上海事変その6 桃華園にて起きた事。わたしをひとりにしないで
ごほっという押し殺したむせるようなせき。それがきっかけだった。
わたしをひとりにしないで
そのさけびを星刻は聞いた。確かに聞いた。だが答えることはもうできなかった。
透けるように淡い春の光。彼女の行くところに風は生まれ、薄絹とあそぶ。
(天女とはこのような存在を)
自分が周りからどのように見えているかという自覚は一切無しで、星刻は天子を見つめている。もし、スザク辺りが見れば(ナナリーを見るルルーシュとそっくりだ)と、中日軍事同盟の長たちが同種のたましいを持つ事を看破しただろうが。
「シンクー」
お小さいときから変わらないよびかた。口の中で、ころがすように。鈴の音にも似た声。彼女の声に合わせて、光の粒がはじけていく。
にっこりとしか表しようのない笑顔がただ星刻にだけむけられる。
(いつか、この方がこの国にいのちをよびもどしてくださる)
砂礫の大地に彼女が降り立つ。薄青く透ける桃の花びらで地が覆われる。星刻は一瞬幻想を見た。
幻想が収まった直後から星刻は息苦しさを感じた。上海でよく襲われた感覚。
胃の辺りが重い。星刻の手は無意識に神虎の起動キーを握る。手が真っ白になるほど力を込めて。
ごほっという押し殺したむせるようなせき。それがきっかけだった。
のどと横隔膜下に切り裂くような痛み。どろりと、腐ったものが落ちていく感覚。体の中へ。
食道静脈瘤の単純破裂、文字にすれば10文字に収まる。静脈瘤が神虎での白兵戦で限度を超えこのときに自爆した。処置が早ければ救命は可能だが、気管に詰まった場合死亡もありえる。
星刻は激しく咳き込み大量の鮮血を吐いた。余談だが、このとき吐けたからこそ星刻は助かったのだ。しかし、天子にそんな医学的知識があるはずもない。
天子はただおびえた。愛し守ってくれる人が血を吐いている。淡く透けるようだった花びらの色が赤く染まる。
わたしをひとりにしないで
天子は泣いていなかった。ただ訴えた。
誰にか。急速に体温を失っていく男にか、あるいは彼女の大切なものを奪おうとする天に向けてか。
わたしをひとりにしないで
そのさけびを星刻は聞いた。確かに聞いた。だが答えることはもうできなかった。
ごほっという押し殺したむせるようなせき。それがきっかけだった。
わたしをひとりにしないで
そのさけびを星刻は聞いた。確かに聞いた。だが答えることはもうできなかった。
透けるように淡い春の光。彼女の行くところに風は生まれ、薄絹とあそぶ。
(天女とはこのような存在を)
自分が周りからどのように見えているかという自覚は一切無しで、星刻は天子を見つめている。もし、スザク辺りが見れば(ナナリーを見るルルーシュとそっくりだ)と、中日軍事同盟の長たちが同種のたましいを持つ事を看破しただろうが。
「シンクー」
お小さいときから変わらないよびかた。口の中で、ころがすように。鈴の音にも似た声。彼女の声に合わせて、光の粒がはじけていく。
にっこりとしか表しようのない笑顔がただ星刻にだけむけられる。
(いつか、この方がこの国にいのちをよびもどしてくださる)
砂礫の大地に彼女が降り立つ。薄青く透ける桃の花びらで地が覆われる。星刻は一瞬幻想を見た。
幻想が収まった直後から星刻は息苦しさを感じた。上海でよく襲われた感覚。
胃の辺りが重い。星刻の手は無意識に神虎の起動キーを握る。手が真っ白になるほど力を込めて。
ごほっという押し殺したむせるようなせき。それがきっかけだった。
のどと横隔膜下に切り裂くような痛み。どろりと、腐ったものが落ちていく感覚。体の中へ。
食道静脈瘤の単純破裂、文字にすれば10文字に収まる。静脈瘤が神虎での白兵戦で限度を超えこのときに自爆した。処置が早ければ救命は可能だが、気管に詰まった場合死亡もありえる。
星刻は激しく咳き込み大量の鮮血を吐いた。余談だが、このとき吐けたからこそ星刻は助かったのだ。しかし、天子にそんな医学的知識があるはずもない。
天子はただおびえた。愛し守ってくれる人が血を吐いている。淡く透けるようだった花びらの色が赤く染まる。
わたしをひとりにしないで
天子は泣いていなかった。ただ訴えた。
誰にか。急速に体温を失っていく男にか、あるいは彼女の大切なものを奪おうとする天に向けてか。
わたしをひとりにしないで
そのさけびを星刻は聞いた。確かに聞いた。だが答えることはもうできなかった。