禁煙の薦め???
今から40年くらい前のことであるが我輩が“死の縁”から逃れたことがある。
今 生きているのは、それは煙草を止めたからかな?と思う。
我輩は働いている時は「酒は止められても煙草は止められない」と、よく言っていた。
酒は止められても・・・と言っても酒は当時は余り飲まなかったので、そのようなことが言えたのだろうかと思う。
仕事柄 酒を飲む機会は非常に多かった。
然し、お客様と飲む関係からか?常に自制をしていたようだ。
その代わりと言うわけでもないが煙草は一日に80本から100本ちかくは吸っていたように思う。
何故に80本から100本と言うかは20本入りの箱を4箱から5箱を開けていたからだ。
ただ、一本を全部 手元まで吸うことはなかった。
大体が約半分くらいで捨てていたと思う。
ところが ある冬の休日の日の午前10時頃 家でコタツに入って新聞か?本を読んでいる時に急に胸が苦しくなり呼吸が出来なくなったのだ。
カミさんに「救急車を呼んでくれ・・・」と、そのまま床にゴロリと横になったことがある。
救急車は直ぐに来たが救急隊員は我輩の様子を見ると
「非常に危険な状態に見えます。病院に運ぶより至急お医者さんを呼ぶほうがいいでしょう」と我が家の電話でアチコチに電話を入れられていた。
その呼吸が満足に出来ない苦しさは、このまま“死ぬ“のでは?と言う恐怖を感じたものだ。
”死の恐怖”それも呼吸ができない物凄い苦しみである。
これは実に、どのように表現していいか分からない。
「死」がそこにあると感じる苦しさで全身に苦しい脂汗を流していた。
声にはならなかったが「お母さん助けて・・・・」と無意識のうちに一心に叫んでいたように思う。
このことは我輩が40歳ころかな?
(=もう40年も前?の横須賀市内の根岸のマンションの一室)
救急隊員さんの必死の要請で、やっと、あるお医者さんが見付かったが我が家とは少しは慣れていて足がないと言われたらしい?
「救急車でお迎えに参ります・・」と言うことで救急車は直ぐに そちらに向かい、どの位 待ったか?分からないが暫くしてお医者様が見えた。
床の絨毯の上にゴロリと寝ている我輩の診察の後に腕に注射をして、あとは救急隊員の方と なにやら話された。
救急隊員の方は「もう大丈夫ですから・・・・」とカミさんに告げられて帰られた。
お医者さんの診察を受け治療?を受けた所為か?精神的なゆとりを感じた所為か?なにか分からぬが、呼吸は相変わらず苦しくとも、なんとなく命は助かったのでは?と、そのまま静かに横になっていた。
気が付けば既に我輩は布団に寝ていた。
何時 布団に寝たかは覚えていない。
眠ったのか?“うとうと“としていたのかも、どうかも憶えていないが午後3時ころ大きくお腹が膨らむほどの息が吸えた。
今まで浅い頻繁な呼吸であったが、この大きな呼吸 一発で後は自然な呼吸に戻ったのだ。その途端に“助かった”と感じた。
改めて周囲を見渡した。
何時もは騒がしい子供たちも静かにしていた。
カミさんが来て我輩の顔を見て「随分 顔色がよくなったね」と言ったようだ。
後から聞くと倒れた当時の我輩の顔色は血のけのない土色になっていたとか?
カミさんもこれでは死ぬのでは?と思ったようだ。
夕方 寝床から出た、その時に敷布団を見ると汗による“人型”の形が付いていた。
翌日から用心のために一週間くらい会社を休んだように思う。
その後 出社して上司に事情を話すと直ぐに「○○病院に行け!」と社の車を手配していただいた。
以後 その病院に、そのまま2ヶ月くらい入院をすることになった。
心臓病の疾患であった。
結局 バイパス手術も当時は、まだ話題にはあったが手術可能な病院は近くにはなかったようだ。
或いは、その必要がなかったのかも?
