📖『戦争する国、平和する国』(小出五郎 著)より。
P.250
(プロパガンダ、戦時の嘘、世論操作などへの)
対抗手段⑤やはり、「知は力なり」
イギリスの政治家で哲学者だったフランシス・ベーコン(1561~1626)は、
「知は力なり」という名言を残した。
当時とは時代背景が違うし、意味する内容も異なるが、それでも言葉としては現代に通用する。
プロパガンダに対抗するためのもっとも有力なパワーは、やはり
「知は力なり」
なのだ。
いうまでもないことだが、「知」を身につけるのは学校教育だけではない。およそ常識と考えられることはすべて「知」といってよい。
その意味では、豊かな常識を持つよう努めることに、日ごろから焦(あせ)らず弛(ゆる)まず「知」を積み上げるよう努めることに、これで十分という終着点はない。超寿命の時代だが、それも生涯の努力目標といってよいだろう。
さらに付け加えれば、「知」の原点とも言えるが、自分がもっとも大切にする価値観も大切に思う。
たとえば、コスタリカの人々のように、多様性の尊重という価値観を持つことは素晴らしいと思う。生物の多様性から文化の多様性まで、ひとりひとりの生命、個性を大切にする社会は、
プロパガンダに対する免疫力、防衛力のある社会である。
私はといえば、
未来社会の代理人でありたい
と、精一杯努めることにを、価値観として生きたいと思う。
📖『平和ってなんだろう: 「軍隊をすてた国」コスタリカから考える 』
足立力也 著
(岩波ジュニア新書)
感想・レビュー
1.
軍隊と民主主義は相容れない、という考え。
同じ足立力也氏の著書に📖『丸腰国家』(扶桑社新書)がある。
内容的には「軍隊を捨てた国コスタリカ」の紹介と、なぜ軍隊なしでやっていけるかの分析で、このジュニア新書と方向性は同じである。
こちらはジュニア向けに書かれているぶん、やや検証が甘い気もするが、だからといって本の価値が落ちるとは思わない。
まえがきに、コスタリカの人たちのこんな声が紹介される。
▼「アメリカの民主主義は不完全だ。彼らの大統領は常に大勢の警備員を連れている。
🌕️コスタリカの大統領なんか、早朝にそこらへんの公園を一人でジョギングしていたり、休日には家族だけでビーチに行ったりする。
❇️民主主義と軍隊は相容れないものだ。もし軍隊があるのなら、そこには真の民主主義はない」。
もちろんこれは、そのまま額面通りには受け取れない。
さまざまな周辺事情も考慮しないと、単純にアメリカ大統領とコスタリカ大統領の比較はできない。
この本は、その「解析」を試みた本だともいえる。
コスタリカ人たちの考える「平和」というものを解析することで、世界の将来や平和について考えよう……、そういうことだろう。
こういう本を「平和ボケ」とか「非現実的」と頭から否定するのはたやすい。
しかし、「待てよ……」と立ち止まって考える意味はあると思う。
2.
叡智の判断。
3.
中米で軍隊なしでやっていくのには、どうやらパクス・アメリカーナに刃向かわずそれを受け入れた上で、 かつ、それをうまく使ってやるという老獪さと外交のうまさがあった。
4.
コスタリカの世界常識を無視した非武装の実行は、とても痛快に感じました。
王様(米国)に対し、非武装を実行することで「世界の常識」を否定していることが愉快でたまりませんでした。
私は「競争経済の崩壊が目前に迫っていること」を世の中の動向から感じています。
そして、これまでの価値観を見直す時が来ていると思っています。
私たちは一方向だけでなく、様々な方向を知る必要があると思います。
そのヒントがこの『平和ってなんだろう』に書かれています。ぜひ多くの人に、今この時に読んでほしい一冊だと思いました。
5.
小中学生の子供には少し難しいかもしれないが、今の若い人たちにぜひ読んでほしい。また、平和憲法を持ちながら反対の方向に進もうとしている日本の為政者にもぜひ読ませたい説得力のある平和論である。
📖『君が戦争を欲しないならば』
岩波ブックレット942
高畑勲 著
ナンセンスなことに対して
「ナンセンス」と言うのです。
感想・レビュー
1.
他人(の意見)によりかかってしまう。
これは自分も含め、自分の周りでここ最近感じるていることを言っているのかもしれないと思った。
自分の意見を持たずに流されてしまう、(たとえ自分の意見を)持っていても空気を読んでしまう。流されてしまう。空気を読む、合わせる。それは状況によってはとても危険な方向に向かうことにつながってしまうのだなとおもった。それが戦争に向かわせたという高畑さんの意見はとても的を得ているのではないかなと思う。
いちいち一人一人が無視してしまうことに、考えを持つっていうことはやっぱり大事なことなんじゃないかと痛感した。一度危険な方向に傾いた時に、自分を頼りにできるように学んでいく必要がある。また学ぶ理由が見つかった。
2.
