10月23日(日)
8時に出発して一時間で明智町に到着。今日の臨時駐車場もやや遠かった。
見慣れた浪漫亭が華やか。
昨日の中井先生の講演きっかけで、また行きたくなった明知城を攻め上がろう。登城口にはガイドツアーご一行様が居た。
必然的に一行の後をついて行く流れ。
スキップとまでは行かないが難なく登れる山城。
V字に整形された薬研堀。
本丸はすぐそこ。
出丸の横にある貯水池を説明していた。樋を使って水を引き入れていたらしく、その樋が多く出土しているそうだ。
ハッキリと二つの区画に分かれている。
解説付きの案内板も完備。
虎口から本丸へ登ろう。
ん?本丸に大勢居るぞ。
春風亭昇太師匠と中井先生だ!「お写真いいですか?」お願いしたら一緒に撮ってくれた。
一通り希望者との記念写真に応じた後、明知城の誇るべき所を語ってくれた。さしずめトークショーの事前練習だと笑っておられた。
いやぁ、まさか会えるとは。
さてさて、明知城は城に住んでいた確率が高く、もしそうなら館があったのは出丸ではないか?その視点で見ると違って見えて来る。
ここなら貯水池も近くて便利なのであり得るかも。
もしもし、隠れキリギシタンは居ませんか?
旗立て石。
一番萌えるのは畝状空堀群かな。
会場に戻ると土岐高山城戦国武将隊の演武中だった。
「春風亭昇太師匠&中井 均さんトークショー」
改めて明知城の魅力と価値を強調してくれた。
→ 明知城は国指定を目指すべき
さぁ、岩村へ移動しよう。でも車で行くには駐車場のキャパが不安だったので明知鉄道にした。
SLの乗車イベントの最中で、多くの子供たち?が手を振っている。動くSLなんて滅多に見れないのでラッキー。
往復切符を購入。磁気コーティングされた感熱紙じゃなくて硬券だった。
ちなみに稲川さんの呟きで「硬券」だと知った。
車両が入って来た。始発駅なのでこれがそのまま恵那行きになる。
あぁ、なるほど。それっぽい。
岩村駅に到着。色んな人が乗っていたなぁ。
乗って来た車両のヘッドマークが山城サミット仕様だった!
駅舎内の岩村駅丼のお店も健在。
久々に岩村駅丼、食べたいな~。
駅前のテントで営業していた。
丼ではなくセパレート。久しぶりの味、旨い!
駅に近い方の商店街は静かだった。
くるみダレの五平餅のお店は臨時休業。先日の東海テレビのマツケンさんぽで紹介されていたなぁ。
歴史イベントでよくお会いする輪っき~さん。先週の関ケ原では石田隊の侍大将を務めていたが、今日は徳川秀忠になって東軍に寝返っていた。
ステージは大賑わい。
テントの隙間から関ケ原組の演武を鑑賞。
狭いステージだから旗は無理だよね?
いや、フラッグ演武やったよ・・
テントを撤去してくれたので見易くなった。
司会の人が「より多くの方に見て頂きたいので前の方はお座りください」とアナウンス。
ところがこのオジサンが座ることを拒否。「座ると見えない」と小声で言い続けてずっと立っていた。
いやん、見えないじゃん・・
昇太師匠と萩原さちこさんが登場。
何とかギリギリお二人が見えた!良かった~。
昨日は「隠れキリギシタン」と称した萩原さん、今日は集まった聴衆を見て「桝形って本当に人が滞留するんだ!」と城攻めを連想して悦んでいた。視点が独特だw
岩村城の六段壁を「お城の年輪」と例えた昇太師匠、さすが上手いなぁ。途中から「後ろの人が見える様に」と立ってトークしてくれた。その優しさにジーン。
「岩村の石高は2万石少々。江戸時代にお城が持てるのは3万石以上からで、それ未満だと代わりの建物の陣屋になっていたはず。2万石でこんな立派なお城と城下町があるのはおかしい。石高に換算できない豊かさがこの町にあったからではないか」
「決して分不相応ではない。無理して立派な物を作っても長続きはしないから。長続きして江戸時代を越えて今もあるということが、石高では換算出来ないこの町の豊かさの証だと思う」
とても良いトークショーだった!岩村城を熱く語ってくれて嬉しかったし。
案内板で桝形を確認。いや、実物はもっと急だよ。
岩村城側の商店街も散策。
松浦軒本店で栗むし羊かん(¥940)を購入。
栗っ栗っ栗~(^▽^)ノシ
女城主も盛大に試飲会をやっていた。
POPに使われているフォントが凄く格好いい。きっと、お酒のラベル用に何種類も購入しているのだろう。
桝形から人が消えていた。祭りの後の寂しさよ。
国指定の美濃柴犬だそうだ。名前はダイフク。
明智へ戻るぜよ。
入って来た車両が光秀仕様だった!
中も色々と楽しいぞ。
つり革の留め具が水色桔梗紋だ!
駐車場にはポツンと1台だけ。
結果的に車で移動しなくて正解だったかも。お城博士ちゃん、岩村に来れなかったのか・・