退院後は、また通常勤務に戻ったが、時々脈が乱れたり息が苦しくなることは屡であった。
2~3年後に我輩の課に我輩と同じような症状の者が配属された来た。
彼も相当なヘビースモーカーであった。
我輩は新しく配属された彼にしきりに煙草を止めるように進めたが彼は
「これがなくては・・・・」と言って煙草は止めなかった。
国立京○大学建築科卒の非常に優秀な課員であったので我輩のような部署にいるより研究所向きであると判断して原子力研究所のほうに回ってもらう。
その彼は未だ30歳台であったが2年後に狭心症で急逝した。
彼の様子は気になっていたので、よくその部署の知り合いに様子を尋ねていた。
彼は時々急に勤務中に苦しいといって研究所の医務室に駆け込むことがあったが暫くすると帰ってきたとも聞いた。
そして、あちこちの病院にもよく行っていたが、いずれも“異常なし“ の診断で何時も間にか病院嫌いになっていたようだ。
そのような ある朝 出社した時に彼が昨晩 急死したという知らせを受けた。
死因は狭心症であった。
煙草を止めていれば彼も死なずに未だ健在であったのでは?と今でも我輩は思っている。
煙草は確かに高ぶる気持ちをしずませてくれるし、ボヤ~とした安らぎもあたえてくれる。
然しその代償がやがて“我が命”となりかねない。
またこれも当時のことであるが我輩の先輩の方も大変なヘビースモーカーであり、勤務中のお昼前に突然「頭が痛い」と言って一人でエレベータに乗って下に降りられた。
その日 昼食が済み机に戻った時に、この先輩の急逝を知らされた。
30分か?40分前までは元気であったのだ。
クモマク・シタ・出血であったとか?
これも、もう書いていいかな?
リタイアして水泳を始めて非常に人柄のよい水泳の達者な方と友達になった。
ある知り合いの方から身体障害者の水泳のお手伝いをしてもらえないか?と頼まれて、そのお手伝いを暫くすることになった。
我輩一人では頼りないので、そこで彼に応援を頼んだ。
無償であるのに彼は快く受けていただいた。
むしろ交通費など持ち出しとなったのでは?と思ったが彼は一切そのようなことはいわなかった。
約2時間の水泳の監視やコーチが終わりプールから上りロビーで彼は実に気持ち良さそうに煙草を吸っていた。
「野暮な話であるが煙草は身体に余りよくないと思うが???」と、そんな彼に言ったことがある。
「いや~ね~ェ これが楽しみで泳いでいるようなもんでね」と言う。
そう言われれば、もう後は何も言うことはない。
何しろ無理を頼んで来ていただいているのだ。
そんな彼が数年後 あっと言う間に急逝した。
享年74歳だったか?
煙草が原因とは思えないないが、遠因にはなっていたことだろう。
我輩よりヒトツ年下の方で実に人柄のよい方であった。
まさに人生一寸先は闇である。
「このようなことを書いて大丈夫?」と尋ねられそうであるが、これは書かずにおれないことである。
我輩とて今は何時 どのようになるか分からない。
若しも未だ煙草を吸われる方が居られたら出来るだけ早く止めて欲しいと思っている。
これは我輩が生きているうちに書いておきたい事柄のヒトツでもある。
喫煙は周りの人にも家族にも大変な迷惑をかけることになる。
受動喫煙で毎年60万人死亡…16万人5000人が5歳未満の子供 WHO初の推計
2010.11.27 08:42
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/101127/trd1011270845000-n1.htm
煙草を止めろ!止めろ!ばかりではありません。
我輩が以前 太極拳でお世話になった或る教室で教室が終わりロビーでみんなでコーヒーを飲みながら雑談をしたことがある。
その時に同じ太極拳クラブの方で91歳の方がプカリ・プカリと煙をふかしておられた。
驚いて「煙草は余り健康によくないのでは?」と思わず言ってしまった。
「そうですね 煙草は身体によくないといわれていますが私はもう90歳を超えています。今更止めようとは思わないのですよ」と言われた。
ギャフンである。
「いや~ね~ェ これも楽しみの一つですよ」と、またプカ~リと煙を吹かしておられる。
この91歳の男性の方は身体が実に柔らかく開脚して軽く胸が床に付くのだ。
