ときどりの鳴く 喫茶店

時や地を巡っての感想を、ひねもす庄次郎は考えつぶやく。歴史や車が好きで、古跡を尋ね、うつつを抜かす。茶店の店主は庄次郎。

赤山歴史自然公園の計画 ・・川口

2014-12-18 11:36:54 | 史跡

赤山歴史自然公園の計画 ・・川口

 

概容・首都高初の「ハイウェイオアシス」の計画
 ・・・ ハイウェイオアシスとは、高速道路上にある一部のSA・PAに連結されている、道路区域外の都市公園・地域振興施設等の呼称である。高速道路の料金所を出る事なく、隣接する公園・レクリエーション施設を利用出来る。HWOまたはHOと略称される。・・・wikipediaより
 ・・・ 有名どころ 
  ○道の駅オアシスおぶせ(小布施総合公園)・上信越自動車道
  ○道の駅富楽里とみやま・富津館山道路
  ○道の駅富士川楽座・東名高速道路・上り線のみ
  ○佐久スキーガーデンパラダ・上信越自動車道・スキー場として有名
  ・・・ 関東近辺のみ

(仮称)赤山歴史自然公園の基本設計が完了しました  ・・・2014/06/20
 ===>概算事業費は約180億円を予定しています。平成29年4月に完成予定・・・

 

~(仮称)赤山歴史自然公園及び(仮称)川口市火葬施設の基本設計がまとまりました~
平成24年3月の都市計画決定、首都高速道路株式会社との事業連携を踏まえて、今年度、実施してきた(仮称)赤山歴史自然公園及び(仮称)川口市火葬施設の基本設計が完了しました。

(仮称)赤山歴史自然公園の完成予定図

 ・・内容・・・
 ・・・公園、火葬施設、高速道路PAの調和
・ 約 10.9ha の区域に、公園、火葬施設、高速道路PAの3つの施設が立地する世界的にもめずらしいプロジェクトであり、計画全体の一体感や統一感を保ちつつ、利用者の動線や視線を十分に配慮して、各拠点施設や大池・緩衝樹林・中島などを配置しています。
 ○公園内外の回遊性の確保
・ 高速道路PAに隣接して周辺施設への周遊バス発着所を設けるとともに、赤山オアシスゾーンから公園ゾーンへの入口部分に、公園や地域の情報発信施設、公園を見渡せる展望テラスを配置しています。
 ○「植木のまち川口」ならではの公園
・ 地元の植木の専門家の方々とのワークショップを重ね、周辺の開放植木圃場「オープンナーセリー」と連続する、日本ではじめての公園を計画しています。
・ 公園の随所に、江戸時代から続く伝統的な植木と近年の国際色豊かなモダンな植木を織り交ぜた植栽を行うとともに、赤山オアシスゾーンや(仮称)地域物産館において、植木や花鉢・ミニ盆栽などの販売スペースを計画しています。
 ○広域的な集客の確保
・ 高速道路を降りずに公園や地域を散策することができる、首都高初のハイウェイオアシスを計画しており、赤山オアシスゾーンと公園ゾーンの合計で、年間約350 万人の来訪を見込んでいます。
・ 赤山オアシスゾーンにおける物販・商業イベント、(仮称)歴史自然資料館におけるアートイベント・映像・展示、プレイロットにおける子ども向け大型遊具、(仮称)地域物産館における植木販売・各種教室、水源かん養育成樹林における環境学習など、市民はもとより、首都圏からの広域的な来訪者の多種多様なニーズにも対応できるよう、各施設を計画しています。
○赤山オアシスゾーンの施設概要
・商業休憩施設(建築面積 約 2600m2・地上2階建)諸室: 店舗(物販・飲食)、休憩室、情報発信施設 等・イベントテント広場(建築面積 約 700m2・地上1階建)
○公園ゾーンの施設概要
・(仮称)歴史自然資料館(建築面積 約 400m2・地上1階建)
諸室: 展示室 等
・(仮称)地域物産館(建築面積 約 600m2・地上1階建)
諸室: 植木展示・販売スペース、集会スペース 等
○駐車場の概要
公園東側駐車場(高速): 約 150 台(この他、既存川口PA駐車場 119 台)公園東側駐車場(一般): 約 70 台

