皆さんと一緒に考えましょう

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

「愛してる」と言って亡くなった小林麻央さんの最期を作り話だという医師たち

2021-06-13 15:30:00 | 日記

下記は文春オンラインからの借用(コピー)です

大切な家族やあなた自身がどんな最期を迎えたいと考えているか、赤裸々に話し合ったことはありますか? 「自宅でなら安らかな死が迎えられる」と美談ばかりが語られてきた在宅医療に様々な問題があることが明らかになりました。ドラマや映画の中ではない「リアルな死」を知らない人が多い現代の日本社会。家族も本人も後悔しない“平穏死”を迎えるには、元気なうちから死を自分の事として考えておくことが大切です。
 兵庫県尼崎市で20年以上にわたり在宅での看取りに取り組み、著作『痛い在宅医』(ブックマン社)が話題の長尾和宏医師に、医療現場に詳しいジャーナリストの鳥集 徹さんが「在宅医療のリアル」を聞く最終回です。
◆◆◆
鳥集 モルヒネなどを投与しても耐えがたいほどの苦痛を訴える末期がんなどの患者さんには、鎮静薬でウトウトと眠らせる「鎮静」という方法もあります。長尾先生はどうお考えですか?
長尾 大病院やホスピスでは鎮静率50%と聞いたことがあります。しかし、僕らはほとんど鎮静しません。去年も100人のうち1人やったかどうか。鎮静を積極的に行うべきかどうかについては、実は緩和ケア医のあいだでも議論があります。確かに鎮静をすれば患者さんは深い眠りにつき、苦痛を感じることはありません。ですが、意識がなくなって、無理やり起こさない限りしゃべることができなくなりますし、命が縮んでしまう可能性もあります。これは倫理的に正しいことなのか、日本では犯罪とされる「安楽死」に当たらないのかどうか、慎重に考える必要のあることなんです。
鎮静をあまりやらないのは最期の言葉を残せないから在宅診療中の長尾さん 写真提供:長尾クリニック
鳥集 長尾先生は、どうしてあまり鎮静しないんですか?
長尾 若い人のほうが痛みに敏感で、とても苦しむことが多いので、そうした方には鎮静することもあります。といっても、鎮静薬を点滴で入れて深く眠らせる方法ではなく、ラムネのような睡眠薬を口から飲んでいただき、浅く眠らせる方法をとることが多いです。僕は大病院やホスピスで鎮静率が高いのは、点滴のしすぎで溺れているような状態になり、息苦しさを訴える人が多いせいではないかと思っているんです。それに僕は、やはり意識は大切だと思っていて、せっかく目が覚めてるなら、しゃべってもらったほうがいいと思うんです。小林麻央さんだって、海老蔵さんの帰りを待って、最期に「愛してる」って言い残して亡くなったでしょう。もし病院でたくさんの点滴を受けて鎮静をかけられていたら、最期の言葉を残すこともかなわなかったはずです。
医師までが「作り話だ」と……みんな平穏死を見たことがないだけ
編集担当 ネットの一部では、「死ぬ間際の人が『愛してる』なんてドラマのように言えるはずがない。こんなのは作り話だ」とまで言われて、心ない反応もありました……。
長尾 そう。ある医師限定の医療サイトでも、ほとんどの医師が「作り話だ」と言って、僕が「作り話じゃない」と書いたら炎上したんです。別に炎上するのは構わないんですが、みんな平穏死を見たことないから、知らないだけなんです。僕は麻央さんと同じような人を在宅で実際に見ている。小さな子供がいる30代の乳がんの女性を看取った経験も2例ありますが、死の直前まで訪問看護師や僕と話していました。ですから僕は事実だと思っています。多くの人が亡くなる直前までしゃべってますよ。そういうことを知らない。多くの医師や看護師は自然死、平穏死をまだ一度も見たことがないんです。市川海老蔵さんに「愛してる」と言い遺して息をひきとった小林麻央さん 
鳥集 ご本人が、「眠らせてくれ」と言った場合はどうするんですか?
長尾 睡眠薬をある程度強めに飲んでもらうということになると思いますが、鎮静の判断は本当に難しい。欧米には「パリアティブ・セデーション(緩和的鎮静)」という言葉があり、安楽死とは違うとされているんです。仮に死期が早まっても「何がおかしいんですか? 全然何も問題ないです。どっちみち死ぬでしょう」と。でも、日本だと人為的な薬剤投与でちょっとでも命が縮まったら、「安楽死をやった」と言われかねません。だから、在宅での看取りをする医師がなかなか増えない。
安楽死を認める国も多い欧米との文化の違い
鳥集 欧米ではスイス、オランダ、ベルギーなど安楽死を法律で認めている国も多いですが、肉体は滅びても魂は残るというキリスト教的な考えが強いからでしょうか。