BMIを聞くと
「そんなもの知らないね」と言われた。
全く 関係はないようだ。痩せておられるので体重も標準ではと推定した。
煙草を嗜む方の中には、このような方もいらっしゃった。
お天気
昨日(26日)は17度もあって車の中は暑いくらいだったが、きょう(27日)は14度と低い。お天気は快晴でしたが少し雲も見えました。陽射しは強いです。いずれもお昼です。
////////////////////////////////////////////////////////////////////
きょうのニュース
【新聞に喝!】ブリティッシュ・コロンビア大学名誉教授・永谷敬三 (1/2ページ)
2010.11.27 08:17
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101127/plc1011270818012-n1.htm
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【自由が危ない】やっぱり進んだ言論封殺 各地で発言控える動き相次ぐ 自衛官は講演聴講も自粛 (1/2ページ)
2010.11.27 01:07
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101127/plc1011270109004-n1.htm
以下:追記 27日18時 ↓
【久保田るり子の外交ウオッチ】自衛隊を排除する菅政権に国防は任せられるのか? (1/3ページ)
2010.11.27 12:00
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101127/plc1011271202013-n1.htm
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この事態に制服組を官邸に入れず。国防は?在韓邦人救出は?日本国内の治安は?問題は山済み?正にドンカン内閣?
28日7時30分 追記 ↓
人の顔と名前を覚える。お客さまの顔をおぼえる。(あみちゃんのひとりごと より)
http://plaza.rakuten.co.jp/amitie123/diary/201011260002/
後で再度 試みます。直ぐに乗せないと忘れます。
////////////////////////////////////////////
(28日 7時40分) こういう記事をよむとムカムカする ↓
「おれは歩きたくないんだ!」隊員を団扇で数回たたく 防衛省調査で判明 松崎議員“恫喝”の全容 (1/3ページ)
2010.11.28 01:30
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101128/stt1011280131000-n1.htm
衆議院議員 松崎哲久 のホーム・ページの全文 ↓
http://matsuzakit.jp/
まず、支援者の方々に、大きなご心配をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。11月18日付の産経新聞の記事をはじめ、いわれなき中傷を受けていますが、全く事実無根だと申し上げておきます。まず7月の納涼祭の件は、基地内の誘導の仕方が不適切だと思いましたので、その旨、指摘したことは事実です。私に対し暴言を吐いた隊員には手も足も触れていません。総じて、新聞報道の名に値しない記事です。
産経が「松崎議員自衛官を恫喝」車逆走指示「誰だと思っている」と見出しを掲げているのは、謀略の類の話です。とにかく民主党議員を片端から悪者に仕立て上げようとの魂胆が見え透いていて、仲間の多くからも毅然と対応しろと励まされています。ネットでは隊員が女性だったとのデマまで飛ばされているのです。
私が一方通行の「逆走」を要求したこともありません。だいたい、そこは両面通行の場所でしたから、受付方向に車が通れないと思う方が無理なのです。事情を聞いている時、上官の一人が私の車を誘導してきましたので乗り込みましたが、その際に『二度と来るな』と言われました。さすがにムッとしましたが、挑発に乗ったらダメと分かっていますから、立ち去りました。後日、基地側から謝罪にきましたが、私が謝罪を求めたのではなく、あくまで誘導システムに問題があることを指摘したのです。
