通学路は 寒緋桜街道です
これだけの 沖縄桜が咲く場所は
今のところ 三重県では 浜島が初めてだろう
この桜の出合だったのは
昭和47年 沖縄が日本復帰に当たり
予め 吾輩の上司が沖縄へ赴任し
賢島へ 私費で50本ほど寄贈され
大阪の築港まで トラックで取りに行った
思い出の桜であるが
今残っている 桜は かなり少なくなった
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これだけの 沖縄桜が咲く場所は
今のところ 三重県では 浜島が初めてだろう
この桜の出合だったのは
昭和47年 沖縄が日本復帰に当たり
予め 吾輩の上司が沖縄へ赴任し
賢島へ 私費で50本ほど寄贈され
大阪の築港まで トラックで取りに行った
思い出の桜であるが
今残っている 桜は かなり少なくなった
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紅色の釣鐘型の寒緋桜
この桜 沖縄では 1月10日が桜祭り
本土と 2か月半ほど遅れる
なを 寒緋桜 (かんひざくら)は
沖縄では 「緋寒桜」(ひかんざくら)と呼ばれていたが
「彼岸桜」(ひがんざくら)と間違えやすく
混同を避けるために ”緋寒”を”寒緋”に
ひっくり返して「寒緋桜」との呼び方に
変えたという経緯がある
私には 緋寒桜(赤く寒に咲く桜)の方が親しみやすい
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この桜 沖縄では 1月10日が桜祭り
本土と 2か月半ほど遅れる
なを 寒緋桜 (かんひざくら)は
沖縄では 「緋寒桜」(ひかんざくら)と呼ばれていたが
「彼岸桜」(ひがんざくら)と間違えやすく
混同を避けるために ”緋寒”を”寒緋”に
ひっくり返して「寒緋桜」との呼び方に
変えたという経緯がある
私には 緋寒桜(赤く寒に咲く桜)の方が親しみやすい
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