長尾 欧米人は、自分が正常じゃなければ人間じゃない、正常でないなら意識を消してしまってもいいという考え方が強いようですね。でも、日本人には、もともとはっきりした自分がないせいか、死に方も簡単には決められないんです。今日亡くなった患者さんも、昨日、「娘さんは、最期は病院でって言ってるけど、家と病院とどっちがいいの?」って聞いたら、「どっちでもいい」って言って、結局奥さんが家で看取ることを選びました。
鳥集 今の日本社会は「死」というものをすごく遠ざけていて、自分がどんな最期を迎えたいかあまり考えないし、家族とも話をしません。やはりそれはやるべきことでしょうか?
長尾 これが難しくて。僕も一人暮らしの母親に聞いたんですよ。「お母さんもう86歳だし、だんだん動けなくなるから、施設に入るか?」「最後は病院がいいの? 家がいいの?」って聞いたら、「なんてこと言うの!  親にそんなこと聞くものじゃない!」って、えらい怒られて。結局、車にはねられて即死だったんですけど。
鳥集 エーッ。
長尾 あらかじめ元気なうちから、命の終わりについて患者・家族や医療者たちと一緒に話し合っておくプロセスのことを「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と言って、日本でもやっておくべきだと思うんですが、まだまだ難しいと感じる人が多いのが現実です。「もしバナゲーム(Go Wish Game)」という、「もしもの時にどうケアしてほしいか」「どこで誰にそばにいてほしいか」といったことを話し合える米国発祥のカードゲームがあって、日本では亀田総合病院(千葉県鴨川市)の緩和ケア科が中心となったiACPという団体が普及活動をしています。そうした遊び感覚で、ちょっとずつ家族で死の心づもりをしておくことは、いいことだと思うんです。
鳥集 地域の老人会なんかでも、「自分はどう死ぬか」を話し合ってみる会を開くといいかもしれませんね。
長尾 それもいいですね。そうした町づくりに関わることこそ、医師会の仕事なんです。医者嫌いで、在宅医療を受けてないおじいちゃん、おばあちゃんだっていっぱいいます。そういう取り組みを上手にやって、在宅で平穏死を迎える土壌を作るのが、本当は医者の仕事なんです。
高校3年生の時に父親が自殺したトラウマ
鳥集 確か、棺桶に入る体験会なんかもありましたね。
長尾 ええ、僕が理事をしている日本ホスピス・在宅ケア研究会のイベントで入棺体験できるコーナーがあって、僕もしょっちゅう棺桶に入ってます。棺桶に入ると、死との距離が一気に縮まる感じがします。そうやって、死を「自分の事」と考えられるようにしておくことが大切なんです。でも、みんな怖いんですよ。お年寄りの人も入らない。入るつもりで来ているのに、入らない(笑)。ですが、それどころか僕、今度7月7日に生前葬もやるんですよ。
鳥集 え?  まだ早くないですか?
長尾 僕は今年還暦になるんですが、そこまで生きられるとは思ってなかったんです。自分の中では、すごくめでたいことだなと。実は、高校3年生のとき、親父がうつ病で自殺しました。それもあって、自分は長くは生きれない運命にあると思ってきたんです。死に関する本を書くのもその辺に理由があって、要はトラウマ(心の傷)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)なんです。
鳥集 そうだったんですか……。長尾和宏さん 
長尾 なぜ自殺がよくないか。それは残された子どもがPTSDになるから。だから、やっぱり死に関してはナーバスになる。でも、それでも60歳になれそうなので、よかったなということで、盛大にやります。しかし、本当に死ぬ時は逆にひっそりと、誰にも分からないように完全消滅するような死に方をしたいなと。
1人でガンジス川に行って死にたい
鳥集 大切な家族に見守られたいという気持ちはないんですか?
長尾 全然ないです。今ここで言っちゃったらバレるけど、たぶんインドに行って、1人でガンジス川に行って、行方不明になってそのまま帰ってこないみたいな。
鳥集 えー、ガンジス川ですか? 僕なんて1人で死ぬなんて考えられないです……。いずれにせよ、いつか自分も死を迎えると自覚できる仕掛けがないと、死について考えたり語り合ったりするのは、なかなか難しいですよね。
一人暮らしでも在宅死はできる