私は、むしろ男性隊員の立場を慮って、謝罪に来た上官に、「議員とは思わないで言ったのだろうが、誰であれ市民に対して『二度と来るな』と暴言を吐くのは好ましくない」と言ったものを、当日のことに事実を曲げ、趣旨を全く逆に変えて宣伝されています。が、本筋は11月の話の逆恨みでしょう。
産経は一部しか書きませんが、自衛隊の基地内の公式行事で「みんなで、一刻も早く菅政権をぶっつぶして、昔の自民党政権に戻しましょう」(防衛省の記録)と、隊員を煽動する発言があったのです。これが不適切であるのは論をまちません。
その後に、報告を受けた防衛省も「自衛隊法」等の政治的行為の制限に違反するという認識で事務次官通達を出しましたが、自衛隊員に倒閣を煽動するのは、自衛隊は文民である首相や防衛大臣によるシビリアン・コントロールに服する大原則に反します。もちろん、民間人が基地外の、公式行事でない場所で自由に発言するのを封じるものではありません。しかし、その大原則をルーズにしていると、戦前の軍国主義の跋扈(ばっこ)による蹉跌(さてつ)を繰り返してしまう恐れがあるのです。
本当は、私はこれを基地内の問題だけにとどめておこうと思ったのですが、自衛隊側の問題意識が本省への迅速な報告になったようです。その判断に異を唱えるものではありませんが、結果、私が狙い打ちにされてしまいました。
事務次官通達は「隊員の政治的中立性の確保について」というものです。市民が市民として菅内閣の政策を批判されるのは自由ですが、そこに隊員を巻き込むかのような動きは、かえって自衛隊の為にもならないと思います。支援者の皆々様に対してお詫びを繰り返しますとともに、関係各位にはご自制をお願い申し上げます。
平成22年11月18日
衆議院議員 松崎哲久
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑ 真偽のほどは不明なれど、このような記事が出るのも議員の日頃の言動に問題があるのでは?このホーム・ページの弁明文を読むと、この方の傲慢さが滲んでいるように感じるが?どうも自衛隊員のほうに部があるようだ。← 私の感想です。
今から40年くらい前のことであるが我輩が“死の縁”から逃れたことがある。
今 生きているのは、それは煙草を止めたからかな?と思う。
我輩は働いている時は「酒は止められても煙草は止められない」と、よく言っていた。
酒は止められても・・・と言っても酒は当時は余り飲まなかったので、そのようなことが言えたのだろうかと思う。
仕事柄 酒を飲む機会は非常に多かった。
然し、お客様と飲む関係からか?常に自制をしていたようだ。
その代わりと言うわけでもないが煙草は一日に80本から100本ちかくは吸っていたように思う。
何故に80本から100本と言うかは20本入りの箱を4箱から5箱を開けていたからだ。
ただ、一本を全部 手元まで吸うことはなかった。
大体が約半分くらいで捨てていたと思う。
ところが ある冬の休日の日の午前10時頃 家でコタツに入って新聞か?本を読んでいる時に急に胸が苦しくなり呼吸が出来なくなったのだ。
カミさんに「救急車を呼んでくれ・・・」と、そのまま床にゴロリと横になったことがある。
救急車は直ぐに来たが救急隊員は我輩の様子を見ると
「非常に危険な状態に見えます。病院に運ぶより至急お医者さんを呼ぶほうがいいでしょう」と我が家の電話でアチコチに電話を入れられていた。
その呼吸が満足に出来ない苦しさは、このまま“死ぬ“のでは?と言う恐怖を感じたものだ。
”死の恐怖”それも呼吸ができない物凄い苦しみである。
これは実に、どのように表現していいか分からない。
「死」がそこにあると感じる苦しさで全身に苦しい脂汗を流していた。
声にはならなかったが「お母さん助けて・・・・」と無意識のうちに一心に叫んでいたように思う。
このことは我輩が40歳ころかな?
(=もう40年も前?の横須賀市内の根岸のマンションの一室)
救急隊員さんの必死の要請で、やっと、あるお医者さんが見付かったが我が家とは少しは慣れていて足がないと言われたらしい?
