先月~今月にかけては、本当にしんどい日々が続きました。
…
で、休み間もなく、新学期。
慌ただしく、ただ過ぎていくだけの日々、、、
でも、もう、そんなに「怒り」や「不満」もなく、、、
なんというか、もう、「あきらめ」に近いものがあります。
40を過ぎて、自分の人生がまぁ、大したことないことも認め始めていて、、、
もう、下り坂をゆっくりと歩んでいくだけかな、と。
「川の流れに身をまかせ」…
未来ある若者と日々接しているからこそ、それを強く感じるのかもしれない。
未来溢れる若者たちと自分を比べると、もう、僕なんて、ただ老いていくだけ。
無謀なこともできないし、危険な道を歩む気力もなくなってきていて。。。
でも、若者に固有な悩みや苦悩があるわけでもなく…。
なんというか、、、
祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。
って感じかな!?
でも…
何をどう言おうとも、、、
腹は減るわけです(苦笑)
あまりにも疲労がたまり過ぎると、ラーメンを食べる気もしない。
(わざわざラーメン店に行く、という気力もない)
ってことで、近場にある「吉野家」に行きました。
色々と新作や限定もありますが、吉野家に来たら、牛丼でしょう。
結局、牛丼屋は牛丼が一番なんだな、と。
いつ見ても、
何度見ても、
この牛丼を見ると、幸せに包まれる。
人間なんて、所詮、食って、寝るだけの存在。
所詮は、動物だし、所詮は、生き物。
ただ、頭(脳みそ)が異様に発達してしまったために、「直接的」に生きられなくなっただけ。
でも、「食いもの」を目の前にすれば、人間も、ただの「いきもの」。
つまりは、この牛丼をがっつくだけ。
そして、至福の瞬間を刹那に感じるだけ。
やっぱり、やっぱり、旨い。
日本人でよかった~って思える瞬間。
工場で作られたものでもいい。
バイト君が作ったものでもいい。
お肉がどこ産だろうと関係ない。
(*このお肉の味や柔らかさはアメリカ産じゃなきゃダメという話もあるけど…)
吉牛が吉牛であれば、それでいい(苦笑)。
アタマの大盛りがあって、ツユダクがあれば、それでいい。
世の中には、「金持ち」という存在がいて、何万もする料理をむさぼっている奴らがいる。
けど、そいつらが幸せだとは思わない。
吉牛の牛丼に感動できて、感謝できて、満足できれば、それで幸せになれるんだ。
僕は、吉牛の牛丼をお腹いっぱい食べられたら、それで最高の幸せを感じる。
嘘偽りのないホンネだ。
そんな自分が、狂おしく愛おしい(爆)