金属中毒

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両王手

2008-08-13 23:19:29 | コードギアス
両王手

「総司令、負傷。指揮権を予定通り、参報長官周香凛ニ移行します。」
オペレーターの声は冷静だ。機械的なまでに。その無機的な声が扇要の狼狽をいくらか鎮めた。


『あなたの名は中心という意味があるのですね。変革はいつも地方から始まると言いますが、それは中心があってのこと。中核のない変革は混乱になるのみです』
天子強奪のあの日、他の中華軍はすでに引き上げたが、星刻のみは神虎の起動がうまくいかず、斑鳩にとどまっていた。
 同盟軍の将官といっても昼間は戦争をしていた当の相手、まして星刻に直接殺された者の遺族も斑鳩にはいる。敵討ちとばかりに襲う可能性は高い。それを考えて扇要は星刻の近くを離れなかった。
 扇はその危険をゼロにも訴えたのだが、ゼロはあっさりと答えた。
「あの黎星刻を殺せるような腕のやつは日本人にはいない」
扇はそういう問題じゃないはずだとさらに言いかけたが、ゼロは一方的に通信を切った。
黎星刻が優秀な軍人で、個人挌闘家しても藤堂並みに強いのは分かっている。問題はそれが起きたときの影響が、と教師時代の癖で説明しかけたのだが、ゼロは教師のいう事などもともと聞く耳持たない生徒であった。

幸い星刻は温厚で控えめな態度を崩さず、騎士団の一般隊員が向ける悪意ある視線やささやきにもロイヤルスマイルクラスの微笑を返す。女性隊員の中にはその視線のみで真っ赤になる者もいる。
『あなたがいるから、ゼロも安心して飛び出していける。ゼロの場合はもう少し自重してもいいようですが』

扇に対しても社交辞令の枠を超えた高評価をさりげなく見せる。
『あの男は単なる軍人ではないぞ。政治家としても一級だ。』
シーツーの言葉は事実そのままだった。



予定通りという事は、あの黎星刻は自分が指揮を取れなくなる可能性を計算していた、予定していたのか。
斑鳩は超合衆国軍団たる黒の騎士団の中心である。すべての報告がここに入ってくる。本来なら扇がそれをすべてさばかねばならないのだが、狼狽している間に旧軍人グループがそれぞれに対処してくれた。
 
『よい副官は1国に勝る。1916革命の司令官の勝利宣言の出だしにありましたね。』星刻はこの時代の者には珍しく歴史に詳しいようだった。
つれづれなるままにと、将棋版をはさんで扇は星刻と向かい合っていた。同盟軍になったばかりの将官にどんな話題をふればいいのか、暗中模索していた扇に星刻のほうから『日本の文化の将棋を教えてほしい』と申し出てくれたのだ。駒を打ちながらの会話は直接顔を見なくていいので、気が楽になった。
『私にも良い副官がいます。彼女に任せておけば私自身が動くよりもうまく事を運んでくれます』
『天子さまのことは心配ではないですか?』との扇の言葉に星刻は少し苦味を帯びた笑顔で答えた。
その顔は彼の年齢からして、むしろこちらのほうが本来の笑顔ではないかと扇には思えた。

『両王手』
不意に笑いを含んだ声がした。
あわてて盤を見ると、形勢はすっかり逆転していた。大駒の竜(飛車)と馬(角)に扇の王は同時に狙われている。
「降参」
扇は本気で両手を挙げた。駒の動かし方から始めた素人に完全に負けた。
『よい教師は、よい勝負師にならない』と言いますから。
駒を片付けながら星刻はロイヤルスマイルをうかべる。
『扇さんはむしろ老師のほうが向いていらっしゃる。おかげでよい生徒になれました』





「扇事務総長に黎総司令より電文入電いたしました」
オペレーターの声に扇は現実に戻った。
「読んでくれ」
「両王手を掛けに行くので、馬を叩いて飛ばしてください。」
読み上げるオペレーターの声に疑問符が重なる。
暗号めいた文面に第一艦橋のスタッフの誰もが、何を言いたいんだ?と疑念を持った。
そんななか唯ひとり、扇だけはうなずいた。
あの男は直接王を捕りに行くつもりだ。だから、こちらの大駒も動かせと言ってきている。
飛車は敵陣で竜に成る。昇竜にさせてはならない。地に落ちさせてはならない。
そのためにこちらの角たるゼロを馬にして鞭をあてる。

慌てて走り出して靴が片方脱げたのも気がつかないまま、駆け抜けていく扇に第一艦橋のスタッフは「トイレかなぁ」と見送るばかりだった