『火垂るの墓』は反戦映画ではないと高畑は言う。
日本人の同調体質。憲法9条がなければ日本人は「ずるずる体質で」戦争に突き進む民族であることを喝破している。空気を読む体質、反対勢力を排除する体質を高畑は読み取っている。
3.
高畑勲さんは冒頭からこう言う。
「火垂るの墓は反戦映画ではありません。」
さらに高畑さんは、国民学校(今の小学校)4年の6月29日に岡山市内で受けた空襲体験をもとにこうも言う。「戦争末期の負け戦の果てに、自分たちが受けた悲惨な体験を語っても、これから突入していくかもしれない戦争を防止することにはならないだろう。」
でも高畑さんは一貫した憲法9条改正反対、戦争反対論者だ。
一見、さっきあげた引用の内容と矛盾するとも思われるけど、通読して改めて高畑さんの思いについて深く考えてみると、次のような、ちょっとビックリする考えに突き当たった。
――高畑さんは、実はこう言いたかったのではないだろうか?『14歳の清太と4歳の節子を死に至らしめた直接の原因は、アメリカ人じゃなくて日本人にあるのだ』と。
たしかに戦争の相手国はアメリカで、空襲したのもアメリカ。
でも冷静に考えてみればわかる。アメリカと戦争するように「理性を失って」「突っ走った」のは他ならない日本人である。
この本を読めば、火垂るの墓に出てくる意地悪い親戚のおばさんや、仕方なく野菜を盗んだ清太を殴る大人を持ち出すまでもなく、幼い兄妹を追いつめたのは、当時の日本全体の世相であり、そういう「全員一致」の方向に(無意識であっても)突き進んだ日本人全員にあると直視せざるを得なくなる。
もう一方で高畑さんは、「全員一致」の暗雲が別に戦時中の話だけではなく、戦後70年を経てまだ日本や日本人を覆い続けているのではと表明する。その証拠として、表現者として、火垂るの墓の評価が1つのところに“落ち着いている”ことに一種の警戒感を持っているようだ。
さらに高畑さんは、戦中の「撃ちてし止(や)まむ」「進め一億火の玉だ」というフレーズに、戦後民主主義教育を受けた日本人にとって誰もが違和感を持つのだというのは今更否定できないはずなのに、オリンピックやワールドカップなどの際に、それらと似ているとしか思えないフレーズを平気で日本人の誰もが口にすることに素直な目で疑問を持っている。
いや、そのこと自体に疑問を持つというよりもむしろ、その雰囲気からはみ出る考えや意見を、日本人全体で封じ込めたり消そうとする傾向が今も厳然と残っていることに大きな疑問を持っているという方がより近いのかもしれない。
1つの国の国民が一つの方向に全体的に進む、というのは日本に限った話でもないのは私もわかっている。しかしそういう雰囲気になった時に、そこからはみ出る弱い立場の者(まさに節子など)や異なる考えを持つ者を、有無を言わさず隅に押しやる傾向が特に日本人は強いというのを、高畑さんと同様に、もうそろそろ日本人は自覚すべきではないだろうか。
高畑さんはそれを日本人の「体質」と表現している。体質は容易には変えられないので、高畑さんは日本人が戦争をしない状態を今は保ち続けているものの、ちゃんと考えていかないと、いつか戦争やむなしという雰囲気が大勢となる日が再び来てしまうのでは、と予言している。(そしてそれを防ぐ唯一の方法が憲法9条を改正させないことと高畑さんは言及している。)
良いところだけでなく悪いところも同じように描き込むことで事象の真実に迫るいう高畑流のリアリズムは、火垂るの墓でもいい面で出ていたと私は思うけど、この本での戦争や日本人に対する考え方にもそのリアリズムが顕著に表れているように感じて、好感をもった。
4.
私はサッカーやフィギュアスケート、テニスをテレビで観るのが好きだ。サッカなどチームプレーは、選手は日本代表で日の丸背負っているのだろうと思う。観客が大きな日の丸を掲げるのも理解出来る。でも、フィギュアスケートやテニスの個人競技の時にも大きな日の丸を掲げるのは、違和感を覚える。昔はあんなにしていなかったと思うが。
こんな気持ちを持っている人は、他にも多いのかもしれないと、本書を読んで感じた。
自分の国を誇りに思う事は大事だ。でも、自分の国だけ良ければという考え方は、時に悪い方向に政治を向かわせる。
一度、戦争を始めてしまったら、戦争に反対していた人たちも、家族を失わないように勝つ方向に進んでいく、という高畑の考えに、目から鱗、共感を覚えた。
5.
期待したもの
高畑勲、というのが最初の理由。ブックレットなら読みやすそうだし、amazonでの評価も高かった。
6.