植木の郷の「植木園」

赤山城(赤山陣屋)跡・治水事業の名門・伊奈郡代の屋敷跡

 赤山陣屋を見守る神社

*****
 ・・ PAに隣接してと言う表現があり、かつ圏央道・首都高に隣接し、東北道から離れているので、PAと言うことは、川口PAのことでしょうか。
 ・・ モデルにしたのは、長野自動車道の小布施PAに隣接した「ハイウェイオアシス」とのことです。

これは、参考モデルの「小布施ハイウェイオアシス」


 ・・ 力の入れ方は、相当なもので、埼玉の大都市、”川口”を、植木の郷 ・・自然をアピールして、歴史上の偉人・伊奈郡代をからめて、”鋳物の町”にかわる、もとい・並ぶ、川口のアピールのようです。
 ・・ 小布施と同じように、”スマートIC”で高速道への出入りが可能になる計画のようです。
 ・・ 現状は、宅地造成でどんどん自然が破壊されています。

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猪瀬直樹が再び作家として ・・

2014-12-18 11:34:46 | ひとりごと

猪瀬直樹が再び作家として ・・

「さよならと言ってなかった  ・・わが愛 わが罪」マガジンハウス・\1300+税;10月30日刊

 

その前に、メールマガジンを配信して頂き、「断章 妻ゆり子の思い出」を全20章、自分としては、かなり丹念に丁寧に読んだつもりである。
発刊本は、「断章 妻ゆり子の思いで」に、「第三章 走り抜けて」を追加して構成し直している。

猪瀬の若い頃を知っている自分としては、道路公団民営化の辺りからマスコミに登場するようになるが、この間が自分には空白であった。この空白の期間の瀬の生き様を、メールマガジンと今回の発刊本は空白の穴を埋めてくれるようであった。そこには、自分の知らなかった”瀬”の生活があった。

いい内容である。

いくぶん傲慢であると見られていた”瀬”の、心情の吐露の様子は、あの時の周囲からの全面砲火に耐えて、無二の理解者への思いに馳せていく。
そして、ゆり子さんと歩いた足跡を辿り、苦楽を共にした記録を思い起こしながら記述していく。 ・・・ここには、あの”傲慢”も”高飛車”もない。マスコミに露出していた“瀬”とは別物のようだ。
 ・・・ 実は、この”傲慢”でも”高飛車”でもない、“瀬”の側面は、むかし知っていたような気がする。何時の頃からか、突っ張って”ディベート”をするようになっていった。 ・・・そうか、奥さんのことを書く時に、鎧は要らない、鎧を脱いだのか ・・?

ただ、”傲慢”でも”高飛車”という評価は、多くは部下である都庁職員とか、出版社の直接担当者の具体的イメージのようである。このことは、余りいい事ではない。いい事ではないにしても、瀬が行った業績のへの評価とは関係が無い。”傲慢”と”高飛車”という一般的には負の人格評価へのマスコミのミスリードが、瀬の行った業績の評価を汚していったように思う。

そして ・・・
「第三章 走り抜けて」
この章は、メールマガジンの「断章 妻ゆり子の思い出」に、追加された章 ・・・
この章には、徳州会病院の徳田虎雄理事長からの献金問題の経緯が詳細に記されている。あの時、疑問に思っていたことを答えてくれているだろうか、と気に掛かり、読みました。

