私は,巷間言われるところの死後の世界や生まれ変わりは全く信じてはいません。死んだら「無」とします。 そんな私ですが,最近,ある方から『輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語 (講談社現代新書』(竹倉史人著・講談社現代新書)をいただき,興味をひかれました。
その後,しばらくして鹿児島・最福寺の池口恵観法主の新刊 『なぜ今、池口恵観なのか』(田原総一朗プロヂュース)の中でも,「輪廻転生」が取り上げられていたことから,この機会に輪廻転生について書かれた書籍を読み込んでみました。そのうち,印象深かったものを,ブログで5回にわたり取り上げました。
その総括として,福島大学元教授の飯田史彦氏の著書『[完全版]生きがいの創造 (PHP文庫)生きがいの創造』から,特に目についた箇所を今回紹介します。氏は,スピリチアルの分野ではカリスマ的存在の研究者,求道者としても敬われています。
○ 死に関する飯田史彦氏の見解
「すべてのものごとには意味と価値があり、表面的には失敗・挫折・不達のように見えることも、すべて自分の成長のために用意されている順調な試練である」という信念を持つことによって、「その試練に挑戦するだけで、乗り越えたのと同じ価値がある」と考えながら、人生の試練を気楽に乗り越えていこうとする思考法である。
-- との,「ブレイクスルー思考」(出典:『生きがいの創造』p648 PHP研究所刊)を唱え,「万物は存在し続け、死ぬことはない。ただ、ほんのしばらくのあいだ視界から消え、またもどってくるだけのことなのだ。死ぬ者など、いないのである。」とする。
なお,飯田氏は「霊媒体質」で,亡くなったたましいとの対話ができる方という。また,ご自身も死に掛けて、体外離脱いわゆる「臨死体験」もされているとのことである。
同氏は,自著『生きがいの創造』で,人の死に関して,持論を展開している。そのうちで,“死の定義”と,“死後の生命” ”死後にも意識があった場合・・・”の項を,以下に抜粋する。
○二十一世紀における『死』の定義(p340)
「二十一世紀には、『死』 の定義が、新しいものへと変わるはずです。それは、『死ぬということは、体から離れて生きるということである』、という定義です。私たちの正体である意識または魂は、肉体が機能を失うと離れるだけであって、決して宇宙から消えてしまうわけではないのです。この宇宙に存在することを 『生きている』と表現するならば、死ぬということは、単に、体から離れて生きるということにすぎません。体を持っている人も、体を持っていない人も、みな同じく、生きて、いるのです」
○「死後の生命は存在しない」ことは永遠に実証できない」(p622~p623)
「死後の生命は存在する」という命題については、データを蓄積したり、管理された研究条件のもとで科学的に実証することが、方法として可能です。その反面、「死後の生命は存在しない」という命題の場合、当然ながら、そもそも存在しないもの自体を確認することは不可能です。そのため、否定論者は、肯定論者が「存在する」という証拠をひとつひとつ検証し、そのすべてについて「証拠として認められない」ことを、公正な立場から確認する必要があり、すべての証拠が完全に否定された段階で、ようやく「現在のところ死後の生命が存在するという証拠はないため、死後の生命は存在しないものと思われる」という、科学的推論をみちびき出すしか方法がないのです。
しかし、現実には、本書でご紹介したような証拠や現象が山のように存在するため、これらの全てを脳の錯覚や偶然として片付けることのほうが、よほど無理のある非合理的・非科学的態度だと言えるでしょう。
・・・・・・・・ (以下,略)
「死後にも意識があった場合、否定論者は自分の誤りを知るが、死後に意識がない場合、肯定論者は自分の誤りを知ることはない (p624)
「死後の生命」というテーマの解答は、「死後にも意識があるか、ないか」の二通りしかありません。したがって、死後にも何らかのかたちで意識があると考え、そう主張しておくほうが、論理的にみて、絶対的に優位なのです。このことは、理性的な人であるほど、はっきりと理解できるはずです。
肯定論者の場合は、自分が死んだあとに意識があれば、「やはり思っていたとおりだ」と大いに満足することになりますし、万が一、意識などなかったとしても、意識自体がないのですから、「しまった、やはり死後には何もなかった」と知ってがっかりすることも、絶対にあり得ません。しかも、かりに死後には何も残らなかったとしても、本人は最後まで、死後の生命やスピリチュアルな仮説を信じて、大きな希望を抱きながら、夢いっぱいで人生を終えることができるのです。
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┗■ 「輪廻転生」 掲載記事の一覧
・荒行で知られる最福寺の池口恵観法主の本 『なぜ今,池口恵観なのか』・7 - 輪廻転生-その5
・最福寺の池口恵観法主の本 『なぜ今,池口恵観なのか』・6 - 輪廻転生-その4
・荒行で知られる最福寺の池口恵観法主の本 『なぜ今,池口恵観なのか』・5 - 輪廻転生-その3
・荒行で知られる最福寺の池口恵観法主の本 『なぜ今,池口恵観なのか』・4 - 輪廻転生-その2
・荒行で知られる最福寺の池口恵観法主の本 『なぜ今,池口恵観なのか』・3 - 輪廻転生-その1
▼池口恵観氏の人となり
・荒行で知られる最福寺の池口恵観法主の本 『なぜ今,池口恵観なのか』・1
--私自身,死んだら「無」とする考えにかわりはありません。その理由,根拠は,稿をあらためて書き込みます。--
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輪廻転生 | なぜ今,池口恵観なのか | 人は死なない | あの世の歩き方 | |||
821円 | 1721円 | 1404円 | 1150円 | |||
[完全版]生きがいの創造 (PHP文庫) | それでもこの世は悪くなかった (文春新書) | |||||
1620円 | 842円 |