今回は、市長案、市民案というネーミングから、その意味を考えてみよう。
まず、昨日、新城市で住民投票があり、結果は、旧庁舎を一部残す案が12899票、新規立て直し案が9759票となった。穂積市長は、「結果を重く受け止め、新たな案を示したい」(毎日新聞)と述べたとのことである。
私の第一印象は、思ったほど差がつかなかったというものである。裏付けのない数字であるが、50億円と30億円の選択のように喧伝されていることから、そこに惹かれて、投票する人が多いのではと思っていたためである。
ともあれ庁舎問題は、ひとまず、これでひと段落して、本来のまちづくりに進むことを期待したい。
さて、今回の新城市のケースでも、市長案、市民案という名称が前面に出されている。無論、これは正確な名称ではない。「市長案」というものも、多くの市民の参加と努力の結果まとまった案であり、その意味では市民案だからである。「市民案」の方も、正確には、現行案に反対する市民が提案する案にすぎないからである。
しかし、今回の住民投票でも、正確なところは捨象されて、あえて市長案、市民案といった対比になった。ここでも他の多くの住民投票と同じように、あえて行政と市民という対立軸をつくる形となった。
なぜそうなるのか。そこには、テレビ時代劇にみるような、行政・議会=悪代官、市民=虐げられる庶民という、何となくある市民のイメージに、おもねた方が有利になるという判断があるからである。
かつて、日本が発展する過程の中で、たしかに市民=虐げられる庶民という事例もあった。右肩上がりの時代には、行政や議会を責めれば、私たちの暮らしが豊かになったのも事実である。ところが、低成長、さらには人口減少、少子高齢化の時代になって、もはや行政や議会を責めるだけでは、私たちが幸せにはなれないことから、新たなパラダイムを構築する試みが始まった。
行政や議会を悪役に仕立てて、それを責めたてるのは、住民自治の発露のように見えるが、実際はお任せ民主主義で、結局は依存民主主義ではないのかと多くの人が気が付くようになった。それゆえ、市民一人ひとりが自ら考え、自分たちができる範囲で、まちのために行動していくことこそが、この閉塞感を突破できるのではないかと考えるようになった。こうした自治の文化をつくろうというのが自治基本条例である。
しかし、住民運動的な住民投票は、間接民主制の仕組みの中で、説得に敗れ、多数派を構成できない人たちが、その他の市民を巻き込んで、結論を変えさせようとする試み(運動)なので、ともかく勝つためには、多くの無理をすることになる。
勝つために一番いい方法は、市民の心肝を揺さぶることである。そこで、水戸黄門の登場である。多くの人が何となく思っている市長・議会=悪代官を際立たせることによって、多くの共感を得ようということになる。これは代表民主制をとる地方自治にとっては、タコが自分の足を食べるような話で、「自らを貶めてどうする」という話であるが、実際は効果的なことから、採用されることになる。
その結果、市長・議会=悪代官という不信感をさらに市民の心の中に沈殿させることになる。そして、次に続く市長も議会・議員も、このくびきに苦悶することになる。自分で自分の首を少しずつ絞めている構図である。
新城市のケースで、私が最も心を痛めるのは、これまでまちのために良い案をつくろうと、自分の時間と知恵を使って、大いに奮闘してきた市民が、簡単に市長案とくくられてしまって、その努力が無視され、葬り去れてしまったことである。
その徒労感は大きく、結果的に、こうした人たちを、まちづくりから遠ざけてしまうことになる。これは、まちにとっても大きな損失となる。こうした人たちを再度、まちづくりに誘い出し、まちのために奮闘してもらうように再構築するのは、住民運動を主導したリーダーたちの役割である。大いに頑張ってもらいたいと思う。
「行政・議会=悪代官、市民=虐げられる庶民」という構図で住民投票をする弊害を考えるのなら、議会は住民投票条例の発議などせず、市民に向かって辻に立って現計画の説明に努めれば良かったのです。
「これまでまちのために良い案をつくろうと、自分の時間と知恵を使って、大いに奮闘してきた市民が、簡単に市長案とくくられてしまって、その努力が無視され、葬り去れてしまったことである」
市民が庁舎面積、階数の議論に参加したことは一切ない。
自分の家を建てるときに予算や坪数を考えない人はいない。
市役所だって、市民の希望する機能取り入れつつも、予算や床面積、階数といった具体的な数字と市の財政規模を見比べつつ適正な規模を決めるのが当然だが、そんなことを市民を交えて話し合ったことなどないのが事実です。
そういう新城市の現実をなにも知ろうとせず、どうして新城市の住民投票を語るのか。