「救急車でお迎えに参ります・・」と言うことで救急車は直ぐに そちらに向かい、どの位 待ったか?分からないが暫くしてお医者様が見えた。
床の絨毯の上にゴロリと寝ている我輩の診察の後に腕に注射をして、あとは救急隊員の方と なにやら話された。
救急隊員の方は「もう大丈夫ですから・・・・」とカミさんに告げられて帰られた。
お医者さんの診察を受け治療?を受けた所為か?精神的なゆとりを感じた所為か?なにか分からぬが、呼吸は相変わらず苦しくとも、なんとなく命は助かったのでは?と、そのまま静かに横になっていた。
気が付けば既に我輩は布団に寝ていた。
何時 布団に寝たかは覚えていない。
眠ったのか?“うとうと“としていたのかも、どうかも憶えていないが午後3時ころ大きくお腹が膨らむほどの息が吸えた。
今まで浅い頻繁な呼吸であったが、この大きな呼吸 一発で後は自然な呼吸に戻ったのだ。その途端に“助かった”と感じた。
改めて周囲を見渡した。
何時もは騒がしい子供たちも静かにしていた。
カミさんが来て我輩の顔を見て「随分 顔色がよくなったね」と言ったようだ。
後から聞くと倒れた当時の我輩の顔色は血のけのない土色になっていたとか?
カミさんもこれでは死ぬのでは?と思ったようだ。
夕方 寝床から出た、その時に敷布団を見ると汗による“人型”の形が付いていた。
翌日から用心のために一週間くらい会社を休んだように思う。
その後 出社して上司に事情を話すと直ぐに「○○病院に行け!」と社の車を手配していただいた。
以後 その病院に、そのまま2ヶ月くらい入院をすることになった。
心臓病の疾患であった。
結局 バイパス手術も当時は、まだ話題にはあったが手術可能な病院は近くにはなかったようだ。
或いは、その必要がなかったのかも?
退院後は、また通常勤務に戻ったが、時々脈が乱れたり息が苦しくなることは屡であった。
煙草はそれを機会にピタリと止めた。
2~3年後に我輩の課に我輩と同じような症状の者が配属された来た。
彼も相当なヘビースモーカーであった。
我輩は新しく配属された彼にしきりに煙草を止めるように進めたが彼は
「これがなくては・・・・」と言って煙草は止めなかった。
国立京○大学建築科卒の非常に優秀な課員であったので我輩のような部署にいるより研究所向きであると判断して原子力研究所のほうに回ってもらう。
その彼は未だ30歳台であったが2年後に狭心症で急逝した。
彼の様子は気になっていたので、よくその部署の知り合いに様子を尋ねていた。
彼は時々急に勤務中に苦しいといって研究所の医務室に駆け込むことがあったが暫くすると帰ってきたとも聞いた。
そして、あちこちの病院にもよく行っていたが、いずれも“異常なし“ の診断で何時も間にか病院嫌いになっていたようだ。
そのような ある朝 出社した時に彼が昨晩 急死したという知らせを受けた。
死因は狭心症であった。
煙草を止めていれば彼も死なずに未だ健在であったのでは?と今でも我輩は思っている。
煙草は確かに高ぶる気持ちをしずませてくれるし、ボヤ~とした安らぎもあたえてくれる。
然しその代償がやがて“我が命”となりかねない。
またこれも当時のことであるが我輩の先輩の方も大変なヘビースモーカーであり、勤務中のお昼前に突然「頭が痛い」と言って一人でエレベータに乗って下に降りられた。
その日 昼食が済み机に戻った時に、この先輩の急逝を知らされた。
30分か?40分前までは元気であったのだ。
クモマク・シタ・出血であったとか?
これも、もう書いていいかな?
リタイアして水泳を始めて非常に人柄のよい水泳の達者な方と友達になった。
ある知り合いの方から身体障害者の水泳のお手伝いをしてもらえないか?と頼まれて、そのお手伝いを暫くすることになった。
我輩一人では頼りないので、そこで彼に応援を頼んだ。
無償であるのに彼は快く受けていただいた。
むしろ交通費など持ち出しとなったのでは?と思ったが彼は一切そのようなことはいわなかった。
約2時間の水泳の監視やコーチが終わりプールから上りロビーで彼は実に気持ち良さそうに煙草を吸っていた。
「野暮な話であるが煙草は身体に余りよくないと思うが???」と、そんな彼に言ったことがある。
「いや~ね~ェ これが楽しみで泳いでいるようなもんでね」と言う。
そう言われれば、もう後は何も言うことはない。
何しろ無理を頼んで来ていただいているのだ。
そんな彼が数年後 あっと言う間に急逝した。
享年74歳だったか?
