武 順子(Take Junko) ひとり語りのひとりごと

わがままな朗読家の我がままなひとりごと。「縁側の猫を枕に日向ぼこ」…猫が好き。詩を書く人でもあります。

頭の中の棲み分け

2007年07月06日 10時52分09秒 | Weblog
さて、今月の賢治は『虔十公園林』である。
会話の部分が、岩手の言葉である。
昨日言語指導の稽古があり、たっぷりと絞られてきた。
そして今日、これから、近松の言語指導を受けに行きます。こちらは関西の言葉です。昨日の今日で、とても不安。しかし、さっき返してみたけれど、案外、できるものである。ホッとした。

頭の中で、岩手弁と大阪弁が棲み分けしている!
よくまあ混乱しないものだ。

普段から、けっこう健忘症気味ですので、ちょうどいいのかしらん。目の前のことに没頭できているのかもしれないと、喜んでいいのだろうか。悲しむべきなのだろうか。家族にとっては、いい迷惑かもしれないね。
ま、普段のボケが、芸事に役立っているのかもしれないと考えると、気持ちが楽になりますものね。ほほっ
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夏の近松 広尾&厚木

2007年07月06日 10時35分33秒 | Weblog
今年の近松は『冥途の飛脚』新口村の段です。

罪を背負った忠兵衛と、それに寄り添う遊女梅川が、逃避行の果てに行き着いた忠兵衛の生みの親の在所。名乗りたくとも名乗ることのかなわぬ未来の嫁と舅の対面。
「広い世界を逃げ隠れ、知音近づき親子にも隠れるように身をもちなし、ろくな死にもせぬようにこの親は生みつけぬ。憎い奴と思えども、可愛いうござる」息子に声が届くように嫁に切々と思いを伝えます。

この部分、歌舞伎や文楽等では雪の中ですが、近松の原作は、雨のそぼ降る中です。雨の中で、年老いた実の親が、下駄の鼻緒を切ってがばっと転んでしまいます。しかし追われる身の息子は助けに出ることができません。嫁が走り出て舅を助けます。道端で、どろどろになって、雨に濡れながらの対面です。原作は決して美しくはありませんが、哀しみはよりリアルで深いものです。

近松門左衛門原作をそのまま語ります。
お時間のある方、お近くの方は、ぜひお出かけくださいませ。

8月25日(土)14時開演:東京広尾の東江寺本堂にて
9月2日(土)14時開演:厚木市の本照寺本堂にて

詳細はメール等でお問い合わせください。
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