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黒式部の怨念日記

怨念を恐るる者は読むことなかれ

好きな色

2025-01-14 14:13:30 | 人物

と言っても、一枠は白、二枠は黒、痛風の私の足は赤と言った色の話ではない。男色女色の「色」である。

自らの浅学を吐露するわけだが今回の大河ドラマを見るまで平賀源内が男色家とは知らなかった。それどころではない。平賀源内と言ったらエレキテルだから理科系の発明家だとばかり思っていた。いや、そうには違いないのだが、それ以外に作家の顔も持っていたとは知らなんだ。

それにしても、最近、私の周囲では男色の話が目白押しである。例えば、ソクラテス。「ソフィーの世界」に影響されてプラトンを再読しているのだが、ソクラテスを筆頭に登場する人物の多くが男色家で、「饗宴」ではソファにカップルの男男が触れあうように横たわって酒を飲みながら哲学を語っている。ソクラテス(プラトン)に言わせると、そもそも、男男の愛は男女の愛よりも遥かに崇高であり、およそ哲学はカップルであるおじさんと若者との間で「愛の語らい」のように語られるものであるから、哲学と男色は切っても切り離せないのである。私は、十代の頃随分プラトンを読んだが、このことを全く認識してなかったと思う。いったい、何を読んでたのか、と思う。良い陸上選手になるためには子供の頃あまり走りすぎてはダメだというように、哲学書をあまり若いうちから読んでもダメである。

それから、THロレンス。中東の歴史に興味があって、映画「アラビアのロレンス」を観て、大昔にロレンスが出てくるマンガを読んだ記憶が蘇って、たしか男色の話があったよな、と思って、すると1980年代に女子高校生が読んだマンガに「THロレンス」があったって聞いて、それを読みたいと思って(ここまでは既述)、このほどネットオークションで全7巻を1円で落札し(送料が750円)、読み始めたというのが現状である。第1巻を読み終えた時点では、ロレンスが学生時代に中東を旅して、現地の人に襲われて、行為の描写こそはなかったが帰ってきて「痛い」と言ってお尻の辺りをおさえていたから(なかなかリアルな描写である)経験はしたのだろう。この後、ロレンスが正真正銘の男色家となって、自分から男を誘うようになるかは読んでのお楽しみである。

日本の話に戻る。平賀源内が男色家であることは知らなかったが、織田信長と森蘭丸の関係は聞いたことがあった。徳川家康と井伊直政がそういう関係だったという話は最近知った(「どうする家康」で、井伊直政役が小柄な板垣李光人で、登城した際、他の武将たちが「美しいのう」と噂するのはなかなか気の利いた配役・脚本であった)。いずれも「おじさん&若者」というソクラテスが推奨するカタチではある。戦国最強の呼び声高い上杉謙信は女性とは交じらなかったと言うが、さりとて男色家だったかどうかも噂の域である。

以上、とりあげた諸氏の色の好みについては、暮れに大いなる期待を込めて購買した百科事典(CD-ROM)の諸氏の各解説において一切触れられてない。「男色」のページの中で、かろうじてソクラテスが登場するくらいである。残念である。

因みに、知人のカウンター・テナー氏は、歌声は女性のようで女性に交じって歌っているが、若い頃サウナで小太りのおじさんに追いかけられたとき鳥肌が立ってとっとと逃げたそうだからその気(け)はないらしい。でも、彼は女性にからきしもてないのに小太りのおじさんにはもてたんだから、その気があった方が本人のために良かったんではないか、と思う。

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西田敏行さんとキャンディーズ

2024-10-19 08:58:48 | 人物

西田敏行さんが亡くなった。76歳だった。2023年の日本人の男性の平均寿命は81歳を超えているから早すぎる。だが、70歳半ばで訃報を聞く著名人も多い。カルロス・クライバーの享年は74歳だったし、私の父は(著名人ではないが)75歳だった(女性だが、エディタ・グルベローヴァの享年は74歳であった)。このあたりに「見えざる壁」があるのだろうか。

西田敏行さんを最初に知ったのは、10チャンネル(当時の関東)で放送していたヴァラエティの「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」だった。小松政夫さんが♪しーらけどーり……と歌い、伊東四朗さん扮するベンジャミン伊東が電線音頭を踊り狂った伝説の番組である。そのなかに、キャンディーズと加山雄三が小芝居をうつコーナーがあり、そこに登場したのが初めて見る顔=西田敏行さんだった。設定は、言い寄る西田敏行さんをキャンディーズが足蹴にして加山雄三さんにラブ目線を送る、というもの。なかでもミキちゃんはあからさまに設定に忠実だったが、スーちゃんだけは西田さんがまんざらでもない様子。だが、西田さんがスーちゃんのことを「大福のようなほっぺ」と言ったためスーちゃんが気を悪くしたものだった(私も妙なことを覚えている)。因みに、このときの西田さんとキャンディーズのやりとりは、ヴァーグナーのオペラ「ラインの黄金」のアルベリヒとラインの乙女のそれと似ている。

その後、あっと言う間にスターダムをかけ上った西田敏行さんは、大河ドラマでいろんな役を演じたが、私的には秀吉になって佐久間良子さん演じるねねに「おかか、おかか」と呼びかけるシーンが一番脳裏に残っている(秀吉の正妻=北政所は、このドラマでは「ねね」だったが「おね」と呼ぶ向きもあるようだ)。

西田敏行さんは会津(福島県)の生まれだから、大河で薩摩の西郷隆盛を演じる際は「どうしよう」という思いがあったそうだが(会津は会津戦争で官軍と戦った)、長州じゃないからいいだろう、ってことで出演を決めたとどこかで(徹子の部屋?)仰ってた。会津の人にとって恨み骨髄なのは薩摩よりも長州の方らしい。それだけ、会津戦争の怨念は深いということ。往々にして、やった方は忘れるがやられた方は覚えているものである。とかいいながら、西田さんは長州の山県有朋も演じている(あれ?)。なお、代々の総理大臣の顔ぶれを見ると、長州閥ってまだ残ってるの?と思わないこともない。

映画にもたくさんお出になったが、変な意味で印象的だったのは「THE有頂天ホテル」で見た西田さんのお尻。あと、「釣りバカ日誌」の「合体」のシーンも、夫婦が仲よさそうで好きである(このシーンは真っ黒のスクリーンに「合体」の文字だけ浮かび、お尻は映らない)。

昨日、急遽予定を変更した「徹子の部屋」が西田敏行さんを追悼していた。まあ、トークの上手なこと!ようやく食べられるようになったので武田鉄矢さん一家と合同で食事会を開いた際、デザートのメロンではしゃぐ子供に対して「いつも食べてるだろ」とウソをつく話などは抱腹絶倒である。その中で、西田さんは、いずれ田中角栄を演じたい、と仰ってた。あらー、それはなんとしても見たかった。つくづく惜しい人を亡くしたものである。

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