煙草が原因とは思えないないが、遠因にはなっていたことだろう。
我輩よりヒトツ年下の方で実に人柄のよい方であった。
まさに人生一寸先は闇である。
「このようなことを書いて大丈夫?」と尋ねられそうであるが、これは書かずにおれないことである。
我輩とて今は何時 どのようになるか分からない。
若しも未だ煙草を吸われる方が居られたら出来るだけ早く止めて欲しいと思っている。
これは我輩が生きているうちに書いておきたい事柄のヒトツでもある。
喫煙は周りの人にも家族にも大変な迷惑をかけることになる。
受動喫煙で毎年60万人死亡…16万人5000人が5歳未満の子供 WHO初の推計
2010.11.27 08:42
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/101127/trd1011270845000-n1.htm
煙草を止めろ!止めろ!ばかりではありません。
我輩が以前 太極拳でお世話になった或る教室で教室が終わりロビーでみんなでコーヒーを飲みながら雑談をしたことがある。
その時に同じ太極拳クラブの方で91歳の方がプカリ・プカリと煙をふかしておられた。
驚いて「煙草は余り健康によくないのでは?」と思わず言ってしまった。
「そうですね 煙草は身体によくないといわれていますが私はもう90歳を超えています。今更止めようとは思わないのですよ」と言われた。
ギャフンである。
「いや~ね~ェ これも楽しみの一つですよ」と、またプカ~リと煙を吹かしておられる。
この91歳の男性の方は身体が実に柔らかく開脚して軽く胸が床に付くのだ。
BMIを聞くと
「そんなもの知らないね」と言われた。
全く 関係はないようだ。痩せておられるので体重も標準ではと推定した。
煙草を嗜む方の中には、このような方もいらっしゃった。
お天気
昨日(26日)は17度もあって車の中は暑いくらいだったが、きょう(27日)は14度と低い。お天気は快晴でしたが少し雲も見えました。陽射しは強いです。いずれもお昼です。
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きょうのニュース
【新聞に喝!】ブリティッシュ・コロンビア大学名誉教授・永谷敬三 (1/2ページ)
2010.11.27 08:17
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101127/plc1011270818012-n1.htm
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【自由が危ない】やっぱり進んだ言論封殺 各地で発言控える動き相次ぐ 自衛官は講演聴講も自粛 (1/2ページ)
2010.11.27 01:07
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101127/plc1011270109004-n1.htm
以下:追記 27日18時 ↓
【久保田るり子の外交ウオッチ】自衛隊を排除する菅政権に国防は任せられるのか? (1/3ページ)
2010.11.27 12:00
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101127/plc1011271202013-n1.htm
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この事態に制服組を官邸に入れず。国防は?在韓邦人救出は?日本国内の治安は?問題は山済み?正にドンカン内閣?
