
謹賀新年
明けましておめでとうございます。首都圏マニラより。
2005年12月31日午後11時頃からカウントダウンと待てずに首都圏各地には爆音が鳴り響き始め、空には簡易打ち上げ花火が上げられ始め、11時45分頃からその打ち上げ頻度が更にエキサイト、11時55分頃から大狂宴が始まった。
2006年0時0分 フィリピン共和国はまたしてもりぱぶりっく狂笑国へ変わった。
ロハスボリバードを封鎖、カウントダウンを行う会場にはありのような人人の行列。空には地響きするような尺玉の割れる音、スターマインが炸裂、地上のあちらこちらでは、ダイナマイトもどきの爆竹、射程の定められないロケット花火が舞う。耳が墳裂けるといっても過言ではない。空をためらいも無く見ていれば、どこからか爆竹、ロケット花火が飛んでくる。危険情報には絶対載らない新年光景。マニラベイに近接する首都圏の各道路、爆竹のオンパレード。しかも日本で売っているような可愛いものではない。一瞬にして指が吹っ飛び命すら落とすほどのとんでもない火薬料のもが所かまわず投げつけられる。安宿や道路に面した各商店では、長さ10メートル、花火数3000発もの爆竹が。まるでここは戦場のようでもある。
道路上には殆ど車は見当たらない。時折、ジプニーが走り去るぐらい。爆竹を蹴散らすように高速で走り去る。
2006年1月1日からここフィリピンは煙霧の狂宴。CO2による地球温暖化問題を協議した京都議定書、先進国が真剣に取り組んでいる地球温暖化の意義を後進国はじめ世界の国が良く理解さえすれば水没する国も少なくなるはず。
年頭、しかも空ける前から煙霧だらけ。年が明け、20分も過ぎた頃、首都圏マニラ上空は視界不良。恐らく司会100メートルくらいかも。高層階から見ていて全く視界が無い。3時間以上は視界不良。安い黒煙火薬でも使っているような花火。長期間滞在すると、初年度は興味本位で浮かれていても、年を越す回数を重ねるごとに興味が無くなる。臭い、臭い、硝煙の臭い。首都圏上空には上がる上がる安物花火。しかし、これだけ打ち上げるには相当の金額を消費すると誰しもが思うのだが。現地フィリピン人曰く、この狂宴費用は通常サラリーマンの1か月分くらいを浪費するとか。
今年の花火、アロヨ大統領が自粛するよう国民へ伝えたにもかかわらず、全く聞く耳を持たない。自粛ではなく、花火を打ち上げなかった家庭へ500ペソ支給。この発表のほうが効き目があると思うのだが。しかし、例年になく早い次期からの爆竹騒動は無い様にも思えた。当然、今回の打ち上げ、確かに一定時間帯に集中してはいたもの、その形態は何となくフィリピンは不景気。と思えるくらい迫力に欠け、単なる五月蝿いだけの花火の狂宴と言ってもおかしくは無い。
明けて1月1日の早朝からのABSCBN、GMAの各テレビのニュースではクバオのスラム街の大火、マンダルヨン、トンド地区の花火による火事。念頭から我が仕掛けで家を失うほどアホなことをはじめた民族。ニュースは火事騒ぎよりも指が吹っ飛んだ常態をそのまま放映したり、当然死亡した者も多数、残忍なニュースばかり放映される。
例年のことであるが、誰しもが簡単に考えられることである。あのような大きな爆竹を何好き好んで手で持ったまま爆発させるのか?当然、もの凄い怪我をする事くらい簡単に予測できる。単なるアホそのもなのかも。警察官も酒に酔い、防備用の拳銃やマシンガンを空に発射、その角度が、人間の歩いている方向へ、当然死ぬ。このような全く常識はずれのことを平気で新年から。今年はクバオの大火は非常に深刻である。確かに不法占有者のスラム街ではあるが、」生活の拠点を深淵早々失うわけで、しかも、この国は、例のピナツボ火山爆発の復旧が今ですら進んでいないように、災害復旧は非常に遅く、政府も結構無責任な国。早々自ら起こした事件ではあるが気の毒なような。馬鹿に付ける薬なし。と日本には諺があるが、全くその通りでもある。
1日は空は排気ガスも無く穏やかなといっても小雨が少々。平穏な日々が。しかし、夜半、帰省者がこぞって首都圏へ。各高速度道路から溢れた車、車で溢れかえった。2日結局光学スモックの首都圏と化した。
たったの先進国凍傷した8カ国が京都議定書に取り組んでも、その取り組んでいる国が世界中へ光学スモック製造装置(車)を輸出、或いは現地製造している限り京都議定書の意義など全く無いかもしれない。
http://www.env.go.jp/earth/cop6/3-2.html 京都議定書はこちらへ。
今年のフィリピンは財政的にも非常に窮状の年かも。特に、昨年、首都圏マカテ、オークウッド・ホテルを占拠した将校クーデター未遂事件で裁判官不在で公判の出来なかった将校が逃亡した。叉このマニラに何かが起こるのかもしれない。
このURLがその将校達が掲載しているサイトである。
http://www.pilipino.org.ph/home.html
街を歩くフィリピン人の姿、何となくいつものような活気は無い様にも思える。益々後進を続けるこの国。上っ面だけが活気で、入口から出口まで物乞い国家、国民はいかなる解決の糸口を見つけるのか?
