先月の秋田への旅、
秋田市内での目的は、秋田県立美術館の
藤田嗣治「秋田の行事」だった。(→前記事)
十余年ぶりの鑑賞、
記憶以上にすばらしいと感動した。
さて、今回、私が強く惹かれたのは、
画中に描かれた「香爐木橋(コウロギバシ)」。
(一部なので、著作権問題は、お許しいただけるだろうか)
絵では、「橋を境に祝祭と日常が対照的に展開」している。
橋の右手は祝祭、秋の山王祭に、梵天奉納、
そして「東北四大夏祭り」の竿燈までが描かれる。
季節は夏と秋。
ところが、この橋の左手は、雪の「かまくら」と
秋田の働く人びとが描かれる日常だ。
こちらは冬。
橋は、文字通り、秋田の非日常と日常の架け橋になっている。
・・・と、ここまでは絵を見れば、わかる。
しかし、どうやら、藤田は、
この橋に、もっと意味を持たせていたようだ。
それを確かめたくて、
実在する「香爐木橋(コウロギバシ)」橋を観に行った次第である。
「秋田の行事」鑑賞の翌日、土崎へ向かう途中に探してみた。
レンタカー1台が通るのも緊張する住宅街の細い、
明らかに生活道路と思しき道を下っていくと・・・
谷の底に当たる部分に、橋が見えた。
「これ?」
「え、『きゃらはし』って、書いてあるから、違うんじゃない?」
…と言い合っていたら、
「きゃら橋」「こおろぎ橋」の表示があった。
まちがいない。
藤田が描いた橋は、これだ。
壁画制作のために、藤田が秋田で取材を重ねたのは、
昭和11(1936)年8月から11月のこと。
でも、橋には「昭和15年」(↓)と刻まれている。
月は書かれていない。
皇紀が刻まれてもいた。
(↓)「皇紀二千六百年」、神武天皇が即位して2600年とする
昭和15年は、お祭り騒ぎの年だった。
そのノリのまま、翌年の真珠湾攻撃、
一般庶民も浮かれちゃったんだろうなぁ~。
あの時代に生きていたら、わたしも同じことをしちゃうかなぁ・・・
話がそれたが、ともかく、藤田が取材してから間もなく、
橋は架け替えられたのだろう。
でも、あたりの風景は、そう変わらないはず。
この橋を渡ってすぐのところは共同墓地で、
(↓)江戸時代の紀行家・菅江真道の墓の案内があった。
先を急ぐので、墓参はできなかったが、
この階段を上った墓地の一角に、真道は眠るのだろう。
菅江真道(すがえ ますみ)。
三河出身の武士ながら、博覧強記が高じて、
人生の半ば以後は秋田・久保田城下に移り住み、各地を旅して回る。
菅江の眠る、この奧がポイントだった。
地図上では、この奧を進めば、秋田城歴史資料館にぶつかる。
つまり・・・
ここは高清水の丘を中心とした出羽柵、
後に秋田城と呼ばれた古代の城柵の一部だったらしいのだ。
城柵とは、大和朝廷が東国を支配するための拠点とした
いわば、役所を兼ねた軍事施設のこと。
近くには、江戸時代に福島から秋田を縦断し、
青森へと至る「羽州街道」も通っていた。
羽州街道どころか、それ以前の街道が通っていたとする説もあるそうだ。
また「高清水霊泉」もあり、
古えの旅人が喉をうるおしたのかもしれないとされる。
この地を訪ねた藤田は「古代の香りがする」と喜んだという。
「橋は古代の城柵・秋田城が築かれたこの丘を暗示し、
画面の奥に奈良時代からの時間が流れ、
香爐木橋の上で秋田の時空が交差する」
ー「公益財団法人 平野政吉美術財団 解説資料」よりー
橋の由来と土地感覚を知ると、
絵に対する見方も変わってくる(気がするw)
この日、ここへ来る前に、秋田城歴史資料館を訪ね、
秋田城跡史跡公園(↑↓)も歩いた。
秋田城跡で、もっとも有名で、1番印象に残ったのは、
古代水洗厠舎(こだいすいせんかわや)
つまりは水洗式の手洗い所だ。
掘立柱建物と水洗施設が一体になった、
都にも例を見ない、立派なトイレ。
近くには迎賓館もあったので、
相当な重要人物が使ったと、考えられている。
藤田の頃は復元されていない。
まだ彼は知るよしもなかっただろうけれど・・・
でも、それほどの施設をもった古代の城柵。
今でこそ、広々と重なる緑の丘だが、
かつては、この地の守りの要であり、通商の場として
にぎわっていたことだろう。
藤田もそんな時空の広がりとつながりを感じたに違いない。
前回は、この橋のことなど気にしていなかった。
年齢と共に、自分の興味はは変わっていくが、
今回の「秋田の行事」は、まさに、その典型だったなぁと
感じている。
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おつきあいいただき、どうもありがとうございます。
記事は、以下の資料を参考にまとめましたが、
間違いや勘違いもあることと存じます。
素人のことと、どうぞお許し下さいませ。
📖参考
●公益財団法人平野政吉美術財団
「藤田嗣治≪秋田の行事≫」「藤田嗣治 年譜」
●秋田県立美術館「平野政吉コレクション展Ⅱ」
📷「秋田の行事」の画像は
『藤田嗣治画集 素晴らしき乳白色』(講談社 2002)を使用。