今回の訪独中に、日本で大きな事件がありました。
帰国して、その事件の大きさに気づきました。
まだ何も解明されていないので、何とも言えませんが、一つだけ気になることがあったので、こちらに記しておきます。
その前に…。
加害者の18歳の少年の実名が既に某週刊誌に掲載され、ネット界でも彼の実名はもう一人歩きしています。
既に、加害者家族の住所や名前など、あらゆる情報が散布されており、加害者家族を心配する声も既にあります。
この話が真実であるなら、加害者家族は、パッチワークファミリー(再婚家庭・ステップファミリー)ということになります。
しかも、国際的(?)パッチワークファミリーであり、加害者の少年はそんな家庭の子ども、ということになります。(そのせいかどうかは分かりませんが、彼はお酒を飲むと人格が変わるという話もあり、アダルトチルドレンだった可能性もあります)
(18歳までは児童福祉法で子どもとされているので、「子ども」と表記します)
上村くんの家庭もまた、離婚家庭の子どもでした。
この記事が正しいとすれば、上村くんもまた、かなり厳しい家庭の子どもだったと言えると思います。
そして、そんな厳しい家庭で育った二人が、LINEを通じて出会ったわけです。
古い表現で言えば、「不良グループに入った」わけです。(*ただし、僕ら世代の「ヤンキー集団」とは異なり、イマドキの「オタク×ヤンキー」のブレンド混合型集団のようです)
さて。
今回の事件を、ある程度距離を取って見ると、不良グループ内の争い、ということになります。「いじめ」の文脈で、この事件を捉える人も多いですが、僕は、少し違うのでは?、と思うんです。
また、一連の報道を受けて、「被害者」に同情し、「加害者」を責める、というパターナリズムが繰り返されていますが、上村くんもまた、実際には、加害者グループに助けを求め、拠り所を求め、そして、この事件が起こらず、かつグループ内でうまくやっていれば、不良グループの一員になっていた可能性も高かったわけです。(事実、彼はグループの先輩にLINEで自ら連絡を取っています)
中一。今の時代にどう言えばいいのか分かりませんが、「グレ始める時期」としては、遅くも早くもないです。そして、不良の先輩に憧れ、そしてその不良の先輩に「パシり」として使われるのも、昔から起こっていることでした。(僕も、中1の時に、超怖い先輩に憧れ、また色々と使われました…)
とはいえ、上村くんを責めようとしているわけではありません。ただ、彼を「いじめられっ子」とするのには、どうしても無理があるだろう、と思うんです。むしろ、不良の道の第一歩を歩み出した中一生だったのでは、と。
つまり、上村くんも、また加害者の少年も、どちらも(教護的な)支援の必要な子どもであり、よく似た境遇にいる子どもだった、ということを確認したいのです。
18歳の加害者の少年も、また上村くんも、「離婚家庭の子ども」の典型的な特徴を示していました。加害者の少年の場合、さらに、「外国人の母親の子ども」という条件も付加されており、さらに事態は複雑になっています。
離婚家庭の子どもの特徴は、上村くんのお母さんの言葉から見出すことができます。
以下、上村くんのお母さんのコメントです。
遼太は、本当に明るくて優しい子で、友達が多く、まわりの大人たちにもとても大事にされてきました。
中学校1年生で、まだまだあどけなく、甘えてくることもありましたが、仕事が忙しかった私に代わって、進んで下の兄弟たちの面倒を見てくれました。
私自身、仕事や家事に疲れた時、何度も何度も遼太の姿に励まされることがありました。学校を休みがちになってからも、長い間休んでいると、きっかけがないと学校に行きづらくなるから、早く登校するように話してきました。ただ、遼太が学校に行くよりも前に私が出勤しなければならず、また、遅い時間に帰宅するので、遼太が日中、何をしているのか十分に把握することができていませんでした。
家の中ではいたって元気であったため、私も学校に行かない理由を十分な時間をとって話し合うことができませんでした。
今思えば、遼太は、私や家族に心配や迷惑をかけまいと、必死に平静を装っていたのだと思います。
事件の日の夜、一度は外に出かけようとするのを止めることができたのだから、あの時、もっともっと強く止めていれば、こんなことにはならなかったとずっと考えています。顔や体のひどい傷を見て、どれほど怖かっただろうか、どれほど痛かったかと思うと涙が止まりません。小さな遼太に、このようにむごく、残忍なことを行える人間が存在することが信じられません。