長尾 死の受容と言うと、『死の瞬間』(1969年発表)を書いた米国の精神科医、キューブラー・ロスの五段階モデル(終末期の患者は、1.否認と孤立、2.怒り、3.取り引き、4.抑うつ、5.受容、と段階を踏んで死を受け入れるという考え方)が有名ですが、実は本人よりも「家族の死の受容」が一番大変なんです。本人は覚悟が出来ていて「もういい」と思っているのに、家族がなかなか受け入れられない。実は日本の終末期医療の問題は、8割ぐらいが家族の問題なんです。だから今、家族に向けた本ばっかり書いています。この本(『痛い在宅医』)も、本人より家族に読んでほしいと思っています。とくに遠くに住んでいる息子さんや娘さんたちに。
鳥集 家族の問題は、よく聞きますよね。せっかく在宅で死を受け入れる準備ができているのに、「なんで病院に連れて行かないの」って、離れて暮らしてる娘や息子がやってきて怒り出すという。実は、在宅医の先生方にうかがうと、一人暮らしの患者さんを看取るほうがかえって楽なんだと言います。家族のいる人はいろんなことを言う人がいるので、意見がまとまらず困ることが多いと。
長尾 そうなんです。病院の方々も「一人暮らしの方は、在宅は無理です」って言うんだけど、私たちからしたら「なんでできないの?」って思います。だって、世の中一人暮らしの高齢者だらけじゃないですか。65歳以上の人の独居率は3割近くにもなっています。長生きすればするほど、いつか一人暮らしになって、しかも認知症になるんです。それが普通のことなので、町を挙げて包み込み、柔らかく見守る。建物でなく町が病院になる。そんな社会になるべきです。でも、医者が一番頭が固い。とくに病院でわかっていない人が多いんです。病院の医者が「在宅の看取りなんてインチキだ」と思っている限り、なかなか世の中の空気は変わらないですね。
それでも家で死ぬのは幸せなこと
鳥集 今回のテーマは、国が在宅医療に本腰を入れて10年以上たち、そろそろ美談ばかりでなく、ダメな現実も見るべきだという話だったわけですが、インタビューの最後ぐらいは希望を持てるような終わり方にしたいと思います。いろいろ問題はあっても、やっぱり在宅で看取るほうがいいんですよね。
長尾 はい、在宅死は非常にご家族の満足度が高く、「死んだのにこんなにありがたがられるのか」というぐらいご家族から感謝されます。別に自慢しているわけじゃないけど、家で死んで後悔する家族って僕らは知らないんです。人類はみな「遺族」ですから、僕らはお看取りした家族は遺族とは言わず、家族と言うんですが──みんなで思い出を語り合う家族会をすると、たくさんの方が来られて、みんな「よかった」って口々に言いますよ。家で看取って、悪いことなんて一つもないからです。
鳥集 逆に病院ではたくさんの管をつけられたあげく、心停止した瞬間に蘇生措置をするために、「ちょっと病室から出てください」と言われて、家族が患者さんの死の瞬間に立ち合えないと言った話もよく聞きました。そのような無理な延命治療や蘇生措置は減っただろうとは思いますが……。
「こんなに楽に逝くとは思いませんでした」
長尾 なんで在宅死をよかったと思うかというと、病院での死をみんな知っているから。お母さん、お父さん、兄弟などが病院でえらい目に遭って、えらい死に方をして、あれだけは嫌だと思っていた。だけど、家では全く違った。「まさかこんなに楽に逝くとは思いませんでした」「先生、思ったよりずっと楽に逝きました」。ほとんどの人がそう言います。2人、3人と在宅での平穏死を経験した家族は自信満々になりますね。もう分かっているから。でも、初めての人は全員ビックリする。「人ってこんな楽に死ねるんですか」と。異口同音に言うんです。だから、死んだ瞬間に笑顔になる。「先生、朝ご飯食べませんか?」。そう言われることもある。ほんとに、そんな感じなんですよ。
鳥集 まさに、死が日常の中にあるという感じですね。この『痛い在宅医』の中には、〈正しい在宅医選び10カ条〉も記載されています。
長尾 はい、まずは看取りの実績が多い医師を選ぶことが大切です。それには、僕が監修した『さいごまで自宅で診てくれるいいお医者さん』(週刊朝日ムック)が参考になりますので、精読することをおすすめします。また、24時間対応の内容や、診療所の医師数も確認してください。それから、家族だけで受診して在宅医と話し、医師との相性を確認することも重要です。可能なら、訪問看護師さんやケアマネージャーさん、それから実際に在宅看取りを経験したご家族から話も聞いてみてください。
鳥集 多くの人が「よかった」と思える看取りができるよう、在宅医療のレベルアップを望みたいと思います。本日はどうもありがとうございました。
長尾和宏(ながお・かずひろ)
医学博士。医療法人社団裕和会理事長。長尾クリニック院長。一般社団法人 日本尊厳死協会副理事長・関西支部長。


