先輩なじりでピリつかせて食ってく人らのやり口は不快でしかない。
小物が大物相手なら許されてんだろって見てたくないし、周辺も「様子見」の空気にさせてて同調者みたいに映って不憫。
自らの力量で場が持たせられない連中は見てたくないし、続けててほしくもない。
大器の人らの穏便にあぐらかくのもアンフェアに映る。同じ戦線に立って盛り立てるのにもやり口が姑息。
番組中でも変なピリつきが痛々しいし、人の褌を「分かって借りてる」便乗感は見るべきものがないから。
斜陽産業だろうがそこは凛として。
そうでしょうとも。
豊田章男会長「今の日本は頑張ろうという気になれない」の本当の宛先は…メディアだった
スピンがひどかった。意図するところは流れを汲んで読めば間違えようのないニュアンスがこもってたのに、小手先にバイアス多めの偏向報道がミョーに多かった。
粛々とやってる側のポテンシャルや士気を挫くようなものへの苦言は、口にしていいほど現状の国政も随分なあしらいだもの。
国民と企業を利するというより、徴収対象みたいな見立てすら感じる国政が、我慢ならぬと憤った言質。
「この状況と、この延長線上で吉兆がありますか?」っていう話ですやん。
阿呆の居座りだけなら許しようもあるが、居座ってる間にみるみる悪化してるんで「出て行け」とみんなが叫んでる。
それを無視し続けて居座るというのは、害悪が増していって、取り返しがつかないということ。
居座り当人はそこはお構いなしという無礼に無頓着で「頑張ってる」と誤認してる。
頑張りでは間に合わぬし、センスもずれてるし、不適切な人が不適切な場所を陣取ってるという悪弊に困惑しきり、と皆は叫んでいるというのに。
この放置も、この執着も、後に尾を引く因子だから排斥を叫ばれておる。