というのは、1月の始めに瀬の5000万円疑惑について”ブログ”にアップしている。
以下がその時のブログ ・・・
○猪瀬直樹 ism      2014/01/07
○猪瀬直樹 ism 最後に・・ 2014/01/15
この二つの間にもブログの書き込みはあるが、それは瀬の著作から、瀬の考え方の骨組みを考察してみた内容で、疑問に思うことは最初と最後に集約させてある。
その時の疑問と疑惑は、解消できたのであろうか。

その時の疑問・疑惑に対して ・順不同

*1:「・・・初めての選挙と言うこともあり、資金面で不安もあり、5000万の金を借りました・・・使った言葉は、正確には覚えていないが、要旨はこの通りだったように覚えています。
・・このことは、正しいか否か別にして、納得出来る説明でした。
要するに、あまり金の掛かるような選挙はしてこなかった。
・・そうすると5000万の金は使わずに済みます。準備した3000万の金も余ったのかも知れません。猪瀬氏の最初の会見を思い出します。」
 ==>概ね、想像した通りの内容でした。違和感はありません。それで罪状があれば甘受すればヨシ。特に瀬に”聖人君子”を望んではいません。

*2:「猪瀬氏支持の関係者に挨拶回りの時、徳田虎雄に挨拶に行った・・何故?」
 ==>徳田虎雄との、利権がらみの”贈収賄”なんて、当初から瀬がマスコミに登場してきた経緯をみれば、あり得ないことだと思っていました。”贈収賄”は、瀬の生き様と合いませんし似合いません。

*3:「猪瀬直樹の判断基準は、ウェットな面を持った近代合理主義者」
 ==>この判断は昔も今も変わりません。

*4:「未だよく分からないのが、彼の政治的主張のスタンス。少なくとも石原慎太郎のもとで副知事をして、そこから政治家猪瀬直樹が生まれたこと。こうしたエッセーへの、いくつかの共感と石原慎太郎は、どうも結びつかない」
 ==>この部分は、いまだによく分かりません。たぶん”ナショナリズム”のとらえ方の部分だと思いますが、石原慎太郎と瀬では、でてくる決断が違ってくるように思えます。石原を評価している部分と違う部分を、どこかの機会に顕かにして欲しいものだと思います。
 ・・・瀬の方が、もう少し合理主義的かな ・・。その意味で、橋川文三はよく分かります。

*5:「時折走ることのある高速道路の、最近のサービスエリアは、昔のと全く違ってきました。場所により”コンビニ”もあります。おいしい”パン”も焼きたてです。この頃は、ドライブ疲れの”休憩所”から、エリア内のしゃれたショップ目的の方も多いと訊きます。道路公団民営化のあとの競争の原理が働いて進化しているように思えます。恐らく、経済的規模も、昔とは比較にならないくらい大きくなっているのでしょう。これは、明らかに猪瀬直樹のお陰でしょう。猪瀬氏本人が言えば、自慢話で嫌みになりますが、ほとんどの人がそう感じていると思います。」
 ==>最近、地下鉄で携帯が使えるようになって、大学生や高校生が喜んでいます。例えばこれも瀬の功績なんでしょうが、これは時代の流れなので、他の人が知事でも同じことをやったのかも知れません。しかし、東京都の発電所の計画は、”瀬的発想”の賜のようにも思えるのですが ・・・。他にもあるが割愛 ・・


瀬が、5000万円で知事を辞めて、50億の費用をかけて選挙を行い、新しい都政になりました ・・・。
上記では、5000万円が”たわいもない”単純ミスで、褒められたことではないのは確かですが、”鬼の首”でもなさそうです。そして ・・・・・都政は良くなったのでしょうか。
”鋭い切り込み方”のない、この歯がゆい現実を見ていると、もどかしさを感じて複雑な心境です。
 ・・と言っても小生は都民ではありません。

読み通してみると、あの時の疑問に、ほぼ答えてくれているようです。

もとに戻って ・・・
「さよならと言ってなかった  ・・わが愛 わが罪」 再び言います。いい内容です。
「ゆりこさん」へ、冥福を祈ります。

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