今週、義弟がうちに寄ってくれたんですが、昨年11月に他界した義妹がPTAの役員をやってたときのお仲間がお線香をあげに行きたいと打診されてて困ってるとの話をしたのですが、訪問時間が夕方の5時半なんだそうですよ。
しかも数人で押しかけて来るらしい。
「俺は、その時間は、もう風呂入って一杯やってる時間ですよ。そんな時間に来られても」
「第一、知ってる人間じゃないし」
「あっちの都合で来られて、こっちの都合はお構い無し」
「死んだ人間は、そこで時間が止まってしまいますが、残された人間の時間は日々動いて生活があるんですよ」
「義姉さん(私)だったらどうします?」
と訊かれて、私は
「う~ん、断ってもいいんじゃないかしら」としか言えなかったな。生きてる人間の生活の方が大事よ。ただでさえ奥さんに先立たれて参ってるのに。
多分ここで応じたら、毎年押しかけて来そうだし(奥さんたちって暇なのよね。多分集まる口実作って集まるだけのような気がするし)
しかも義妹が入院してる病室に彼女の小学校の同級生という方が見舞いに来て何時間も話しこんでたという。
子供たちが来てたのに、居る間は別の場所で待っていたそうだ。
親子で一緒に過ごしていられる残された時間は限られているのに、いいかげんにしろ!
・・・ということもあっていまだに恨んでるようで、確かに私もそれは長居するほうのデリカシーが欠如してるなと思いました。まして病人なんだし。きっと同窓会気分だったのだろうね。
私もお見舞いに行くときはよく自重しよう。
これも義弟の話で、13年間命日に線香をあげに来てた人がいたそうで、来られる方も気をつかうし、13年目にやっと「もう勘弁してください」とお断りしたそうだ。
お線香って、行く人の自己満足でしかないんだもんね。来られる方の迷惑も考えてみろってのはそうかも知れない。
遠くから冥福を祈るのがいいのかもね、きっと。
で、我が家の仏壇には、義妹の写真が飾ってある。義父にあげるのと一緒に線香をあげて祈らせてもらっている。
ここからでもきっと 十分祈りは届くと思うから。