城と歴史歩きを楽しむ

専門的でも学術的でもなく、気楽に
山城中心に城巡りと歴史歩きを楽しみましょう!

遠江・中尾生城 南北朝期から戦国末期まで稼働した高所の山城

2018-12-28 | 歴史
中尾生城は浜松市天竜区龍山町の山上にあります。中尾生は「なかびゅう」と読み山下の地名に中日向がありこれも「なかびゅう」と読むようです。
 中尾生城は南北朝期のこの地域を支配した天野氏によって築かれ、後に奥山氏が領したが今川氏、徳川氏、武田氏と支配が移り最後に帰農したともいわれます。

中尾生城 国土地理院地図に加筆  図をクリックで拡大
天竜川右岸の国道152から東に折れ中日向の集落へ登ります。ここまでは舗装道路ですが中日向集落を過ぎると山道は無舗装となりました。訪れる場合、車でどきまで登れるかの判断は「自己責任」です。※地図上の路駐表示は参考です。
 

駐車場して登り口を探すと、幸いにも付近に「城山稲荷 登山口」の看板が見つかりましたのでここから登り始めました。


冬場で踏み跡が見えるので、これをたどって登ります。途中 GPSと地図、方位磁石で位置を確認しながらですが、中尾生城の道標がところどころに立っていて、見つけると一安心でした。


城山稲荷の鳥居
途中、道を見失いそうで少し不安になった頃、鳥居が見えました。ここから山頂に向けて行くと城山稲荷=本曲輪がありました。


中尾生城 本曲輪の城山稲荷
標高479mの山頂部の削平地には城山稲荷が祀られており、ここが中尾生城の本曲輪にあたります。


本曲輪の西下 堀切と土塁
本曲輪の西側は緩斜面の尾根が続いているので、この方向の防御性を高めるための浅い二重の堀切と土塁を見ることができました。遺構としてはかなり埋まっている印象でした。


二の曲輪 植林で見通しが悪い
本曲輪から東に伸びる尾根上に二の曲輪があります。植林とシダの繁茂で残念ながら削平面は見ることができませんでした。シダは冬でも枯れないので、日当たりが有る山地を覆っています。

中尾生城は山中に有るが、稲荷神社が祀られているので、参道としての道がかろうじて残っているようでした。お参りに来る人が無くなれば道は失われてしまいそうでした。

遺構は土塁、堀切、横堀、竪堀、急な切岸など、山城のパーツが揃っていて、厳しい登りを忘れて見学しました。


最新の画像もっと見る