飛耳長目 「一灯照隅」「行雲流水」「万里一空」「雲外蒼天」

「一隅を照らすもので 私はありたい」
「雲が行くが如く、水が流れる如く」

宮澤賢治の最後の手紙

2024年10月09日 08時52分45秒 | 人生論
宮澤賢治の作品は数多くある。
『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『ポラーノの広場』『注文の多い料理店』『どんぐりと山猫』『よだかの星』『雪渡り』『やまなし』『セロひきのゴーシュ』『雨ニモマケズ』『永訣の朝』など。
教科書にも多くの作品が取り上げられている。

特に自分が印象的なのは『永訣の朝』という詩である。
これは宮澤賢治の最大の理解者である妹のトシの死をうたっている詩である。

「けふのうちに
 とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
 みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
 あめゆじゆとてちてけんじや……」

という言葉でこの詩は始まる。
そして、次のようにも言っている。

「うまれでくるたて
 こんどはこたにわりやのごとばかりで
 くるしまなあよにうまれてくる」
 ◎現代訳
  (※人に生まれて来るときは
    今度はこんなに自分のことばかりで
    苦しまないように生まれてきます)」

これらも、宮沢賢治のトシの死に対する思いがつづられている一部である。

この「永訣の朝」をもとに学級で授業をしたことがある。
先行実践はなかったが、自分なりに主題を解釈して、発問を考え、討論しながら子どもたちの意見を聞いていった。
子どもたちは、自分から賢治とトシの関係性を調べてきて、この詩を読解していった。

授業の中で、ある子はこんなエピソードを仲間に紹介した。

「トシは幼少から父の自慢の子であった。
 新しい婦人の生き方にも関心深かった父は、母校の教諭になった娘を誇らしく思っていた。
 その愛娘がながい闘病生活にあえぎ、いま死へ向かおうとするのを見ては、哀れで言うすべもなく、思わず
 『とし子、ずいぶん病気ばかりしてひどかったな。こんど生まれてくるときは、また人になんぞ生まれてくるなよ』
 となぐさめた。
 トシは
 『こんど生まれてくるたて、こんどはこたにわりやのごとばかりで、くるしまなあよに生まれてくる』
 と答える。」

「トシは二へんうなずくように息をして彼岸へ旅立った。
 八時半である。
 賢治は押入れをあけて頭をつっこみ、おうおう泣き、母はトシの足元のふとんに泣きくずれ、シゲ(トシのすぐ下の妹。二十一歳。)クニ(末妹。  十五歳。)は抱きあって泣いた。」
 
仲間がこのエピソードを紹介すると子どもたちは身動きもせず静まりかえって聞いていた。
その学級の光景は今でもはっきり覚えている。
宮沢賢治は「本当の幸せとは何か」「生きる意味とは何か」を生涯、考え続けた。
「永訣の朝」には、妹を思う気持ちとともに、そんな彼の人生観が込められていることを子どもたちなりに理解した。

最近になって知ったことがある。
それは37歳で夭折した宮澤賢治が亡くなる十日前に教え子に宛てた手紙の存在だ。
その手紙の内容は宮澤賢治の人生観を凝縮ているようにも感じる。

手紙は次のような書き出しで始まる。

「八月廿九日附お手紙ありがたく拝誦いたしました。
 あなたはいよいよご元気なやうで実になによりです。……」

そして、末尾には次のような文がある。

「どうか今のご生活を大切にお護り下さい。
 上のそらでなしに、しっかり落ち着いて、一時の感激や興奮を避け、楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きていきませう。
 いろいろ生意気なことを書きました。
 病苦に免じて赦して下さい。
 それでも今年は心配したやうでなしに作もよくて実にお互心強いではありませんか。
 また書きます。」

人生は思うとおりにはいかないことばかりだけれども、すべてを受け入れて今目の前にあることに力を注いで前に進んでいく。
これは賢治の一生を貫いた哲学とも言える。
この短い教え子への手紙にもその考えがつまっていることがわかる。

この文章を書いていてふと思い出した短歌がある。

「愚かなる 吾れをも友と めづ人は
 わがとも友(ども)と めでよ人々」(吉田松陰 留魂録)

留魂録は、松陰が松下村塾の塾生たちに向けて残した最後のメッセージである。
その中には松陰の死生観や塾生たちへの激励の言葉が記されている。
その留魂録に末尾に5首の短歌が添えられていた。
その一つが上記の歌である。

「帰らじと 思い定めし 旅なれば
 ひとしほぬるる 涙松かな」(吉田松陰 涙松集)

安政5年(1858)の末に、罪人として護送される途中、故郷の萩を出立する折りに吉田松陰が読んだ歌である。
当時、この歌を詠んだ松並木の場所が、萩城下が見える最後の場所だった。

教室でのよりよい実践を願って。

saitani


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