作家・佐藤愛子「2度の離婚も、借金も…つまずいたら起き上がるしかない」

2021-06-13 13:30:00 | 日記

下記は婦人公論オンラインからの借用(コピー)です

ベストセラー『九十歳。何がめでたい』など、軽妙洒脱なエッセイが人気の佐藤愛子さん。初エッセイから最新まで本誌掲載作を収めた『気がつけば、終着駅』では、人生の終わりを見つめています。97歳の佐藤愛子さんの胸のうちは(構成=本誌編集部 撮影=宮崎貢司)
──著書のタイトルは『気がつけば、終着駅』。どういう思いでつけられたのでしょうか。
もうおしまい。それだけのことですよ。とにかく、まっしぐらに生きてきました。あまり先のことを考えずにここまできたけれど、気がついたら人生の終わりに来ていた。
『気がつけば、終着駅』(佐藤愛子:著/中央公論新社)
私の干支は亥ですからね。猪突猛進してきて、80代までは歳のことを考えなかった。それが90を過ぎると五感は衰え、体はあちこち悪くなってきて。そこで初めて人生の終わりに来ていることに気がついた、ということです。
今回の本は、50年以上前から今日までに『婦人公論』に書いたものを集めたものです。『婦人公論』からエッセイの依頼を受けたのが、プロの作家としての私の第一歩でしてね。それが昭和40年ごろでしたかね。
その時から今日まで50年あまり『婦人公論』とおつきあいしてきたわけで、その50年の間に世間も変化し、私自身も変化してきました。その間のエッセイを年代順にまとめると時代の推移が見えて面白いかも、と思って、本を出してもらう気になったんです。

初エッセイは「悪妻」について
──芥川賞候補になった小説「ソクラテスの妻」がきっかけで初めてエッセイを依頼されたのは1963(昭和38)年。39歳だったこの頃は、佐藤さんの人生においてどのような時期でしたか。
売れない小説家でした(笑)。2度目の結婚をして娘が生まれ、夫の田畑麦彦も作家を目指していました。ちょうど、田畑の父が亡くなって、夫婦で売れない小説を書いていることができるくらい遺産をもらうという、結構な身の上でしたので、傍目にはのらくら夫婦に見えていたと思いますよ。いや実際のらくらでしたね、夫婦とも。その後でドカッと罰が下りましたけど。
わが家は同じような小説家志望の友人のたまり場のようになって、夕飯は私の家で食べるのが当たり前みたいに思ってる手合いがいたんですよ。のらくらの私の中にも眠っていた「主婦気質」というようなものが目覚めてきて、怒ってばかりという生活に。
それで書いたのが「ソクラテスの妻」です。あの作品によって私は、男を攻撃する女としての立場を確立したんです。確立ってのもヘンだけど(笑)。つまりは原稿注文が来るようになったってこと。
──メディアに「悪妻代表」と書かれた佐藤さん。初エッセイ「クサンチッペ党宣言」は、伝説的悪妻と名高いソクラテスの妻クサンチッペとご自身を例に、悪妻とは何かをユーモラスに書いたものでした。なぜ「悪妻」が注目されたのでしょうか。

初エッセイ「クサンチッペ党宣言」(『婦人公論』1963年8月号より)
すべての写真を見る
「われわれは堂々と悪妻の座にいればよいのです。自然のままのわれわれ自身でいればいいのです」
***
もともと「悪妻」というのは、男社会が一方的につくり出した概念です。男が勝手に女の理想像をつくって、そこから外れた女を悪妻と呼んだ。私が「悪妻たれ」と言い出したのは、当時としても珍しかったでしょうね。
日本の女性は、長い間、妻というものは夫に仕えるものだという考え方を妄信し従っていました。あのエッセイを書いたのは、女性たちのそんな考え方が変わってきたから。女が男の理想から外れはじめたんですね。
なぜ変わったかというと、戦争に負けたからでしょう。敗戦でそれまで私たちが教わってきた道徳というものが全部ひっくり返った。
戦後の男たちは疲れ果て、自信を失っていましたね。とにかく敗戦国ですから。食べるものはなし、仕事はなし、家はバラックで失業者だらけですよ。
そこで女たちが生きる力を発揮したわけです。女は子どもに食べさせるものがなければ、必死になってお芋やお米を手に入れようとする。戦後、主食は配給以外で買うと法律に触れました。だから女たちは鉄道で近在の農家へ行くのね。持ってきた着物だなんだを渡して機嫌を取り、わずかばかりのお米を分けてもらう。
帰りに駅で見張っている警察に没収されないよう、背負ったお米に毛糸の帽子をかぶせて赤ん坊に見せかけて運んだり、知恵を絞ってね。たくましいでしょう。そうやって一家を食べさせたのは女なんです。そのあたりから女は実力で強くなっていきました。
それで男と女の力関係というものは次第に変わっていったんですね。
苦しい経験も糧になる
──第2作は田畑氏との再婚を入り口に女性の人生の選択について記した「再婚自由化時代」(1963年)。このなかに「人生のつまずきは、さらに新しい人生へ向う一つの契機にほかならない」という一文があります。その後、佐藤さんは田畑氏の破産が原因で離婚、その借金を自ら返済するなどたくさんの苦難を越えてこられました。つまずきから立ち直るために必要なものとは何でしょうか。
「再婚自由化時代」(『婦人公論』1963年12月号より)
すべての写真を見る
「忍耐だけで成立っている結婚生活をしているよりは、別れた方がよい。別れて一人で無理な頑張りようをしているよりは再婚した方がよい」
***
そんなものありませんよ。だって、つまずいたら起き上がるしかないわけでしょう? 倒れっぱなしっていうことはないんですから。人間は自然に起き上がって次の人生に向かって歩き出すものなんです。
またつまずくかもしれませんよ。私みたいに深く考えない人は、つまずきが多いの(笑)。だけど、つまずきをマイナスだと思わなきゃいいだけの話。つまずきのない人生なんてあるわけないんですからね。
夫の会社の倒産で私が借金を肩代わりしたことも、つまずきとは思ってないですよ。あのとき私はそうしたかった。それだけのことです。

