車イスのある風景 

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2006年8月開始 福祉=前橋市肢体不自由児者父母の会等

ヤギとウサギ(農業)

2008-08-29 16:56:47 | 日記・エッセイ・コラム

ここんとこ、雨っぷりが続いてる。  だから何もしない日が多い。 しかし、昔は雨が降ろうと雪が降ろうと家の中の農作業は幾らでもあり、家中で忙しく働いていた。 私が小学校の頃は、どの家でもヤギやウサギやニワトリが居て、これを世話するのは子供が世話する事が当然の役目だった。  その他に学校に行く前と、帰ってからも農作業の手伝いをさせられた。それがなんの不思議もない時代だった。

今はどうだ!  農家の子供で手伝いをさせる家など1軒もない。 子供の教育のためにはとんでもない事なのだろう。 だもの、農家の後継者なんて育つ訳はない、農業が儲かる儲からないという以前の問題だろう。 農業に限らず、労働に接しないで”勉強、勉強”で卒業したら急に仕事に就けでは勤労の精神などないのだから長続きする訳などないだろう。

数年前、某商業高校の就職希望率が20%だった。(数年前、退職後に商業高校の進路指導の先生をしていた) その時、即社会に出て働く商業高校生が余りにも少ないと感じた事を覚えている。 当時は高校生の求人倍率が0.75%という低さだった理由もあるが、県全体の卒業者数1,694名中、2,748名(17%)が就職者という少なさだった。そしてどんな仕事(どんな職業でどんな職種)をしたいのかという目標を持っている生徒がまるでいなかった事にも驚いた。・・・・・フリーターや派遣で働く若者が多く居ることは正社員にしないで雇う企業のせいばかりとはいえない気がする。

農業自給率は39%で大変だ。 燃料高騰、農業資材、肥料、飼料高騰なのに農産物価格は低迷、まさに危機状況にある。 農業後継者(就職)などいない。・・・・県下で数人だ・・・・・    高齢者ばかりであちこちの農地は荒れ放題、草、茫々だ! 自給率は数%に落ち込むと言われてる。・・・・・   だがナァ考えてみてよ、、、ほんの少し前は、子供が道端の草を刈ってきてヤギやウサギにくれて育てた(エサ代無料だよ) 乳搾りも子供の役目だ(かなり高いカロリーだよ) その子供を生ませ売って金にした。 祭り、祝日にしか食べられなかったヤギやウサギやニワトリはそれは美味かった。

いざとなれば(輸入停止になったとき)、当時のような質素な生活をすれば(コンビニ、スーパーの食品廃棄見直し等も含め)自給率は80%ぐらい保てるだろう?と思うよ。   しかし、いったん贅沢になった人間に倹約質素を言っても無理だろうな?とも思う。     どうなる農業

追記:雨続きで草の成長に除草が追いつかない毎日です。

    今週の小説→日本が聞こえる、は??    本牧亭の鳶(新潮社・吉川潮著)は、セミドキュメンタリーの短編小説で面白かった。

コメント (2)
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不都合な真実と農業

2008-08-23 21:49:01 | 映画

会の顧問をしている中村さんが、「不都合な真実」を見る集い(映写会)を開催したので出かける。

地球温暖化に取組んできたゴア副大統領のドキュメンタリー映画(と言うよりプレゼンテーションだった)です。

地球世界に対して”温暖化”のことを知ってもらいたい、防ぐための努力をしてもらいたい、身近な現実の問題として考えて欲しい、という警告がテーマだったと思う。

農業をしているものとして、環境問題は農業にとっては身近に感じなければならない内容だ。

「オーストラリアの干ばつは25年に1度の割合だったが、ここ3年は温暖化で畑の灌漑用井戸が出ない、当然、世界3位の小麦生産国は輸出ができない」等、干ばつの影響は世界に広がっている。このため食糧価格は値上がりし、日本にも影響が出ていることは当然のことだ!

オーストラリアは日本と同じで、農家の95%が家族経営、そして農村コミュニティは衰退し、高齢化が進んでいる。 しかし、飛行機で米を1haに150k播き210ha作り、野菜を1人で320ha作る機械化農業の国と日本は違う。 食糧自給率は230%だ! 39%の日本は輸入できなくなったときにどうなるのでしょう?

この映画で言っている不都合な真実を農業で考えてみるとやはり農業政策の欠点、考えの不足というものを危機感をもって見つけ出さなければならないと思います。   小さい経営規模でも、技術を駆使した儲かる農業政策(アイデンティティ・テクノロジー等がない)をするように活動してゆきたい。  農家のために!!!

