつも読んで下さって、書き込んで下さって
本当に嬉しいです。
何ヶ月も放ったらかしにしてしまっても
また書こう・・・っていう勇気が湧きます。
同じ作者のこの句も、何となくねねさんを思い出したので、もう一句。
「生きるの大好き冬のはじめが春に似て」
思いがけないプレゼントもらった気分です(^^)
どうもありがと~♪