そこにジノの姿を見たとき星刻は夢の続きだと思った。
先ほどの夢と、このところの激務が星刻の判断力をいくらか狂わせていた。
「シンクー、君は天子にうそしか与えないつもりか」
どこか、発音にくせのあるジノの声。それは夢で聞いた声と同じに聞こえた。
「違う、私はただ、あの方の瞳を、あのようなもので曇らせたくなかった」
あのようなもの、それが死んだ東京租界を示した。
(そうだ、あれはもう戦いですらない。虐殺だった。)
ジノは思う。私は信じないと。
フレイアの引き金を引いたのが、スザク。信じられない。どれほどの証拠を積み上げられてもジノには信じられない。たとえ、スザク自信の声で「私がフレイアを東京に撃った」そう公的に発表されていても。
発表を聞いてもなおジノは信じない。スザクの肩を抱きこんで、あいつを手の中に収めて、どうしたんだ?そう訊くまでは、誰の言葉も信じない。
「だが、現実だ。」
ジノの声は星刻の言葉と、自分自身の思い、両方への回答だった。
死者1000万人、東京租界は死んだ。
その事実を星刻はいまだに天子に告げていない。
あの東京決戦で、
星刻はできることなら天子は洛陽に残したかった。危険な戦場に大切な彼女を伴うなど考えたくも無かった。だが、上海があった。洛陽に残す戦力だけで、もしも上海が攻撃してきた場合、どこまで防戦できるか?まして、洛陽の禁軍にせよ、天子への忠誠心には疑問を持たざるを得ない。
時間。星刻にとってそれが最大のネックであった。
5年、いや3年あれば
3年あれば、天子は国母として人民の支持を得るだろう。そうさせる自信が星刻にはある。
しかし、その3年が。
私には無い。
星刻は口中に残る血の味を飲み下した。
黎星刻にはいましかない。
だから、危険な劇薬とわかっていながら、ゼロの手を取った。
部下にはならない。自らの言葉を否定するかのように直属に付いた。
そのゼロが、廃人と化した・・・。星刻は足元が揺らぐのを感じた。
激しく揺れる心中をそのままに星刻の手は震えた。
そのとき、それは聞こえた。
星刻、あなたが私に見せてくれる世界はあなたが造った箱庭なの?
鈴を振るような声でそう問われた。
「天子さま」
答える声は彼の手より、なお激しく震えていた