──田畑氏との離婚後のエッセイ「三人目の夫を求めます」(1971年)では「心の柔軟性を保つために(三度目の)結婚したい」と書いています。結婚は女性にとってどういうものと考えていらっしゃいますか。
「三度目」は文章の行きがかり上書いただけで、現実にはありませんよ(笑)。
ただ、柔軟性というのは経験の量から生まれますから、苦しい経験も大いにしたほうがいいと私は思っています。
娘が結婚するときに、「酒もタバコもやらん堅い男をムコにすれば、一生安泰」という親心は、間違ってると思うんですよ。結婚生活というのはそれまで思ってもいなかったようないろんな経験、つまりは修業をすることになりますから。
ひとりでいたって大変なことはありますよ。でも結婚したほうが、それまで思いもよらなかった他人の考えと衝突して、たくさんの経験をすることになる。
他人と生活を共にするってことは、経験のし甲斐があると私は思っていますね。どんなに大変な目に遭ったとしても。
「三人目の夫を求めます」(『婦人公論』1971年7月号より)
「一度、二度と経験したことによって、私は自信が出来た。二度と失敗せぬという自信ではない。失敗しても平気、という自信である」
50年の変化とは
──前書きには「それにしてもこの五十年間の日本の変りようはどうでしょう! 国の変化に伴って、日本人、男も女も老人も子供も変貌して来ました。同時にこの佐藤愛子も変化してします」とあります。50年の変化とはどういったものでしょうか
この世の中は、良くも悪くも変化するのが当たり前。現状よりもさらにいい暮らしを、と思えば当然状況を変化させようとする。しかし歳をとると変化に対応することが厄介になってくるから老人は変化を好みません。今の私がそうです。
この国が最も変化したのは、かつては精神性に重きを置いていた日本人が、こぞって物質的価値観になったことですね。
たとえば学校でイジメられている子どもがいる。昔の親はそれを聞いて「お前はその子の味方をしてイジメっ子と戦いなさい」といったものです。しかし今は「さわらぬ神にたたりなしという言葉があるからね。知らん顔してないとお前がイジメられるようになるかもよ」と教える。
50年前は古い日本人の精神性というものがまだいくらか残っていた。何が美徳か、美しい行いとは何かを子どもに教える大人がいました。でも今は美徳を教えないで、損得を教えるようになっていますね。
美徳とは何かって? いや、それについてしゃべり出すと、終わらなくなるからやめましょう。「君はヤバン人か」と昔、遠藤周作さんに言われたことがあるけれど、私はなんだか時代オクレの人間のようなんですね。
ですから、何かの相談を受けても「私の言うとおりにしたら、ろくでもない人生になりますよ」と断ったうえで答えています(笑)。まず損得ということは無視して生きてきました。これだけでももう、時代錯誤ですね。
佐藤愛子
さとう・あいこ
1923年大阪府生まれ。69年『戦いすんで日が暮れて』で直木賞、79年『幸福の絵』で女流文学賞、2000年『血脈』で菊池寛賞、15年『晩鐘』で紫式部文学賞を受賞。17年、旭日小綬章を受章。近著に『九十歳。何がめでたい』『冥界からの電話』など 


