●学童の立ち寄り先(裏の家の老女)
昭和の小学生3年生くらいの頃。両親は共働きの上、土日も何かと忙しそうだったし、兄は6歳も下の弟の相手を疎んじており、残る同居人の祖母も一風変わっていて如才なく子供相手などできる人ではなかったので、休日ともなれば私は専ら近所の同じ年頃の子供たちと屋外で遊ぶことに終始していた。
それでも、友達皆が家族と出掛けるとかで不在になったり時間的に噛み合わなかったりして私が一人きりになることも時折あった。特に小学校の長い夏休みの時期にそういうことになると、親たちは仕事はもとより経済成長の続いていた当時は会社のお盆休みもほんの僅かだったので、平日の昼間に退屈でさてどうしたものかという具合になった。
そんな折に、言いつけられて回覧板を届けるか何かで私の家の”裏の家”の縁側に一人で伺った際、居間に座っていた老女に声を掛けた時に、点いていたテレビで米国の特撮番組が始まるタイミングだった。私が用向きもそこそこにテレビ画面にくぎ付けになると、老女が観たかったら居間に上がっていいよと言う。テーブルの上の盆皿にはお茶請けの美味しそうなお菓子が乗っていて食べて行かないかとも言われ、自分の家でのマンネリな煎餅等に飽きていた食い意地の張る私は遠慮も躊躇も無く上がり込んでしまった。
屋根と間が1メートルも無いくらいに我が家と近接した通称”裏の家”には、老女が一人で住んでいることくらいは知っていた。夫を早くに病気で亡くし、もともと子供がいないということでもあり、私のような学童が立ち寄る機会などあり得ず、偶然会えば挨拶するくらいの関係だった。
居間にお邪魔すると仏壇の上に兵隊服姿の若い男性の写真が飾られていた。居間から見える範囲で家内を見渡すと、簡素で華美の一切感じられない家財道具や内装に、一人で暮らす老女の気質や社交の少なさが子供心に感じ取られたものだ。大人になるとこうした少し怖いくらいの寂しい雰囲気でも淡々と暮らせるものなのかと思ったことを覚えている。
くだんのテレビ番組は1話1時間の宇宙SFもので、未来の宇宙船で旅する人々が色々な事件に関わり対応して乗り越えていくといった内容だったが、子供だましではなく大人が観るに堪えるようなしっかりしたシナリオと演技、演出だったので、何事も少し大人びたものが好きだった私を夢中にさせるものだった。
老女はそんな私を邪魔しないようにするかのごとく、私に話しかけたりするでもなく、本人はあまり関心が無かった筈のそのテレビ番組を斜め横に座って一緒に観ていてくれて、私が遠慮なく飲むお茶を静かに継ぎ足してくれたりだった。
一時間ほどして番組が終わると、数十も歳の離れた老女と学童が続けられる話題があるわけでもないので、私は丁寧にお礼を言ってすくに裏隣の我が家に帰った。老女も一人暮らしの寂しさから私をなんとか引き留めようとするでも無く、私から見ては淡々としていたように思えた。そんなしつこさのない感じが私にはとても居心地が良くて、暇を持て余すとくだんの番組の時間帯を狙って”裏の家”に顔を出したものだ。老女は見たくもないテレビ番組に付き合わされるのを嫌がるでもなく、淡々と私を家に上げてお茶を入れてくれるのがルーティーンになっていった。
そのテレビ番組は夏休みの子供向けに編成されたものだったようで、月曜から金曜までの毎日、午前10時くらいから放映されていたように覚えている。米国のテレビシリーズにありがちなワンシーズン半年分の24話程度を日本の子供たちの夏休み期間である7,8月の5週間程度の平日で集中的に放送するものだったと思う。
私も現金なものでその番組が終わると、ぱったりと”裏の家”に伺うのは止めてしまった。ほどなく小学校の二学期が始まり、裏の家などには立ち寄らない普通の日々に戻って行ったのだ。”裏の家”の老女も私を相手する手間が無くなってせいせいしていると思っていた。
それから随分経ち、私は大学進学で実家を離れて以来、勤めてからも実家を離れて新潟市内でアパート暮らしをしていたのだが、帰省した折りに、母から”裏の家”の老女が亡くなったと聞かされた。その際に、私が小学生の頃の故人との思い出話を母としたのだが、裏の家の老女から私を「養子にもらえないか」と本気で母に申し入れが当時幾度かあったという話を知らされた。私を本当に気に入ってくれていたというのだ。
私には淡々と接してくる人だという当時の覚えしかないのだが、夫に先立たれ子供も無かった老女の独り暮らしには、それなりに内に秘めるものがあったということを知り、成人した私は改めて人というものの奥深さを想うのだった。
(「柏崎こども時代16「裏の家の老女」」終わり。仕事遍歴を少し離れた実家暮らしこども時代の思い出話「柏崎こども時代17「えんま市(その1)」」がまだまだ続きます。)
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