ARB(Artist Record Book)
従来の海外雇用庁POEA(PHILIPPINE OVERSEAS EMPLOYMENT ADMINISTRATION)から フィリピン労働雇用省技術教育技能教育庁(TESDA)Technical Education and Skills Development Authority へ発行機関が変更されスタートした。利権がTESDAへ移行したという表現が正しいかも知れない。起こりうることが起こった。イエローカードからのARBへの書き換えが非常に面倒になった。このARBがスタートしたことにより、フィリピンの各代理店及びローカルは単なる軒下企業からTESDA基準の施設を有しない代理店及びプロモーションはこのARBトレーニングが出来なくなった。各代理店には、一般教養を教育する教室、ダンスの練習を行うレッスンスタジオを競うように作り、その許可を得た。当然、TESDA内部には、試験場が設けられ、基礎訓練を受けた芸能人の卵で溢れかえった。当然、TESDAの施設だけでは賄い切れず、首都圏各地及び各地方都市に権力を行使した営利目的の私設試験場まで現れた。この制度の当初は、日本入管もこれでどうにか通常通り虚偽がなくなると思ったのかもしれない。
資格取得には当然、猛烈な練習を余儀なくされた。従来の偽装芸能人のイメージは何処へと言っても過言ではないほど。その殆どの資格取得者達は、フィリピン全国からブローカー及びローカルマネージャーと称する者達の手引きで、首都圏各地のトレーニングセンターへ。
その殆どの者は全寮制、即ち「ステイイン」朝早くから夜遅くまで、猛暑の中猛レッスンに励んでいた。当然、空調設備などはお粗末な扇風機程度、汗にまみれたクラシックダンスのレッスン。レッスンが終われば一般教養講義が行われる。このARB取得希望者は日増しに増え続け各トレーニングセンターの寮は満室常態が続いた。
早朝5時くらいに起床。両管理者兼まかない人が作った食事。と言っても、非常にお粗末でパン1個にコーヒー程度を食し、全く人権を無視したような二段ベット、もしくは板張りの仮設小屋みたいな場所に敷かれたビニールシートを片付け、レッスン場へ。昼に鯵の揚げすぎた空揚げと飯を供される。しかし、その料は、日本人はデブが嫌いと言う変な理由から、ダイエット量を与えられ、夜遅くまで再度レッスンが続けられた。練習を終え、夕食。練習結果が上手くいかずに涙するもの。汗臭い練習服を洗濯するもの等僅かなひと時を過ごし、水シャワーを浴びて床へ付く。その繰り返しの日々が延々と続いた。
レッスン場は、ダンスの場合には教師が殆どオカマの指導者が多かった。しかし、容赦なくレッスン中は罵声が飛ぶ。ダンスを間違った場合の怒りはオカマではなく男に戻り罵声を発していた。その点歌手はその殆どがカラオケ教室で、以前歌手で渡航経験のある者、現地の指導者と名乗るものが歌い方を主に指導していた。ダンサーと比較し、練習も比較的楽なことから、歌手大増産が始まったのもこのARBが一因している。旧カード時代はとにかくダンサーばかり、ARBになり歌手ばかり現象が笑える。一般教養は、扇風機の完備した部屋に椅子の肘掛部分へ簡易机のついたお粗末な椅子で与えられたガイドブックを先生の要領に基づいて延々と。居眠りなどは厳禁。しかし、猛レッスンの後の着席は睡魔が。当然罵声が浴びせられる。中には、このような練習に耐えられず失踪するもの。中には自殺者もいた。ある程度レッスンを受けた時点で、本試験に挑む。早朝から、化粧、髪を結いトレーニングセンターが用意した車で試験会場へでむく。主に試験を行っていた会場はTESDAの施設内にある試験場が多かったようだ。門を入り試験場付近は入りきれずに人・人・人で溢れかえっていた。学科試験を合格すれば実技試験。大変失礼なことであるが、この芸能人を目指すフィリピン人は、中にはハイスクール、大学を卒業した者もいたが、相当数が貧困な家庭出身者でハイスクールすら満足に卒業していない者もいた。当然、試験は英語。相当数落第する者もいた。とにかく学科試験を合格しないことには実技試験を受けられない。事実を見た者意外はこの状況は分からないと思う。落第すればトレーニングセンターのボスの罵声を浴びる。中には試験ごとに落第したがゆえに「今まで私が立て替えた金銭を今1ペソも残らず清算、帰省しろ。」スカウト時は必ずや日本へ出向き、家でも車でも買えます。このような甘いことを話していながら、落第すれば人権無視。生き地獄のようである。このようなことがまさかフィリピンで行われていたとは想像も付かないことである。しかし、容姿端麗な女性はここでも恩恵を受けることになる。試験も練習もせずARBが手元にある。TESDA長官リーバン氏がTESDA内部の高官と民間トレーニングセンターの一部の者が結託し売却した事件である。中には金に物を言わせ数千冊ものブランクARBを手に入れ、偽装作成した代理店主もいる。当然のことであるが、クラブ経営者の中には容姿端麗ではあるが全く試験が受からず、数十万円も支払ってこのARBを不正入手した、奇特な日本人も相当数いた。