追悼 高畑勲監督
戦争体験を語られなかったとのことだが、こうしてブックレットという形になって残り、読むことができることに感謝したい。淡々と語られる空襲体験(再会が感動なんて嘘、ハグしない、の指摘はごもっとも。世の中そんなにドラマチックではない)、戦後民主主義第1期生として手探りだった様子が、声高ではないのにリアルに感じられる。日本人は「ずるずる体質」との指摘には、日本だけではないのではと思う。WWII前のドイツもずるずるとナチに引っ張られた。英国では「The Independent」紙がイラク戦争前に開戦反対の論陣を張っていたのにいざ開戦すると「始まったからには…」の論調に変わった(ただし「The Guardian」紙は開戦後も反対のままだった)。とはいえこの講演会が行われた2015年に議論されていたことや当時の雰囲気を(そういえばこんなだった)とハッと思い、忘れかけていた自分の情けなさに気づいたこと、氏が指摘する「倚りかかる」恐ろしさは心に刻んでおかねばと思う。引用されたプレヴェールの言葉とともに。
7.
「ずるずる体質」「責任を取らない体質」の絶対的な歯止めが、憲法九条。体質を変えるか、憲法を守るか。どちらが簡単だろう?
8.
2015年6月29日岡山市民会館で開催された、岡山市主催による岡山市戦没者追悼式・平和講演会での講演記録を大幅に加筆、収録。ということで、とても読みやすい。同調気質の恐ろしさに一人でも多く気づいてほしい。
9..
「平和を繕う」、今大切なことだと思う。
最後のページの「言っておきたいこと」のまとめに主張は全て集約されているが、共感するところしきり。
👧わたしは習●平氏の考え方が知りたい。
本当に、国民が困る「一党独裁」「民族浄化」、時代遅れの「戦争」、ずるい「サイバー攻撃」などをする自分を間違っていないと思っているのか❔
それとも、人間には生まれながらにして基本的人権があることも実は知っていて、
21世紀の国際社会の常識もいろいろな書籍を入手して読んだり、人間から聞いて既に知っていて、YouTubeを見て知っていて、
それでも「一党独裁」「民族浄化」、「戦争」を他国に吹っ掛け、「サイバー攻撃」をしかけようとしているのか❔
こういう党と、こういう人が一国のいちばん上の人だと、世界はほんとうに困るなあ😢
軍事国家のアメリカも困るなあ。
アメリカの場合は基本的人権を知らないはずもない。
それなのに軍事国家だ。
世界でいちばん強い国どうしが
世界でいちばん困った国。
ああ。
一番上という自分の地位を守って党首として良い成績を上げなければすぐに次の党首に足を引っ張られていんとんさせられるだけだから❔
自分と敵国の2人じゃ戦争はできない。
国民を巻き込むのはやめて❗
あたしたちは戦争に賛同しないから。
話し合いが出来ないなら
♟️チェスで戦えば❔
泥んこの中でプロレス❔🥊ボクシング❔
しかし、どちらが勝ってもポリシーが間違っているから嫌だな。
あなたたちは同じ1つの地球に乗っかって生きているのに、地球をボロボロに破壊してナンセンス‼️
大統領や党首になどならないで、
宇宙飛行士になれば良かったのに。
そしたら月から青く美しい地球が見れて
戦争なんかしようと思わないで済んだのに。
『ナンセンスなことに対して
「ナンセンス‼️」と言うのです」(高畑 勲)
👨👩「ウイグルのきのうは、きょうの香港、
あすの台湾、あさっての日本
だから、いま解決」。
(国会議事堂前でデモンストレーション)
👩戦争の悲惨さをいくら訴えても、戦争の抑止力にはならない。
被害者の視点で戦争の悲惨さを伝えることは真の「反戦」とは言えず、戦争を食い止める力にはならないのではないかーー。悲惨さを語る以上に、戦争を起こした過ちを見つめ直すことの重要性を説いた高畑勲監督。
👨戦争を起こした過ちを見つめ直すことの重要性。
👩米国自身が変わって、政治を変える。その可能性は大いにあるのです。
(アメリカは)帝国じゃなくて、
(アメリカは)国際協力をする、
(アメリカは)国連を強化する、
(アメリカは)安全保障理事会も強化する、
(アメリカは)NATOにもよく説明する、
(アメリカは)勝手に決めないで他人の意見も聞く、
そういう方向に進む可能性もある。
米国が少し他人の意見を聞くようになる可能性はあると思います。
国内の意見が割れているからです。
ただ現在は、割れていると言っても批判的な意見はだんだん増えてきているけれども米国内では少数、それが現状です。
将来それがもっと大きくなるかどうかは私はここでは言えません。
大きくなるかもしれないし、小さくなるかもしれない。
大きくなることを望むだけです。(アメリカ国内の批判的な意見が)
(加藤周一)
YouTube 徹子の部屋 加藤周一 1998