妄想ドラマ 『 トビラ 』 (2)
いつもどおり6時半に起きて、隣に寝ている男を見て驚いた。
藤岡さんに押し付けられて泊める羽目になったやつだ。
まだ爆睡中だ。
夕べはこいつのせいでコンビニにも寄れなかった。
朝はいつもパンとコーヒーだけど今日はコーヒーだけ。
テーブルにスペアキーとメモを残して部屋を出た。
名前も知らないやつと顔を合わせても気まずいだけだろうし、
仕事に行ってる間に帰ってくれればちょうどいい。
会社に着いて藤岡さんを探したけれどいない。
なんと今日は有給をとっていたのだ。あきれた。
販促会議に出て、その後は取引先をまわりいつもどおり仕事をこなす。
アパートの近くのコンビニで買い物をして早めに家路に着いた。
今夜は高校の時からの友達、潤が来ると言っていたからだ。
ドアを開けたら灯りが点いている。
「お帰り。けっこう早いんだね」
えーっ!こいつまだ居たのかよ!
夕べの男がTVを見ながらくつろいでいる。
まるでいつもどおり家族を迎えるかのような雰囲気に
「あぁ・・・ただいま」
俺も普通に返事をした。
「ご飯まだでしょ?食べよう」
見るとテーブルの上に皿が二つラップがかけてある。
「チャーハン作った。俺これしかできないんだけどさ美味いんだ」
「あぁ・・そう。じゃ着替えてくる」
寝室に使っている6畳の和室に行ってスウェットに着替えた。
レンジでチンする音がしている。
どういうつもりだ?
人んちで勝手に。ここは怒るべきか?
それともお詫びのつもり?
リビング兼キッチンに戻ると、チャーハンとスープのいい匂いがしている。
「美味いから驚くなよ」
楽しそうにニコニコされてつい俺も笑顔になった。
ペースに巻き込まれるな!
「あのさ、まだ名前も聞いてないんだけど」
「そっか。俺、大野智。智でいいよ」
「ふ~ん。智は学生?藤岡さんの後輩だって聞いたけど」
「ずいぶん大学には顔出してないけどね。藤岡さんのことは先輩の先輩でよく知らないんだよね」
「俺は相葉雅紀」
「相葉くん、あったかいうちに食べようぜ」
「あぁ・・うん」
チャーハンを口に運ぶ。
「おっ!めっちゃ美味い!」
「言ったとおりだろ」
ほんとに嬉しそうに笑う。
チャーハンだけでなくスープも美味しかった。
なんだか美味しい食べ物で満たされた人間は穏やかになるものだな。
俺は智がいいやつに見えてきた。
智は美大の3年。
きのうはたまたま画材を買いにいった店がコンパ会場の近くで、
顔見知りだった藤岡さんに捕まったらしい。
ただで飲ませてもらえるというので付いて行ったんだそうだ。
食器を片付けようとしていたらチャイムが鳴った。
潤と約束していたんだった。
「よぉ、久しぶり。カズも一緒に連れてきた」
「おぉ、あがって」
皿を洗っていた智が振り返って二人に言った。
「いらっしゃい。相葉くんの友達?何か飲む?」
「あっどうも。じゃビールがあれば」
あっけに取られている俺が何も言えずにいると、
智は冷蔵庫を開けて缶ビールを3本テーブルに出すと
「つまみあったほうがいいよね。なんか買ってくるよ」
と言って飛び出していった。
「何だよ。俺が来るって言ってあったのに友達呼んでんの?」
潤は不機嫌な顔になっている。
「違うよ。第一あいつ友達じゃないし」
「ますます気に入らない。話したいことがあるって言っただろ」
「まぁまぁ、どういうことか聞いてやろうよ潤」
カズが間に入ってくれて、俺はきのうからの事情を説明した。
「じゃ早く帰ってもらえよ」
話があるから帰ってもらえと言ったのに、
二人とも智がしこたま酒とつまみを抱えて帰ってくるとすぐに打ち解けて、
結局その夜は4人で飲み明かしてしまった。
智ってなんだか不思議なやつだ。
朝、シャワーを浴びて着替えると、雑魚寝している3人を置いて部屋を出た。
話って何だったんだろう?
カズも一緒ということはまたジェイストの活動を再開する話だろうか。
俺たちは学生時代、ジェイストというバンドの仲間だった。
活動を休止してもう一年半。
俺はもうあいつらとは違ってサラリーマン生活がなじんでしまった。
いまさら夢をみることはできない。
自分に言い聞かせて駅へ走った。
--------------つづく----------- 3話へ