従来の海外雇用庁POEA(PHILIPPINE OVERSEAS EMPLOYMENT ADMINISTRATION)から フィリピン労働雇用省技術教育技能教育庁(TESDA)Technical Education and Skills Development Authority へ発行機関が変更されスタートした。利権がTESDAへ移行したという表現が正しいかも知れない。起こりうることが起こった。イエローカードからのARBへの書き換えが非常に面倒になった。このARBがスタートしたことにより、フィリピンの各代理店及びローカルは単なる軒下企業からTESDA基準の施設を有しない代理店及びプロモーションはこのARBトレーニングが出来なくなった。各代理店には、一般教養を教育する教室、ダンスの練習を行うレッスンスタジオを競うように作り、その許可を得た。当然、TESDA内部には、試験場が設けられ、基礎訓練を受けた芸能人の卵で溢れかえった。当然、TESDAの施設だけでは賄い切れず、首都圏各地及び各地方都市に権力を行使した営利目的の私設試験場まで現れた。この制度の当初は、日本入管もこれでどうにか通常通り虚偽がなくなると思ったのかもしれない。
資格取得には当然、猛烈な練習を余儀なくされた。従来の偽装芸能人のイメージは何処へと言っても過言ではないほど。その殆どの資格取得者達は、フィリピン全国からブローカー及びローカルマネージャーと称する者達の手引きで、首都圏各地のトレーニングセンターへ。
その殆どの者は全寮制、即ち「ステイイン」朝早くから夜遅くまで、猛暑の中猛レッスンに励んでいた。当然、空調設備などはお粗末な扇風機程度、汗にまみれたクラシックダンスのレッスン。レッスンが終われば一般教養講義が行われる。このARB取得希望者は日増しに増え続け各トレーニングセンターの寮は満室常態が続いた。
早朝5時くらいに起床。両管理者兼まかない人が作った食事。と言っても、非常にお粗末でパン1個にコーヒー程度を食し、全く人権を無視したような二段ベット、もしくは板張りの仮設小屋みたいな場所に敷かれたビニールシートを片付け、レッスン場へ。昼に鯵の揚げすぎた空揚げと飯を供される。しかし、その料は、日本人はデブが嫌いと言う変な理由から、ダイエット量を与えられ、夜遅くまで再度レッスンが続けられた。練習を終え、夕食。練習結果が上手くいかずに涙するもの。汗臭い練習服を洗濯するもの等僅かなひと時を過ごし、水シャワーを浴びて床へ付く。その繰り返しの日々が延々と続いた。
レッスン場は、ダンスの場合には教師が殆どオカマの指導者が多かった。しかし、容赦なくレッスン中は罵声が飛ぶ。ダンスを間違った場合の怒りはオカマではなく男に戻り罵声を発していた。その点歌手はその殆どがカラオケ教室で、以前歌手で渡航経験のある者、現地の指導者と名乗るものが歌い方を主に指導していた。ダンサーと比較し、練習も比較的楽なことから、歌手大増産が始まったのもこのARBが一因している。旧カード時代はとにかくダンサーばかり、ARBになり歌手ばかり現象が笑える。一般教養は、扇風機の完備した部屋に椅子の肘掛部分へ簡易机のついたお粗末な椅子で与えられたガイドブックを先生の要領に基づいて延々と。居眠りなどは厳禁。しかし、猛レッスンの後の着席は睡魔が。当然罵声が浴びせられる。中には、このような練習に耐えられず失踪するもの。中には自殺者もいた。ある程度レッスンを受けた時点で、本試験に挑む。早朝から、化粧、髪を結いトレーニングセンターが用意した車で試験会場へでむく。主に試験を行っていた会場はTESDAの施設内にある試験場が多かったようだ。門を入り試験場付近は入りきれずに人・人・人で溢れかえっていた。学科試験を合格すれば実技試験。大変失礼なことであるが、この芸能人を目指すフィリピン人は、中にはハイスクール、大学を卒業した者もいたが、相当数が貧困な家庭出身者でハイスクールすら満足に卒業していない者もいた。当然、試験は英語。相当数落第する者もいた。とにかく学科試験を合格しないことには実技試験を受けられない。事実を見た者意外はこの状況は分からないと思う。落第すればトレーニングセンターのボスの罵声を浴びる。中には試験ごとに落第したがゆえに「今まで私が立て替えた金銭を今1ペソも残らず清算、帰省しろ。」スカウト時は必ずや日本へ出向き、家でも車でも買えます。このような甘いことを話していながら、落第すれば人権無視。生き地獄のようである。このようなことがまさかフィリピンで行われていたとは想像も付かないことである。しかし、容姿端麗な女性はここでも恩恵を受けることになる。試験も練習もせずARBが手元にある。TESDA長官リーバン氏がTESDA内部の高官と民間トレーニングセンターの一部の者が結託し売却した事件である。中には金に物を言わせ数千冊ものブランクARBを手に入れ、偽装作成した代理店主もいる。当然のことであるが、クラブ経営者の中には容姿端麗ではあるが全く試験が受からず、数十万円も支払ってこのARBを不正入手した、奇特な日本人も相当数いた。
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