眞子さまと小室圭さんの結婚問題が長引くほど、加熱する「愛子天皇」待望論と重圧

2021-06-13 11:00:00 | 日記

下記の記事は週間女性プライムからの借用(コピー)です

 4月に学習院大学文学部2年生となられた愛子さま。昨年、新型コロナウイルスの影響で中止になった入学式が1年遅れてオンラインで行われたが、今もオンラインでの授業が続いている。
「大学生になって、まだ一度もキャンパスライフを楽しむことができない状況ですから、愛子さまだけでなく、たくさんの学生はストレスが溜まっていると思います」(大学関係者)
長引く結婚問題と愛子さまへの期待
 皇室の話題は眞子さまと小室圭さんの長引く結婚問題に注目が集まるが、一方で、12月には20歳を迎え成年皇族となられる愛子さまへの期待度は高まるばかり。
「政府は3月に皇位継承のあり方を検討する有識者会議をスタートさせ、すでに3回目のヒアリングを行っています。最大の論点は皇位継承の資格を女性に認めるか、さらに母方が天皇の血筋を引いた子どもが即位する『女系天皇』まで拡大するかという点でしょう。
 次世代の皇位継承資格者が、秋篠宮さまの長男・悠仁さま一人だけという現状を考えると、この女性・女系天皇への支持は大きくなって当然でしょう」(皇室記者)
 実際、昨年春に共同通信が実施した世論調査では女性天皇への賛成は85%、女系天皇への賛成も79%にも上がっている。
「さまざまな世論がありますが、中でも多いのは『愛子さまを天皇に』という女性天皇を認める意見です。今後、愛子さまが成年皇族として単独公務にお出ましになれば、国民の“愛子天皇待望論”はさらに加速すると思います」(同前)
 こうした声が多いのは、眞子さまの結婚問題が長引き、「なぜ娘の結婚を止めないのか」といった秋篠宮ご夫妻への不満によって「国民からの批判が高まっているからでは」と話すのは皇室ジャーナリスト。
「小室さんの母親・佳代さんの借金問題から始まって、遺族年金詐欺疑惑などに対する明確な説明がなされないまま、いわば“放置”した状態で、いきなり、あの4月の小室文書ですからね。その後も佳代さんの“フェイク入院説”やら、一転して解決金を支払うという一貫性のない説明に批判は止まりません。
 特に、皇籍離脱に伴って眞子さまに支給される約1億5千万円の“一時金”や、結婚した後も皇室に残る『女性宮家』が万が一成立した際に“眞子さまへ支払われる皇族費が10数億円にのぼる可能性がある”などと報じられるたびに、眞子さまと小室さんだけではなく、秋篠宮家への逆風は強まるばかりです」
 愛子さまが即位されることに対する国民の支持率が高い現状を、天皇陛下と雅子さまは複雑なお気持ちで見守っていらっしゃるという。
「両陛下は、愛子さまの人生は“自分の意思で歩ませてあげたい”というお気持ちを抱いていらっしゃるそうです。​また、あまりプレッシャーをかけてしまうと愛子さまや雅子さまのご負担が増えてしまう心配もあります。ただでさえ、コロナの収束が見えず国民の苦しみに心を痛めていらっしゃいます」(皇室記者)
 皇位継承に関する議論はまだまだ時間を要するが、眞子さまの結婚問題は一日も早く解決すべき事柄であることに変わりはない。


「連続して運動する」より「細切れに立ち歩く」方が脂肪は燃える!

