上海事変その10
ひとりでできるもん 天子様サイド
朱禁城の自分の部屋にどうやって戻ったのか天子は知らない。
ただ、チャンリンがシンクーの代わりのように、しっかり抱きしめてくれていた。
チャンリンは暖かくて強くて優しい。シンクーと同じ。
それでも天子は泣かなかった。空の一角、斑鳩が去った方向をずっと見上げていた。
女官長に言わせれば、この件は星刻の独断で専横で越権行為であった。
当の本人の星刻がいないので、女官長は今回の件がいかに大罪であるか副官の周香凛に3時間も言い続けた。今回の件に関しては香凛も女官長と同意見だった。
(どうしてひとりで、せめて私に声をかけてくだされば)
考えても仕方ない事だが、常からの星刻の独断体質が恨めしくなる。
(確かに私にはあなたと同じように考える事はできません。でも同じように想うことはできるのに)
「ゼロは私の考えを読める。これからの策は(ゼロとなら)楽にできるな」
上海に行く前にふともらした星刻のあの言葉。
結局星刻様にとって、対等の意識を持ちえるのはゼロだけだったのか。
落っこちそうなほどに大きく瞳を見開いて、空の一角を見つめていた天子は先ほどようやく眠った。
涙は1滴も落ちなかった。
3時間も続けて文句を言い続けた後、女官長はため息をつき独り言のように言った。
「だいたいあの子は昔から勝手で気まぐれなところがあって、人のいう事は聞かないし、いつか取り返しのつかない失敗をしやしないかと、心配して」
香凛は真っすぐ女官長と視線を合わせた。
女官長は星刻様を嫌っているとおもっていたが、心配・・・?してくれていた。
香凛の視線の中に「あなたはあの方の味方ですか」と言う言葉を読み取って、女官長は鼻白む。
「私は宮のモノ、宮を正しく守るのが私の役目です」
女官調は50歳。51年前、ある後宮の女と宦官の間に生まれた。
おかしいとおもわれるかもしれない。しかし、朱禁城に使える女官が清浄女であるというのは完全な建前だし、皇帝しか入れないはずの後宮が、大宦官をはじめとする権力者達の遊び場なのも事実。この時代、宦官といっても本当の意味での宦官(去勢済み)はほぼいない。
女官長は45歳まで後宮以外を知らなかった。その意味では天子以上の籠の鳥であった。だが、彼女はただの籠の鳥ではなかった。後宮に群れる男女を統率し、秩序を守る権力者。日本人には春日の局をイメージしてもらうのが分かりやすかろう。そんな女官長が、権威や秩序を破壊し天子を我がものにしている、と見える星刻を気に入るはずがないのだが。
斬月で花婿強奪(?)から戻ってから、藤堂は上の空だ
『わたしを一人にしないで』
天子の声がずっと藤堂の耳から離れない。あんな小さな少女なのになぜか消えない。強烈な存在感。またあの声が聞こえる。
ティーカップを見つめ、目の前に座った千葉に気付こうともしない藤堂。千葉の瞳に苛立ちのトゲが浮かぶ。その2人を朝比奈はめがねの向こう、ガラスの向こうからわらって見ている。
ひとりでできるもん 天子様サイド
朱禁城の自分の部屋にどうやって戻ったのか天子は知らない。
ただ、チャンリンがシンクーの代わりのように、しっかり抱きしめてくれていた。
チャンリンは暖かくて強くて優しい。シンクーと同じ。
それでも天子は泣かなかった。空の一角、斑鳩が去った方向をずっと見上げていた。
女官長に言わせれば、この件は星刻の独断で専横で越権行為であった。
当の本人の星刻がいないので、女官長は今回の件がいかに大罪であるか副官の周香凛に3時間も言い続けた。今回の件に関しては香凛も女官長と同意見だった。
(どうしてひとりで、せめて私に声をかけてくだされば)
考えても仕方ない事だが、常からの星刻の独断体質が恨めしくなる。
(確かに私にはあなたと同じように考える事はできません。でも同じように想うことはできるのに)
「ゼロは私の考えを読める。これからの策は(ゼロとなら)楽にできるな」
上海に行く前にふともらした星刻のあの言葉。
結局星刻様にとって、対等の意識を持ちえるのはゼロだけだったのか。
落っこちそうなほどに大きく瞳を見開いて、空の一角を見つめていた天子は先ほどようやく眠った。
涙は1滴も落ちなかった。
3時間も続けて文句を言い続けた後、女官長はため息をつき独り言のように言った。
「だいたいあの子は昔から勝手で気まぐれなところがあって、人のいう事は聞かないし、いつか取り返しのつかない失敗をしやしないかと、心配して」
香凛は真っすぐ女官長と視線を合わせた。
女官長は星刻様を嫌っているとおもっていたが、心配・・・?してくれていた。
香凛の視線の中に「あなたはあの方の味方ですか」と言う言葉を読み取って、女官長は鼻白む。
「私は宮のモノ、宮を正しく守るのが私の役目です」
女官調は50歳。51年前、ある後宮の女と宦官の間に生まれた。
おかしいとおもわれるかもしれない。しかし、朱禁城に使える女官が清浄女であるというのは完全な建前だし、皇帝しか入れないはずの後宮が、大宦官をはじめとする権力者達の遊び場なのも事実。この時代、宦官といっても本当の意味での宦官(去勢済み)はほぼいない。
女官長は45歳まで後宮以外を知らなかった。その意味では天子以上の籠の鳥であった。だが、彼女はただの籠の鳥ではなかった。後宮に群れる男女を統率し、秩序を守る権力者。日本人には春日の局をイメージしてもらうのが分かりやすかろう。そんな女官長が、権威や秩序を破壊し天子を我がものにしている、と見える星刻を気に入るはずがないのだが。
斬月で花婿強奪(?)から戻ってから、藤堂は上の空だ
『わたしを一人にしないで』
天子の声がずっと藤堂の耳から離れない。あんな小さな少女なのになぜか消えない。強烈な存在感。またあの声が聞こえる。
ティーカップを見つめ、目の前に座った千葉に気付こうともしない藤堂。千葉の瞳に苛立ちのトゲが浮かぶ。その2人を朝比奈はめがねの向こう、ガラスの向こうからわらって見ている。