「赤ちゃんポスト」と強く結び付く「困窮下の女性」にかかわるニュースが報じられました。悲しいニュースです。
妊娠ばれるので病院行かず~2乳児遺棄の女
< 2010年4月1日 15:29 >大阪市西淀川区で、ベランダに置かれたプランターの中に乳児の遺体を埋めたとして逮捕された女が、「病院に行ったら妊娠がばれるので行かなかった」と話していることがわかった。女は1日、送検された。
この事件は、死体遺棄の疑いで逮捕された大阪市西淀川区の無職・佐久真久仁子容疑者(37)の自宅のベランダに置いてあったプランターから2人の乳児の遺体が相次いで見つかったもので、佐久真容疑者は、2人を産んで埋めたことを認める供述をしている。
その後の警察の調べに対し、佐久真容疑者は「病院に行くと妊娠していることがばれるので行かなかった」と話していることがわかった。佐久真容疑者には借金があり、「交際相手の子供を妊娠したことが家族に知られたら家にいられなくなり、行くところがなくなると思った」などと話しているという。
この記事を読むと、ドイツで使用される「困窮下の女性」という概念の意味がはっきりと分かってくるはず。
この容疑者の女性は、2人の子の殺害者でありながら、同時に苦しみを背負った(背負い続けた)助けの必要な女性でもあった。出産か、殺害か、という究極の選択を下さなければならない、まさに「待ったなしの状態」である。
上の記事にもあるように、容疑者の女性は、「妊娠していることがばれる」ことを恐れていた。そういう女性はこの国にもいるのだ。このことを配慮するのが、赤ちゃんポストで使用される「匿名性」という概念なのである。「匿名の出産」という概念は、まさにこの容疑者のような女性のために使われる概念だった。
もし、この容疑者がドイツ人女性で、赤ちゃんポストの存在を知っていて、その連絡先を知っていたならば、その子は赤ちゃんポストに預けられ、その3ヶ月後以降に養子縁組となり、別のドイツ人に育てられることになる。また、赤ちゃんをポストに預けた女性は、匿名のまま預けるので、赤ちゃんを遺棄したことにならない。ゆえに、預けた後、そのまま女性は、普通に社会生活を送ることができる。(当然、赤ちゃんポストに預けた罪の意識にさいなまれるだろうが、「殺人者」になることはない)
だが、ここは日本だ。困窮下の女性を救済するシステムがなく、またその理解も乏しいゆえに、誰にも相談できず、病院に行くこともできず、そして、一人追い詰められ、一人で出産し、そして幼い命を奪うことになり、自らは「殺人者」となる。(上の女性は現に殺害者として逮捕された)
今回の事件を受けて、僕は、赤ちゃんポストの主張や説明だけでは不十分だと痛感した。まずもって、「困窮下の女性」という概念をもっと論及せねばならぬ、と思った。そして、「匿名の出産」についても、もっときちんと議論しなきゃ、と思った。
ちなみに、もうすぐ僕が今年書いた赤ちゃんポスト関連のインタビュー記事がネットで公開される予定です。よかったら探してみてください。上の一連の問題について、赤ちゃんポストを作ったSterniParkのスタッフさんと熱い議論を交わしています。
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僕の根本思想に、「子作りは誰でもできるが、子育ては誰にでもできるわけではない」というのがある。子作りは、性の快楽を伴い、本能的衝動によって引き起こされる行為であるが、現代における子育てというのはものすごく理性的、知的な行為であり、「人間の成熟」を必要としている。それは年齢に限らない。37歳になっても、こうした残酷な行為に発展してしまうのだ。
性的衝動を煽るだけ煽る社会やメディア、そして、それに振り回されるわれわれ。そして、その結果として生じる妊娠や出産、そして、児童遺棄や虐待。こうした一連の背景をしっかり押さえなければ、また同じような事件が起こるだろう。このブログを始めてから、何度この手の事件を取り上げてきただろう。
これからも、こうした事件については、きちんと記録しておきたいと思う。