新潟久紀ブログ版retrospective

新潟独り暮らし時代11「あけぼのハウス時代の思い出」

●あけぼのハウス時代の思い出

 大学1年生の春休みに引越して入居したアパート「あけぼのハウス」は、立地する砂丘地形の上から海を見下ろすロケーションが最高で、初夏は足下に広がる草むらの濃い緑が陽を照り返しながら熱い風にさざめく眺めや、海沿いの松林の狭間から水平線に並び浮かぶイカ釣り漁船の漁り火が夜空を扇のように照らすのが贅沢な思いにしてくれた。
 そんな正に風通しの良い立地も、冬は凍える北風が凶器となって吹きつけるので、窓枠を凍らせるばかりか、冷えが木造の建物全体を包み、さながら冷凍庫の中のようにさせた。特に入居した私が大学2年生の頃は豪雪の年が続き、不用意にして水道管が凍結して不自由するという経験を小学生以来させてもらった。
 木造で隣部屋の生活音も聞こえがちな木造アパート暮らしでは、他の住人との相性が重要だ。その頃の私は大型スピーカーで洋楽を聴くのが好きで、入居当初は近隣からの反応は如何にと構えたが、隣からエレキギターの音はするし、反対隣からは教育学部生なのか声楽の練習も聞こえて賑やか。お互い様で苦情無しなのだ。
 私が入居して1年経た春に1階に引っ越してきた学生が、住人の騒音への苦情をアパート仲介業者に訴えたという。私を含め先住人達の殆どが音楽鑑賞や楽器演奏、友人を招いての宴会などを繰り返していて、騒がしい者が多数派だったので、仲介業者は訴えた人に「あなたが転居した方が良い」と諭したというから凄いものだ。
 昭和60年前後の、新潟大学五十嵐キャンパス周辺の広い畑地の中に林立するアパートでの学生の暮らしは、呑気でおおらかなもので、今ほど物騒な事件も無いから、暑い夏場は玄関ドアを少し開けて風通ししながら就寝することも多かった。朝、目覚めるとベッドの上に野良猫が寝ていたりして、蚤をうつされたこともあったのだ。
 夜中に舞い込んだ野良猫なれど、これも何かの縁とばかり、冷蔵庫の牛乳やパンの残りなどもてなすから、懐いてしまって外に出て行きたがらなくなってしまう。通学やバイトに出かける時に合わせてやっと外に追い出してホッとするが、翌日に雀やネズミの死骸を玄関前で発見。一宿一飯の御礼とは猫ながら律儀なものだ。
 そんな思い出話を若い頃に妻に聴かせたら、「本当に野良猫だったのか。奔放な男子学生の頃の"一夜限りの可愛い子猫ちゃん"だったんじゃないの」といぶかられた。懐いた白い子猫が私の車にまで乗り込んで、新潟市古町までの往復をずっとダッシュボードから夜景を眺めていた話などすると、なおさら疑惑の念を持たれたものだ(笑)。

(「新潟独り暮らし時代11「あけぼのハウス時代の思い出」」終わり。仕事遍歴を少し離れた独り暮らし時代の思い出話「新潟独り暮らし時代12「自由な生活時間の下での映画クラブ」に続きます。)
☆ツイッターで平日ほぼ毎日の昼休みにつぶやき続けてます。
https://twitter.com/rinosahibea
☆新潟久紀ブログ版で連載やってます。
 ①「へたれ県職員の回顧録」の初回はこちら
 ②「空き家で地元振興」の初回はこちら
 ③「ほのぼの日記」の一覧はこちら
 ➃「つぶやき」のアーカイブスはこちら

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「回顧録」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事