心理的な意味での母殺しの必要性について、三回の動画でまとめました。ご覧いただけたら幸いです。
自分の人生を生きるためには、自分は自分でなければなりません。しかし、自分が自分になりきる前に、母や父の代替人生にすり変えられることがあります。
すり替えがうまくいくと、私たちは自分を奪われたことにさえ気づかず、母や父が求めるレベルに達しない場合は自己嫌悪にすら陥ります。
「おかあさん、、、こんな自分でごめんなさい」それは、母のロボットであり、操られた人生を生きて来た人の気持ちでもあるでしょう。
不幸であるのに、そのことに気づかず、形だけでの幸福がすべてであると思っていた母は、自身のむなしさを埋めるために、子の人生に介入します。子は両親が求めるまま、それが正しい方向であると疑わずに突き進み、優秀な成果を上げていく場合も多いでしょう。自慢の娘、自慢の息子がこうして出来上がりますが、一方では両親が求めるレベルに到達しない、出来の悪い子供もいます。
自身の情熱で努力しているわけではないのですから、出来の悪い方に傾くケースが多くなるのは当然です。それでも日本人は表面的な意味では努力家ですので、数人の子供がいれば、大体は出来が良くなり、一人だけ悪くなる、、、そうしたケースが多くなります。
こうした家の中に生じる病理は、両親の期待通りに成長した立派な兄弟姉妹、そして出来の悪い一人の子。家族は出来の悪い一人の子を心理的に追い詰め、その子のエネルギーを奪って理想の一家を支えます。
出来の悪かった子は、よその家なら個性で済ませられるところを、徹底的にいたぶられ、人格までも否定されていく例が多いのです。
しかし、出来が良かろうが悪かろうが、両方ともに両親のロボットであり、期待されたロボットとして成功したか失敗したかに関わらず、全員が病んでいるのです。
日本の息苦しい社会の雰囲気は、こうした成功ロボットが社会の上に居るためであるともいえるでしょう。親に言われるまま苦しい成功を勝ち取った人は、その後、出来の悪い兄弟姉妹をいじめたように、社会の弱者をいじめ出すことは、容易に想像できます。息苦しい会社、息苦しい組織、、、その上にいるのは、ロボット成功者が占めているためでもあるでしょう。
しかし何であれ、どちらも被害者なのです。自分の人生が自分のものでない時、私たちに何が起きるのでしょうか。
殺された、ということです。体は生きていても、殺されているのです。なので、成功しようが出来が悪かろうが、どちらも、もう生きてない人になっているのです。生きてないのです。すでに死んでいるからです。
なので、何をしてもつまらない、、朝起きても希望がない、、喜びがない、、、ロボットとして成功しようが失敗しようが、同じ心理が働き続けます。それで一生を終えて良いのか、、、すでに終えているのですが、では終えた一生を、再び取り戻す必要があるのではないかと思うのです。
それが母殺しです。いつからでも挽回は効きます。遅いということはありません。生きることの方が自然なので、私たちはいつだって自分の命を取り戻すことはできるのです。
では、心当たりがある方は、どうか動画をご覧いただけましたら幸いです。上から①②③となっています。クリックしてご覧ください。
https://youtu.be/-mBOuYZfJ5o
https://youtu.be/bPij3Es7Lhs
https://youtu.be/xW834pmOoJ8
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