28日7時30分 追記 ↓
人の顔と名前を覚える。お客さまの顔をおぼえる。(あみちゃんのひとりごと より)
http://plaza.rakuten.co.jp/amitie123/diary/201011260002/
後で再度 試みます。直ぐに乗せないと忘れます。
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(28日 7時40分) こういう記事をよむとムカムカする ↓
「おれは歩きたくないんだ!」隊員を団扇で数回たたく 防衛省調査で判明 松崎議員“恫喝”の全容 (1/3ページ)
2010.11.28 01:30
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101128/stt1011280131000-n1.htm
衆議院議員 松崎哲久 のホーム・ページの全文 ↓
http://matsuzakit.jp/
まず、支援者の方々に、大きなご心配をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。11月18日付の産経新聞の記事をはじめ、いわれなき中傷を受けていますが、全く事実無根だと申し上げておきます。まず7月の納涼祭の件は、基地内の誘導の仕方が不適切だと思いましたので、その旨、指摘したことは事実です。私に対し暴言を吐いた隊員には手も足も触れていません。総じて、新聞報道の名に値しない記事です。
産経が「松崎議員自衛官を恫喝」車逆走指示「誰だと思っている」と見出しを掲げているのは、謀略の類の話です。とにかく民主党議員を片端から悪者に仕立て上げようとの魂胆が見え透いていて、仲間の多くからも毅然と対応しろと励まされています。ネットでは隊員が女性だったとのデマまで飛ばされているのです。
私が一方通行の「逆走」を要求したこともありません。だいたい、そこは両面通行の場所でしたから、受付方向に車が通れないと思う方が無理なのです。事情を聞いている時、上官の一人が私の車を誘導してきましたので乗り込みましたが、その際に『二度と来るな』と言われました。さすがにムッとしましたが、挑発に乗ったらダメと分かっていますから、立ち去りました。後日、基地側から謝罪にきましたが、私が謝罪を求めたのではなく、あくまで誘導システムに問題があることを指摘したのです。
私は、むしろ男性隊員の立場を慮って、謝罪に来た上官に、「議員とは思わないで言ったのだろうが、誰であれ市民に対して『二度と来るな』と暴言を吐くのは好ましくない」と言ったものを、当日のことに事実を曲げ、趣旨を全く逆に変えて宣伝されています。が、本筋は11月の話の逆恨みでしょう。
産経は一部しか書きませんが、自衛隊の基地内の公式行事で「みんなで、一刻も早く菅政権をぶっつぶして、昔の自民党政権に戻しましょう」(防衛省の記録)と、隊員を煽動する発言があったのです。これが不適切であるのは論をまちません。
その後に、報告を受けた防衛省も「自衛隊法」等の政治的行為の制限に違反するという認識で事務次官通達を出しましたが、自衛隊員に倒閣を煽動するのは、自衛隊は文民である首相や防衛大臣によるシビリアン・コントロールに服する大原則に反します。もちろん、民間人が基地外の、公式行事でない場所で自由に発言するのを封じるものではありません。しかし、その大原則をルーズにしていると、戦前の軍国主義の跋扈(ばっこ)による蹉跌(さてつ)を繰り返してしまう恐れがあるのです。
本当は、私はこれを基地内の問題だけにとどめておこうと思ったのですが、自衛隊側の問題意識が本省への迅速な報告になったようです。その判断に異を唱えるものではありませんが、結果、私が狙い打ちにされてしまいました。
事務次官通達は「隊員の政治的中立性の確保について」というものです。市民が市民として菅内閣の政策を批判されるのは自由ですが、そこに隊員を巻き込むかのような動きは、かえって自衛隊の為にもならないと思います。支援者の皆々様に対してお詫びを繰り返しますとともに、関係各位にはご自制をお願い申し上げます。
平成22年11月18日
衆議院議員 松崎哲久
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↑ 真偽のほどは不明なれど、このような記事が出るのも議員の日頃の言動に問題があるのでは?このホーム・ページの弁明文を読むと、この方の傲慢さが滲んでいるように感じるが?どうも自衛隊員のほうに部があるようだ。← 私の感想です。
さすがに その後は禁煙というかタバコとおさらばしました。(65歳時?)。でも上記ブログに反論するようですが喫煙していても90歳以上の長生きの人:結構居られるんです。??つまらんコメントすみません。
煙草を止めるには何か?きっかけが必要なような気がします。ただ止めろ!止めろ!では通じないようです。後で知ったのですが長女のH子が喘息だったらしいのですが私が煙草を止めると、その喘息が収まったとK子が言っていました。それほど家の中の家族にも影響があるようです。社宅の布張りの天井の色が黄色くなっていたといいます。私は全く気が付きませんでしたが・・・。
90歳過ぎた方でも愛煙家は時に見かけます。DNAが普通の人と違うのかと想像します。幸せな方たちですね。
コメント有難うございました。また来て下さい。
値段も随分と高くなったようです。