長男の息子ですから私の孫なんですが、もう生後2ヶ月を過ぎまして、今は携帯で写真をリアルタイムで送って貰えますから、実に成長ぶりがめざましいです。
特に直近で送信してくれた写真などは、もう随分としっかりした顔で、そう、長男が一人で産んだように、彼の赤ん坊の頃にそっくりなんです。内斜視気味なところまでそっくりで・・・
母が他界した翌日に孫が生まれたのですが、母は曾孫の誕生をとても楽しみにしてくれていました。
私が長男を出産した時には、実家で両親の世話になっていたのですが、母はとても長男を愛してくれました。赤ん坊だった長男に子供が出来て、生まれてくるのをとても楽しみにしてくれていた母に、曾孫の顔を見て貰えなかったことが、私の心を苛みます。
もし母が生きていて、赤ん坊の写真を見たらなんと言ってくれただろう。母は本当に喜んでくれて嬉しそうに「あんたのところは本当に男の子ばっかりなんだねぇ。だけどかわいいねぇ。〇〇(息子の名前)ちゃんにそっくりだねぇ。なんだか、もう喋り出しそうな顔をしているじゃないの。楽しみだねぇ」
はい、確かに私は息子二人の母でございます。また男かい?って母は笑いながら言いそうです。でももう言ってもらえません。想像することしかできません。母だったらこういうふうに言うのだろうなと想像するしかありません。
11月の頭までは自分で歩いていた母が、療養型の施設に入って2ヶ月もしないうちに、どんどん衰弱して死んでしまったのが、今でも信じられなくて、家にいて、好きなものを食べていればもっと生きられたかもしれないのにと思うと、どうして介護休職を取って両親のサポートをしようとしなかったのだろうと、いまだに悔やまれます。施設に入ったからって長生きできるってわけでは無いんですね。今回、それがよく判りました。
そして、どんどん変わる息子の赤ちゃんの顔を見せることができなかった自分を責めてしまうのです。写真を見る度に、ああ、この顔を見せたかったと泣きたくなるのです。本当は嬉しい孫の成長のはずなのに。
私は母の分も孫の成長を楽しく見守るべきなのでしょう。それがうまく出来ないのがとても苦しくて辛いのです。
特に直近で送信してくれた写真などは、もう随分としっかりした顔で、そう、長男が一人で産んだように、彼の赤ん坊の頃にそっくりなんです。内斜視気味なところまでそっくりで・・・
母が他界した翌日に孫が生まれたのですが、母は曾孫の誕生をとても楽しみにしてくれていました。
私が長男を出産した時には、実家で両親の世話になっていたのですが、母はとても長男を愛してくれました。赤ん坊だった長男に子供が出来て、生まれてくるのをとても楽しみにしてくれていた母に、曾孫の顔を見て貰えなかったことが、私の心を苛みます。
もし母が生きていて、赤ん坊の写真を見たらなんと言ってくれただろう。母は本当に喜んでくれて嬉しそうに「あんたのところは本当に男の子ばっかりなんだねぇ。だけどかわいいねぇ。〇〇(息子の名前)ちゃんにそっくりだねぇ。なんだか、もう喋り出しそうな顔をしているじゃないの。楽しみだねぇ」
はい、確かに私は息子二人の母でございます。また男かい?って母は笑いながら言いそうです。でももう言ってもらえません。想像することしかできません。母だったらこういうふうに言うのだろうなと想像するしかありません。
11月の頭までは自分で歩いていた母が、療養型の施設に入って2ヶ月もしないうちに、どんどん衰弱して死んでしまったのが、今でも信じられなくて、家にいて、好きなものを食べていればもっと生きられたかもしれないのにと思うと、どうして介護休職を取って両親のサポートをしようとしなかったのだろうと、いまだに悔やまれます。施設に入ったからって長生きできるってわけでは無いんですね。今回、それがよく判りました。
そして、どんどん変わる息子の赤ちゃんの顔を見せることができなかった自分を責めてしまうのです。写真を見る度に、ああ、この顔を見せたかったと泣きたくなるのです。本当は嬉しい孫の成長のはずなのに。
私は母の分も孫の成長を楽しく見守るべきなのでしょう。それがうまく出来ないのがとても苦しくて辛いのです。