2021-06-13 08:30:00 | 日記

下記は日経グッディオンラインからの借用(コピー)です  記事はテキストに変換していますから画像は出ません

代謝には個人差がある、と聞いたことがある人も多いだろう。スリムな人やよく汗をかく人を見ると「なんとなく代謝がよさそう」と思うが、はたして自分の代謝はどうなのだろう…、代謝を上げる方法はあるのだろうか? と思っている人もいるかもしれない。実際に代謝を測定する装置があるということで、その装置を見に行くと同時に、それを使った研究で分かった代謝アップのコツについて、国立健康・栄養研究所基礎栄養研究部の田中茂穂さんらに話を聞いた。
代謝を測るヒューマンカロリメーター
 案内された国立健康・栄養研究所の一室には、6畳ほどの部屋が2つあった。中にはベッド、机、トイレがあり、一見、大学生のワンルームマンションの一室のようだ。部屋のドアは分厚く、外気を遮断した気密室となっている。部屋の前には被験者の状態を見るモニターが並ぶ。この装置全体をヒューマンカロリメーターというそうだ。
これが代謝を測定する装置だ!
国立健康・栄養研究所にあるヒューマンカロリメーターの様子。ワンルームマンションの一室のよう(写真左)。この部屋にはないが、もう一室ルームランナーを置いてある部屋もある。奥にはトイレがあり、デスクは蓋を開けると流しや洗面台として使えるようになっている(中央)。食事の受渡しは専用の小さな扉を通じて行う(右)など、測定中は一歩も外に出ずに生活できるようになっている。
 「この部屋はヒトの日常生活をシミュレーションできるようにしたもので、被験者はこの中で食事をしたり、運動をしたり、眠ったりして日常生活を再現して過ごします」(田中さん)
 それで、なぜ、エネルギー消費量が測定できるのだろう?
 「私たちは酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しています。この2つの濃度の変化を測定して計算することで、1日あたりのエネルギー消費量や、安静時、睡眠時、運動時などのエネルギー消費量を正確に推定することができるのです。また、利用された糖質、脂質、たんぱく質を推定することもできます」(田中さん)
 ふだんは、特殊なマスクをつけて呼気を集めているが、その方法だと長時間の測定や、食事中の測定などは不可能だ。ヒューマンカロリメーターは、部屋中をマスクの中にしたような装置なのだという。
身体活動代謝の個人差は約400kcalもある
 「この装置を使って、8時間の睡眠、30分間×2回の歩行、30分間の掃除、各1時間の座位や立位での安静などの一定の条件下で24時間測定した場合、(基礎代謝量とほぼ同じ値となる)睡眠時代謝量が一定でも、エネルギー消費には1日400kcal程度の個人差が出ることが分かりました」(田中さん)
 つまり、日常生活の動きで消費するエネルギー量には、個人差があるということだ。400kcalといえば、コンビニのおにぎりおよそ2個分のカロリーに相当する。この差は一体何から生じるのか。
400kcalの差が出たワケ
 本シリーズの第1回「体脂肪を落とすカギは“代謝”!なかでも意識すべき『ニート』って何?」で、代謝には基礎代謝、身体活動時代謝、食事誘発性熱産生(DIT)の3種類があり、身体活動時代謝には、「あえて」する運動と、日常動作の2種類があることを述べた。この調査の運動は日常動作を示している。
◆「座った姿勢」と「立った姿勢」ではエネルギー消費量が10%異なる
 「400kcalもの差に大きく影響したのは、立っている時間が多いか、座っている時間が多いかの違いです。この調査では、被験者がやることはある程度決まっていますが、24時間のうちの半分は自由時間です。そのときの過ごし方によって差が出ることが分かりました」(田中さん)
 エネルギー消費量は、横になっているのとじっと座っているのでは10%、じっと座っているのとじっと立っているのでも10%違うという。
 「座っていると、どうしてもじっとしてしまいます。立っていると姿勢を変えたり、サッと移動しやすい。つまり、立っていると脚やお尻などの大きな筋肉を動かしやすくなるのです。そういった点から、立っている時間が長いとエネルギー消費量が増えると考えられます」(田中さん)
座っている時間を細切れにして脂肪を燃やそう
 また、「あえて」行う運動についても興味深い調査がある。
 「連続した運動と断続的な運動の違いを調査したところ、85分の連続した運動よりも、5分運動して25分休むことを17回繰り返したほうが、脂質が多く燃えるという結果が得られました(※1)。これは、断続的に運動するほうが、連続して座っている時間が少ないことが関係していると考えられます」(田中さん)
 長時間続けて運動すると、その後はゆっくり休んでしまう。一方で、ちょっと運動しては休み、また運動することを繰り返すほうが、結果的には座っている時間が短くなるのだという。
 「ずっと座っていると、肥満や糖代謝異常、脂質代謝異常を招きやすくなります。しかし、アメリカで行われた健康・栄養調査のデータを分析したところ、トータルでは同じくらい長く座っていても、その間をブレイクする、つまり、ブツブツ断ち切る人は、肥満や糖代謝異常、脂質代謝異常になりにくく、ウエストを比較すると約4cm小さいことが分かりました(※2)」(田中さん)
 座っている時間を減らすことが大切だという研究は、現在、海外にも数多くあり、注目を集めている、と田中さん。
 「メカニズムは明確になっていませんが、座った姿勢が続くと、細胞のエネルギー源を利用しようとする酵素の働きが抑えられ、眠った状態になってしまうからかもしれないと考えられています。ときどき立ち上がると、酵素の働きを眠らせないため、脂肪燃焼が促されます。また、脂肪燃焼を維持することで、食欲をコントロールできるのではないかともいわれています」(田中さん)
◆座りっぱなしよりこまめに立ったほうが脂肪は燃える
 仕事中はパソコンに向かいっぱなし、という人は少なくないだろうが、「理想をいえば10分おき、長くても30分おきに立ってトイレに行ったり、コピーを取りに行ったり、お茶を飲みに行くなどするといいですよ」と田中さん。
