自己内観ブログ


2024年秋分を経て太陽からの強いエネルギーを浴び心身の変容を感じ共感の輪を広げるべく様々な閃きを綴ります。

11年目の3月11日

2022-03-11 09:11:02 | 新日記
2011年に発生しました、東日本大震災の日から11年の年月が過ぎました。

地震や津波であちらに逝かれましたたくさんの御神霊に心より敬意を表します。

そして、福島原発事故により心身の傷を負われたくさんの皆様、生活環境の変化を余儀なくされた皆様に心を寄せたいとあらためて思う朝です。

このブログを書き始めて毎年この日に何かしなければという思いをつたない言葉で綴って来ました。

いつもこの日が近付きますといろいろな記憶が蘇ります。

特に今年は、ウクライナでの争いごとが発生しており原発が戦いの場の人質状態のようになっています。

そのせいもあり、何か重苦しい3月11日の朝を迎えました

あの日の放射線が、広がる恐怖は二度と味わいたくないものであるのは、言うまでもありません。

1986年4月26日に起きたチェリノブイリ原発事故は、今のようにインターネットなどの情報もなく事故が起きても当時のソ連政府の発表もすぐ無かったように記憶しています。
私達世代は、何故か子供の頃から「雨に当たると髪の毛が抜ける」と聞かされていました。
あれは、広島、長崎の原爆投下による黒い雨の教えから来ていたのかもしれません。

1986年私は、子育ての真っ最中で、子供達がお祭りの金魚すくいで釣った金魚を庭に金魚鉢を置いて雨水で飼っていたのでした。
偶然なのかはわかりませんが、その事故が発表される数日後の雨の後に金魚鉢の中で浮いていたのでした。

その当時は、今のようにガイガーカウンターやネットで放射線量を知る方法などもなかったので致し方ないことですが、、

偏西風が流れているわけですから、、

放射線は、遺伝子の中に
影響を与えることで世代を越えて遺伝子変化を生じさせます。
そういう観点からみれば宇宙全体の問題となるわけです。

アセンションを知り進んでいる人達の中に「恐がることは無い」とか「信じなければそういう現実は見ない」とか「地球でゲームをしているんだから」などと伝える人達がいますが、私は、この時代を生きてきた中で、とてもそのように捉えることはできません。

放射線は、漏れてはいけないのです。

それは、地球に対する暴力であり宇宙創造への裏切りになると思うからです。
















新潟市秋葉区
県立植物園玄関前

コメント
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