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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
平成の初めの頃。
* 卒業テスト
試験は、夕方に始まった。
白くて赤っぽい夜空に、星が二つばかり輝いていた。
「では、始めるとするか。坊のバイクには、
いろいろな能力をセットし終わっている。
それを、ひたすら信じろ。
お前が、心に念じた事は、すべて、
このバイクが行なうはずじゃ。
ただ中途半端はいかんぞ。
心の中は、縦、横、深さ、時間を越えているものじゃ。
その心の中を祈りで、
右に左に上に下に満たしてゆくのだぞ。
それが、このバイクを支配する奥義じゃ。
これを思い通り操るのは、お前次第なのだぞ。
お前の心一つにかかっている。
それを忘れるな」
「はいっ」
「では、この路を渡れ」
先生が、手をあげると、
ささーっと、1m幅の石の橋が、
葛木山から由野山まで、かかっていった。
距離は、約20kmあるという。
空中の掛け橋であった。
僕は、サヤカを十分操れるように思った。
もし、踏み外しても、先生が助けてくれるように思った。
「行けい」
バルルーン。
前方だけを見て走った。
下など見れば、目が回りそうである。
風は、無いはずなのだが、サヤカが揺れるようで危なかった。
ゆっくりゆっくりと、空中の一本橋を渡ってゆく。
神経はぴーんと張りつめていた。
今までの練習の成果を、先生に見てもらうのだ。
絶対合格するぞ。
ハンドルを握る手に力が入りすぎ、
脚は、ガソリン・タンクに、ぴったりと吸いついていた。
グラブやブーツの中で、
汗が、滲み出ているのが、見えるようだった。
橋には、ガードレールも無ければ、欄干も無かった。
1,000m近い高さである。
橋には、所々穴ぼこが開いていた。
突風が、時おり吹き寄せてくる。
30km近くのスピードで走っているから、
40~50分で、向こう岸に渡れるはずである。
5kmほど走ると、路の様子が変わってきた。
ぬかるみ路や坂があった。
ふーっ。
ためいきをつきながら、走る。
何度かスリップもした。
10kmを越えた所で、道路は凍結していた。
僕は、サヤカを下りて、押してゆく事にした。
「こらっ、乗れ。乗るのじゃ。バイクを信じろ!」
先生の声だ。
あたりを見回したが、どこにも姿は見えなかった。
はるか下方に、大和三山が、ネオンの海に浮いていた。
ふたかみ山には、赤い夕焼けが止まっていた。
もう、このあたりの地名にも、慣れてきていた。
仕方ないので、サヤカにまたがった。
30mは、ありそうな凍結路である。
なかなか前に進む気が起こらなかった。
しかし、引き返すわけにもゆかない。
せっかく、これまで練習してきたのだ。
思い切って、前進した。
つるり。
アクセルを回しすぎたのだ。
僕は、橋から真逆様に落ちてしまった。
くらっと目眩がした。
ダメだ、サヤカ、飛んでくれっ!
心の限り念じた。
そうすると、どうだろう。
サヤカが、飛んだのだ。
すいっと、空を飛んで、橋の上に戻ったのである。
それからの僕は、もう橋の上が恐くなくなった。
サヤカが、どうなっても、助けてくれると思うと、
気持が、大きく大きく拡がっていった。
そうなってみると、別にサヤカの力に頼らなくとも、
簡単に橋を渡りきる事が出来たのである。
渡りきって、石橋をふりかえると、
もう橋はなくなっていた。
葛木山の山の端が、薄闇の中にそびえていた。
「坊、合格じゃ。
今の極意忘れるな。
バイクの力を引き出すのは、お前次第なのだぞ。
ただ無闇に、術は使うな。
悪用すると、効かなくするからな。
心しておけぃ。
さらばじゃ。
あっそうじゃ。
お前は男であったのう。
そのバイクに、女の心をコピーする事を忘れるな。
この世は、プラスとマイナス、
陰と陽、
男と女、
上手に、組み合わせる事によって、発展してゆくものじゃ。
男のお前に、女の心をこめたバイク、
いい取り合せになるじゃろう。
女の心を植えてやれ。
ただ執着は、するなよ。
ではな」
「せんせいーっ。ありがとうございました」
「坊、元気でなあー」
ゼキの声も聞こえてきた。
「ゼキー、ゴッキー、ありがとー」
葛木山に向かって頭を下げた。
別れるとなると、寂しいものだ。
「真君、よく頑張ったなあ」
いつの間にか、流さんとタイタイが後に立っていた。
「縄通」ネットで、先生から連絡があったということだった。
二人にもお礼も言った。
流さんが、近くだから寄っていけと言ってくれたが、
自分の部屋が、たまらなく恋しくなっていたので、
タイタイに乗せてもらって、M市に帰ることにした。
つづく