やっぱり本も好き

忘却率がUPしているのでメモとして

あのひとの棲む国      茨木のり子

2005年04月13日 22時22分23秒 | 
あのひとの棲む国 それは人肌を持っている
握手のやわらかさであり 低いト-ンの声であり
梨をむいてくれた手つきであり オンドル部屋のあたたかさである
詩を書くそのひとの部屋には 机が二つ
返事を書かねばならない手紙の束が山積みで
なんだかひどく身につまされたっけ
壁にぶらさげられた大きな勾玉がひとつ
ソウルはチャンチュンドンの坂の上の家
前庭には柿の木が一本 今年もたわわに実ったろうか
ある年の晩秋 我が家を訪ねてくれたときは
荒れた庭の風情がいいと ガラス戸越しに眺めながらひっそりと呟いた
落ち葉かさこそ掃きもせず 花は立ち枯れ
荒れた庭はあるじとしては恥なんだが
無造作をよしとする客の好みにはかなったらしい
日本語と韓国語ちゃんぽんで 過ぎ来し方を様々に語り
こちらのうしろめたさを救うかのように
あなたとはいい友達になれると言ってくれる
率直な物言い 楚々とした風姿 あのひとの棲む国
雪崩のような報道も ありきたりの統計も 鵜呑みにはしない
じぶんなりの調整が可能である

地球のあちらこちらでこういうことは起こっているだろう
それぞれの硬直した政府なんか置き去りにして
一人と一人のつきあいが 小さなつむじ風となって

電波は自由に飛び交っている 電波はすばやく飛び交っている
電波よりのろくはあるが 何かがキャッチされ 何かが投げ返され
外国人を見たらスパイと思え そんなふうに教えられた
私の少女時代には 考えられもしなかったもの

 小さなつむじ風が世界中を吹き渡ってくれることを祈っています