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【滋賀・近江の先人第273回】大正・昭和期の小説家、僧侶 ・峰 専治(長浜市)

 峰 専治(ミネ センジ)、明治32年(1899年)ー昭和30年(1955年)。大正・昭和期の小説家、僧侶。
出生地 滋賀県長浜市。祖父は北海道出身。父は琵琶湖の竹生島に居住。別名 得度改名=覚応。大正4年、長浜農業学校中退。

経歴
「専治」の家は琵琶湖の「竹生島」にあり、父は太湖汽船社員兼土産物店亀丸堂を営み、弁天様の堂守もしていた。
専治は父の手伝いをしながら創作の勉強をしていた。
大正8年(1919年)、志賀直哉が竹生島に来た際、知り合いになった。

 「専治」は、僧職のかたわら峰専治パンフレット発行所を持ち、志賀直哉に師事して、短編集「清和院」「理想人夫婦」を発行。
 大正15年(1926年)個人誌「峰」のち「南土」を創刊。「左様なら」「赤靴鳥になれ」「母の手紙」などのほか作品集「芽」がある。一時上京したが文壇への登場を目指したが病になり作家専業を諦めた。
 昭和15年(1940年)僧侶資格を得て東浅井郡旭村の真言宗の住職となった。戦後は滋賀の文学の後進の育成に熱意を示した。晩年は郷土文学育成に貢献した。
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