 最近では、立って仕事ができるデスクなども出てきている。そこまでは導入できないとしても、携帯のアラーム機能などを利用して、座りっぱなしにならないように気を付けてみてはいかがだろうか。
 そんなに立ったり座ったりしていては、仕事にならないのでは? とお思いの方もいるだろう。「仕事の効率については研究され始めていますが、少なくとも、“効率が下がっていない”という研究結果があるようです」(田中さん)
家でも立つ時間を増やそう
 立った姿勢で断続的に活動することが、エネルギー消費に有効であることを示す研究はほかにもある。「花王と共同で実施した活動量計を使った調査の話ですが、1日の活動量が最も多いのは、次のどのグループだと思いますか?」と田中さん。
1. 男性(仕事あり)
2. 女性(仕事あり)
3. 女性(仕事なし)
 営業職や肉体労働の男性は歩く距離が多そうだし、仕事と家事で忙しい有職女性も動いていそうだな…と思った方は多いだろう。ところが、正解は「だいたい同じ。統計的な差はなし」だという。
    * 男性は、仕事での活動量は多いが、家事での活動量は少ない。
    * 女性(仕事あり)は、仕事での活動量は男性より少なく、家事での活動量は仕事なしの女性よりは少ないものの、男性よりは多い。
    * 女性(仕事なし)は、家事での活動量が多い。
 「家事は30分、1時間と連続してやるようなものは少ないですが、家庭の主婦は、10分間洗濯物を干して、15分間掃除して、ちょっと休んで、食事の支度…というように、立った姿勢で、強度が弱い運動を断続的に行っています。歩行量のわりに活動量が多いのです」(田中さん)。
 つまり、家事はエネルギー消費の面で侮れないということだ。
 「家事はすべて妻任せで、家では座りっぱなし」という男性は、スポーツクラブに入会するよりも、家事を頑張ってみてはどうだろう。脂肪が燃えて家庭円満と一石二鳥の結果が得られるかもしれない?!
ヒューマンカロリメーターが“見える化”した代謝
 ヒューマンカロリメーターを用いることにより、長時間のエネルギー消費量が測定できるようになった、ということは前に述べた。この装置を使って、食事の時間とエネルギー消費について調べた研究(※3)でも、興味深いことが確認された。全く同じ内容の食事でも、19時に食べる場合、22時に食べる場合、19時と22時に分けて食べる場合(※4)では、エネルギー消費量や、食後の血糖値の上がり方やインスリンの出方が異なることが分かったのだ。
 研究結果を分かりやすく示した、驚きのグラフを見て見よう。
夜遅い夕食はやはり肥満の敵だった!
◆夜遅い夕食だとエネルギー消費量が低くなる
◆遅い夕食だと血糖値やインスリンが高い状態が続きやすい
健常成人男性10名を対象に測定。朝食・昼食を同じ時間にとった後、夕食を「早い夕食」(19時)、「遅い夕食」(22時)、「分食」(19時に約4分の1、残りを22時)の3パターンに分けてとることを10名全員にヒューマンカロリメーター内でやってもらい、測定結果を比較した。就寝時刻はいずれの場合も24時。30th Annual Scientific Meeting of TOS 2012 San Antonioの学会発表資料より花王基盤研究セクターが作図したものを改変
[画像のクリックで拡大表示]
 「19時に夕食をとると就寝までの間に一定のエネルギー消費量を保ちますが、22時に夕食をとるとすぐに就寝することになるため、エネルギー消費量が一気に低下します。この研究では、1日約45kcalの違いとなりました。これは年間約2.3kgの体脂肪増加に相当します(※5)。また、遅い夕食は、極端な空腹状態でいきなり食べることで、食後の高血糖や高インスリン状態を引き起こすことも確かめられました」(花王基盤研究セクター高瀬秀人さん)
 食事をすると一時的に血糖値が上がるが、正常であれば、食後約2時間以内には正常値に戻る。食事から2時間後の血糖値が140mg/dL以上ある場合を「食後高血糖」というが、この状態が続くと、糖尿病を発病したり、動脈硬化のリスクが高まるので、放置するのはまずい。空腹時血糖が正常だとなかなか見つからないが、食後高血糖は「糖尿病予備軍」といえるのだ。
 上の血糖値やインスリンのグラフの数値は食後1時間後のものだが、遅い夕食では、まだかなり血糖値が高い状態が続いていることが分かる。インスリンは血糖値を下げるホルモンなので、インスリンの分泌も高い状態が続いている。
 夜遅い時間に夕食を食べると肥満やメタボになるということは、なんとなく理解していた人も多いだろうが、こうして改めて数字で見せられると、「遅い夕食はやめたほうがいい」と素直に思えるはずだ。
夜遅くなる人は、その前に少しだけ食べる「分食」がおすすめ
 とはいっても、仕事の都合で早い夕食は無理、という人も多いだろう。そこで注目なのが分食だ。「分食しても、エネルギー消費量は遅い夕食と変わりませんでした。しかし、食後の血糖値やインスリン分泌は、早い夕食に近いという結果が得られました」(高瀬さん)
 つまり、分食すると糖代謝を改善できる可能性が高いのだ。
 「分食すると、空腹感が抑えられるため、遅い時間の過食を抑えられるという効果も期待できます」(高瀬さん)
 早い夕食が無理な人は、せめて、分食を心がけるといいだろう。残業前におにぎりなどを食べて、帰宅してからおかずを食べるなど、ちょっとした工夫で肥満や糖尿病を防げるかもしれないなら、試してみる価値はある。これも前回触れた「スモールチェンジ」の一つだ。
 ヒューマンカロリメーターは、代謝を“見える化”する装置だ。代謝アップのために有効なエビデンスデータがますます出てくることを期待したい。
※5 脂肪1gは9kcalだが、体重を1g減らすために消費すべきエネルギーは7kcal
田中茂穂(たなかしげほ)さん
医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 基礎栄養研究部長
1964年生まれ。1987年東京大学教育学部体育学・健康教育学科卒業。1993年同大学大学院教育学研究科体育学修了。東京大学教育学部助手、茨城大学教養部講師、茨城大学教養部・教育学部助教授を経て、2001年3月より国立健康・栄養研究所に所属。専門はエネルギー消費量および身体活動の評価法、エネルギー代謝の変動要因の検討など。