細川ガラシャ夫人 (三浦綾子小説選集) (三浦綾子小説選集)三浦 綾子 主婦の友社 2001-04-01売り上げランキング : 226987おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、美貌で聡明で信仰心に篤い細川玉子(洗礼名ガラシャ)の波乱に富んだ人生を描いていることで有名です。しかし、その一方で、「高慢」「傲慢」「妬み」「嫉み」「保身」「疑心暗鬼」などなど人間の気持ちの弱さを、戦国時代という誰にとっても生きるのが難しい時代を背景に、見事に抉り出した作品として読むこともできます。
細川ガラシャ夫人は本能寺の変により織田信長を討った明智光秀の娘ですが、そもそもなぜ明智光秀が主君を討たなければならなかったのか。諸説紛紛としてわからないことも多いのですが、本書では織田信長の猜疑心や嫉妬心、高慢な振る舞いの末、最終的には「領地没収」という憂き目にあって明智光秀が進退窮まったためというように描かれています。追い詰められた末の主君殺害、その結果一族郎党は滅ぼされてしまい、唯一の生き残りは玉子のみ。このような悲劇的な結末は、智謀に長けた明智光秀でも避けようはなかったんでしょうか。一時は玉子も父明智光秀のとった行動を恨みに思ったこともありましたが、でもやっぱり親子。わたしは玉子の以下のような心境に共感すると同時に同情します。
「人間、生きることが辛くなりました時は、何をするかわかりませぬ。父は耐えに耐え、忍びに忍んでいられたのだと、わたくしはこの雪の中で思ったのです。もし、一生この雪の中で、ひっそりと暮らさねばならぬとしたら、気も狂いましょう。父は信長様より、領地を召し上げられては、狂うより仕方がなかったのではありますまいか」「父が天下をとろうとしたこと、やはり、娘のわたくしは、ほめてあげたい思いもいたします。」
本書では明智光秀の心情以外に、信長のとんでもない猜疑心や驕慢心がその時代の武将たちをどんな気持ちにさせていたのかということや、ちょっとしか触れられていないけれど徳川家康の心の広さが人々にどのように受け入れられたかなど、人間観察としては、非常に興味深い例がたくさんあります。
ところで、「信仰」というのは、本書のもうひとつのテーマ。特に後半では、信仰を持つことの強みに焦点が当たっています。例えば、似たような状況に追い詰められたとき、明智光秀とは対照的な行動をとったのが、キリシタン大名として名高い高山右近です。豊臣秀吉から「信仰放棄か領地没収か」という究極の選択を迫られたとき、高山右近はすんなりと領地を手放し無禄になった。信仰を持っていることの強さは、人間の心の弱さを自覚し、克服することにあるのかもしれない。
玉子も信仰によって救われています。玉子は生まれながらの聡明さと美貌の持ち主で、本書の前半ではかなり傲慢で批判的精神の持ち主であったと描かれています。現代社会においても、容姿端麗、才色兼備な女性で傲慢な人は少なくないでしょ。それにお姫様育ちときたら、いったいどうなってしまうのやら。もちろん戦国時代の武家のお姫様は厳しく躾られているとは思うけど、本質が傲慢だったらそれを隠すことや振る舞いを変えることはなかなか大変なことでしょう。それが度重なる悲劇の中、この世の不条理と真剣に向き合い、信仰に生きることで謙虚さを身につけ、心に平安をもたらすことができたのです。信仰心とともに最期を遂げるのですが、彼女の辞世の句がこれまた有名。
「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」
心の支えは信仰でなくてもよいとは思うけど、支えになるようなものを持っている人はうらやましい。
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