(下線部、筆者)
上村くんが、母親を気遣うとても優しい男の子だったことが分かります。でも、それは、「母親に見捨てられるのでは?」という不安から来るものだったように思われます。離婚家庭の子どもは、親に対して過剰に気を使う傾向があります。「進んで下の兄弟たちの面倒を見た」、という証言からも、必死に「いい子」を演じていたように思われます。お母さんも、「心配や迷惑をかけまい」と、彼がそうふるまっていたことを明かしています。
また、彼は不登校の一歩手前(あるいは不登校)にいました。けれど、経済的に困窮した母親は、子どもと向き合う時間も余裕もありませんでした。
こうしたことから、母子家庭への経済的支援を!という声も上がっています。(詳しくはこちらを参照)
ただ、もし社会保障制度が充実し、補助金や手当が充実していたとして、母親はちゃんと子どものことを受け止め、配慮し、適切にケアができたかどうかは分かりません(できない、という意味ではなく、違う次元の話だ、ということです)。
むしろ、親以外のまわりの人が、どれだけ彼らの家庭や彼らの心理的状況に理解があったのか、それが問われねばならないように思います。スクールカウンセラーではなく、教師や近隣の人や、その他、彼らにかかわる大人たちに。
そのためにも、まずは、「離婚家庭の子ども」の理解がどうしても必要なんだと思います。離婚家庭の子どもには、それなりの典型的な特徴や行動特性があります。それを、もっと大人たちみんなが理解しなければならない、そう思うのです。
僕は、シュトロバッハさんの本から、離婚家庭の子どもの心理や行動のメカニズム(特性、特徴等)を学んできました。
離婚家庭の子どもへのケアや支援や援助があるんです。欧州では、こうしたケアや支援に真剣に取り組んできています。
今回の事件を単に、「よくある少年事件」と片付けないで、「離婚家庭の子どもには、経済的な支援のみならず、心理的・社会教育的支援も必要なのだ」、と考えてほしいと願います。いや、子どもにとっては、お金以上に、周囲の大人からの理解や承認こそが必要なのです。母親がそばにいることも大事ですが、それだけでなく、地域の大人たち(教師を含む)が、もっともっと彼らに声をかけ、配慮し、可能であればケアや支援を行うべきなのです。
ドイツ語圏で、それを担っているのが、「社会教育士」と呼ばれる伝統的な専門家です。日本語的には、「スクール・ソーシャルワーカー」が近いですが、スクール=学校に所属している専門家でないので、若干ニュアンスは異なります。
いずれにしても、今回の事件は、子どもの福祉や教育にとって、とても大事なことを教えてくれていると思います。特に、子どもの教育や福祉にかかわるすべての人が、この事件から、学ぶ必要があると思います。
この事件にかかわるすべての「子ども」が、みな、孤独であり、弱く、また支援を必要とする子どもたちであったということを、決して忘れてはいけないと思います。
そして、それに対して、子どもをケアする人材がいない、あるいは、そういう人材に欠けているのです。
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必ずしも、離婚家庭の子どものすべてに、そういうケアが必要だということではありません。離婚家庭の子どもでも、のびのびと、しっかりと生きている子どもはいます。でも、そういう「しっかりとした子」ほど、支援や理解が必要だ、というのもまた真実なのです。
そういう子どもには、「頼れる大人」や「甘えられる大人」や「遠慮しなくていい大人」や「気を使わなくてもいい大人」の存在が必要なのです。それは、親でなくてもよいんです。いや、むしろ、親でないほうがよいかもしれないのです。(今回の事件でも、母親と労働のことを問題視している人は多いですが、親に時間があっても、親にケアができる保障などどこにもないのです)
そういう大人が、上村くんのそばに居て、見守っていてくれたら、わざわざLINEで、加害者グループの仲間と出会うこともなかったでしょうし、また、その加害者グループの一人ひとりも、グレずにすんだかもしれません。もちろん、「たられば」の話ですけど・・・。
大人のあり方が問われている、そう思わずにはいられません。
子どもの問題は、いつでも、大人の問題なんです。
上村くんのご冥福を心よりお祈りいたします。