一滴の涙続編は次回から掲載します。今年も宜しくお願い申し上げます。花一輪
明けましておめでとうございます。首都圏マニラより。
2005年12月31日午後11時頃からカウントダウンと待てずに首都圏各地には爆音が鳴り響き始め、空には簡易打ち上げ花火が上げられ始め、11時45分頃からその打ち上げ頻度が更にエキサイト、11時55分頃から大狂宴が始まった。
2006年0時0分 フィリピン共和国はまたしてもりぱぶりっく狂笑国へ変わった。
ロハスボリバードを封鎖、カウントダウンを行う会場にはありのような人人の行列。空には地響きするような尺玉の割れる音、スターマインが炸裂、地上のあちらこちらでは、ダイナマイトもどきの爆竹、射程の定められないロケット花火が舞う。耳が墳裂けるといっても過言ではない。空をためらいも無く見ていれば、どこからか爆竹、ロケット花火が飛んでくる。危険情報には絶対載らない新年光景。マニラベイに近接する首都圏の各道路、爆竹のオンパレード。しかも日本で売っているような可愛いものではない。一瞬にして指が吹っ飛び命すら落とすほどのとんでもない火薬料のもが所かまわず投げつけられる。安宿や道路に面した各商店では、長さ10メートル、花火数3000発もの爆竹が。まるでここは戦場のようでもある。
道路上には殆ど車は見当たらない。時折、ジプニーが走り去るぐらい。爆竹を蹴散らすように高速で走り去る。
2006年1月1日からここフィリピンは煙霧の狂宴。CO2による地球温暖化問題を協議した京都議定書、先進国が真剣に取り組んでいる地球温暖化の意義を後進国はじめ世界の国が良く理解さえすれば水没する国も少なくなるはず。
年頭、しかも空ける前から煙霧だらけ。年が明け、20分も過ぎた頃、首都圏マニラ上空は視界不良。恐らく司会100メートルくらいかも。高層階から見ていて全く視界が無い。3時間以上は視界不良。安い黒煙火薬でも使っているような花火。長期間滞在すると、初年度は興味本位で浮かれていても、年を越す回数を重ねるごとに興味が無くなる。臭い、臭い、硝煙の臭い。首都圏上空には上がる上がる安物花火。しかし、これだけ打ち上げるには相当の金額を消費すると誰しもが思うのだが。現地フィリピン人曰く、この狂宴費用は通常サラリーマンの1か月分くらいを浪費するとか。
今年の花火、アロヨ大統領が自粛するよう国民へ伝えたにもかかわらず、全く聞く耳を持たない。自粛ではなく、花火を打ち上げなかった家庭へ500ペソ支給。この発表のほうが効き目があると思うのだが。しかし、例年になく早い次期からの爆竹騒動は無い様にも思えた。当然、今回の打ち上げ、確かに一定時間帯に集中してはいたもの、その形態は何となくフィリピンは不景気。と思えるくらい迫力に欠け、単なる五月蝿いだけの花火の狂宴と言ってもおかしくは無い。
明けて1月1日の早朝からのABSCBN、GMAの各テレビのニュースではクバオのスラム街の大火、マンダルヨン、トンド地区の花火による火事。念頭から我が仕掛けで家を失うほどアホなことをはじめた民族。ニュースは火事騒ぎよりも指が吹っ飛んだ常態をそのまま放映したり、当然死亡した者も多数、残忍なニュースばかり放映される。
例年のことであるが、誰しもが簡単に考えられることである。あのような大きな爆竹を何好き好んで手で持ったまま爆発させるのか?当然、もの凄い怪我をする事くらい簡単に予測できる。単なるアホそのもなのかも。警察官も酒に酔い、防備用の拳銃やマシンガンを空に発射、その角度が、人間の歩いている方向へ、当然死ぬ。このような全く常識はずれのことを平気で新年から。今年はクバオの大火は非常に深刻である。確かに不法占有者のスラム街ではあるが、」生活の拠点を深淵早々失うわけで、しかも、この国は、例のピナツボ火山爆発の復旧が今ですら進んでいないように、災害復旧は非常に遅く、政府も結構無責任な国。早々自ら起こした事件ではあるが気の毒なような。馬鹿に付ける薬なし。と日本には諺があるが、全くその通りでもある。
1日は空は排気ガスも無く穏やかなといっても小雨が少々。平穏な日々が。しかし、夜半、帰省者がこぞって首都圏へ。各高速度道路から溢れた車、車で溢れかえった。2日結局光学スモックの首都圏と化した。
たったの先進国凍傷した8カ国が京都議定書に取り組んでも、その取り組んでいる国が世界中へ光学スモック製造装置(車)を輸出、或いは現地製造している限り京都議定書の意義など全く無いかもしれない。
http://www.env.go.jp/earth/cop6/3-2.html 京都議定書はこちらへ。
今年のフィリピンは財政的にも非常に窮状の年かも。特に、昨年、首都圏マカテ、オークウッド・ホテルを占拠した将校クーデター未遂事件で裁判官不在で公判の出来なかった将校が逃亡した。叉このマニラに何かが起こるのかもしれない。
このURLがその将校達が掲載しているサイトである。
http://www.pilipino.org.ph/home.html
街を歩くフィリピン人の姿、何となくいつものような活気は無い様にも思える。益々後進を続けるこの国。上っ面だけが活気で、入口から出口まで物乞い国家、国民はいかなる解決の糸口を見つけるのか?
一滴の涙続編は次回から掲載します。今年も宜しくお願い申し上げます。花一輪
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