毎日の生活がガラリと変わったのは言うまでもない。
家にいた頃は日曜日は思いっきり寝坊していても
母はなにも言わなかったし、内職の手伝いを強要された事もない。
要するに連れ子という目の上のタンコブが
居なくなって少しは平和になった家で
多少のさざ波を起こし始めているのに 戦々恐々としていたのかもしれない。
ボスの目が行き届く所での生活は、母も安心して子育てできて
お金の苦労が無くなったことは大きかったと思う。
それでも、じっとしているのが苦手な母は ミシンの内職も始め
何を思ってかリスを飼いだして世話をしていた。
心の平静を取り戻したのかな?
(全然かわいくないリスでね、人が寄って行ったらキバを向けた(^_^;)
運命の人として4番目は
ボスの女将さんに!
黙って家族を受け入れてくれたボスにしたいところだけど
女将さんがいてこその一族郎党だったと思うので。
私は失礼ながら「おばさん」と・・・
まるで母親代わりのおばさんからは
経営者の妻としての姿を見た。
夫を支え、従業員を大事にし
出入りの米屋さん酒屋さんクリーニング屋さんで
働く人たちのへの心付けも怠りなく
地区の人たちとの付き合いも大切にする
部屋の掃除の仕方、電話の取り方、接客の仕方
さまざまな事を見よう見まねで覚えた。が
料理だけは一切手伝いしなかった。後片付けだけ!
何のためのお手伝いさんなんやら(笑)
おかげで未だに料理ベタでいる^^
もしも、ここでの生活が無かったら、今の私は無いかもしれない。
将来に向けての人生勉強の時だったのかもね。
4年制の最後の1年はここから通った。
2つの路線を乗り継いでだから帰宅は10時
いつも待っていてくれてご飯を出してくれた。
私が無事卒業した暁にはさぞほっとされたろうね。
私は性格的にのほほんとしているので
おばさんの苦労なんか知る由もなかったけど
私がいた3年間この家のためになったのかって言えば
多分なってなくて迷惑ばかりかけていたと思う。
成人式も 嫁入りもここから出してもらった幸せ者だ。