極楽三種その2
図書館で本を借りるようになって、私の病気はかなり快方に向かった。
その病名はつん読。
本が好きで、週に一度は本屋ウォッチングをする。
そして、琴線に触れる本を見つけると、つい買ってしまう。
本は待ってくれる。
兎に角手元にさえおいておけばいつか読める・・・・そう思ってきた。
だが、その「いつか」はいつまでたっても来ない。
余生20年として、現在の私の蔵書の中でまだ読み切ってないものを全て読み切ることが出来るだろうか?
うん、あと20年あれば多分それは出来る。
ただし、それはこれ以上その量を増やさなければの話である。
となれば、もうこれ以上本を買ってはいけない。
折角貸してくれる図書館というところがあるんだから、これからは借りよう。
ただ、いわゆるビジネス書の類は、図書館では揃ってないことが多いので、小説に限定して、図書館を利用することにしている。
しばらくそういう生活を続けていると、「本屋の効用」に気づく。
というのは、作家や、話題の本の情報が入ってこなくなるから、一体何を読めばいいのかが判らなくなってくるのである。
これまで本屋の陳列具合(その単品の量や平積みやPOP)でそうした流れを無意識に感じ取っていたんだということが判る。
だからまた時々本屋ウォッチングには出掛けるようになった。
そこで知った作家がこの荻原浩。
確か
光文社明日の記憶 |
見れば、私と同い年である。
そんなことから、私の注目する作家群に入った。
そしてその作品を何冊か読んだ上で、この本(神様からひと言)に辿り着いたというわけである。
最近はなんだかやたら睡魔が早くやってくる。
昨晩は21時頃から父が随分前に使っていたあんま機に腰掛けて読書を始めた。
あんま機は、ほとんど作動させることはない(私は肩がこったことがない)のだが、倉庫に置いておいても邪魔になるし、捨てにいくのも面倒だしといった理由で、今はソファー代わりに使っている。
炬燵だと居眠りしてしまいそうな予感があったので、そのあんま機に座ったのだが、22時過ぎには猛烈に眠くなってきた。
そこで、ちょっとのつもりで炬燵に入ったのがまずかった。
次に気づいたのが翌2時過ぎ。
ヤバ、風邪ひきそう。
でも、明日は取り敢えず休み。
なわけで続きを読み始める。
うまくレム睡眠がとれたのか、それからは一向に眠くならない。
結局6時頃に読了。
それからステッパー2千歩、腹筋、腕立て、鉄アレーと最近やってる筋トレもついでにやっちまう。
なんと有意義な休日(笑)
あ、そうそうこの本の読後感である。
オロロ畑でつかまえてのユーモアやファンタジーと、あの日にドライブのリアリティーが融合した小説とでも言えようか。
とにかく楽しく読まさせてもらった。
自分がその世界に同居しているような錯覚が起きる。
ずっとこの人達と接していたいといういう気持ちになる。
出来れば、その物語が終わらなければいいのにと。
いい奴がいっぱい出てくるから楽しいのである。
勿論嫌な奴もいる。
でも、そこんところの人物描写が巧みで、つい引き込まれる。
そのキャラクターが実在の人物とダブるから余計に面白い。
例えば、ギャンブル好きのいい加減な男なんだが、その謝罪のテクニックはピカイチという主人公の上司のキャラは私の頭の中では完璧にアンタッチャブルの山崎(あざ~すの)になってしまう。
人間愛とでも言えばいいのだろうか、作者が人間好きなのを彷彿とさせる物語である。
久しぶりに心が震える状態で巻末を迎え、満足感を余韻に閉じた本である。
さ~て
今日は、事務仕事をして、図書館へ行って、銭湯に行って、焼き鳥で一杯 って
先週と同じやん・・・
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