追記: 大河ドラマの「篤姫」のなかで尊王攘夷、〃 という言葉がでてくる。

     尊農上位(ダジャレの造語)、 の精神で農水省は儲かる政策へ改革すべし。

覚書: 「神の爆弾、浮かれ桜、日本一短い「家族」への手紙、りんぼう先生昔話、鏡を見てはいけません、偉人たちの死亡診断書、じじばばの記、こころの力」 が読み終わりました。

    今回、時代小説は杉本苑子の「じじばばの記」のみでした、やはり周五郎、周平系の時代物がいいナァ! 

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一休み

2008-08-17 18:17:08 | 旅行記

農作業も一段落し盆送りも終わったので、家族3人で山荘に行くことにした。

行きは日陰街道、帰りは二度上げ峠と決めて3時頃に出発。  渋川ではと豪雨で「山車祭り」の市内を抜けるのに一苦労して、吾妻の「根古屋の湯」で温泉につかった。  ナマズの天ぷらを食べたかったが運転なので我慢、我慢。  吾妻渓谷付近の山際には、ダム建設に伴って見上げる程の橋桁が幾つも建設中である。  この道もいずれはダムの下となり、風景も大きく変わってしまう運命だ。

山荘では、が映らないので娘は早速ビデオ「ちびまるこ」鑑賞、私達は夕食後に「日本一短い(母)の手紙」と「大河の一滴」を鑑賞した。・・・・・ビデオを何本も用意してある・・・・・  北軽の夜は静かで涼しい、久々に寝苦しい夜から開放されぐっすりと休んだ昨日だった。

山荘の庭には赤松四本と白樺十本は年々大きくなり、そびえてると言うかんじで立っている。 しかし、何十年もたった山桜の木が枯れてきている(毎年5月に見事な花を咲かせている)のが残念。  咲いているのは山アジサイと萩の花ぐらいであるが雨にぬれた木々の緑があふれる涼風の朝は清清しい。 いつものように浅間牧場でソフトクリームを食べて帰ることにした。

昼食は、倉渕をすぎた辺りの田畑(バス停)の山中(ソバ処)という店で、ざるソバ食べた忙しい一泊の旅でした。

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河野澄子さん追悼

2008-08-06 18:35:28 | 日記・エッセイ・コラム

河野澄子さんの死亡が報道されていた。

松本サリン事件でガスを吸い込み「無酸素脳症」で寝たきりになってしまった被害者だ。  悔しかっただろうな! 可愛そうでならない! 安らかに・・・

この事件では、2冊の本を読んでいたので、感慨ひとしおだ。

当時、 ”松本の有毒ガス集団中毒は、第一報告者の会社員? 自宅を捜査し薬品を押収” とマスコミが書きたて、夫である河野義行さんが犯人とされてしまった。  後に冤罪であることが判明したが、誤認捜査と誤報の実態を忘れて欲しくないとの思いで書いた本「疑惑」は晴れようとも・・・松本サリン事件とされた私・・・文芸春秋1955年出版 と 澄子さんの回復を信じ続ける家族の介護と愛の闘いの日々を綴った、妻よ! わが愛と希望と闘いの日々 潮出版1998年出版を読んで善良な一市民が、ある日突然、犯人となってしまう過程と、その後の家族の介護の努力を知ったからである。

河野さんは冤罪防止を訴える講演を年100回以上こなし、松本にいる日は欠かさず、澄子さんに一日の出来事を聞かせ、化粧水をつけ、マッサージしてあげることを14年間していた。(テレビでその様子と澄子さんが涙をながす場面が昨日も流れました)   会見で「我が家にとって、松本サリン事件は妻が治るか、亡くなる時に事件が終わった日になる」と話したそうである。・・・・長い、ナガーーイ、言い尽くせないご苦労が、やっと終わったのですネ!

光を見ることも、しゃべることも、体を動かすこともできない、ただベットで泣くことだけが、唯一、表現できる澄子さんに、・・・必ず一緒に食事をしたり、旅をしたり、コンサートに行ったり、そしてあの頃のようにけんかもしような・・・と語りかけながら介護を続けた河野さん。 家族にとっての事件は終わりましたが、貴重な体験は多くの人たちに語っていくべきだと思います。 特に 妻よ! での介護の苦労(本人は思っていないと思いますが)等、介護や障害者の人々に語ってください。 そして活躍してください。 

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納涼祭へ

2008-08-03 19:39:29 | 日記・エッセイ・コラム

Sn370142semi 庭にセミの抜け殻を見つける。最近はセミの声fが少なくなった気がする。   セミの声がうるさいと感じる年が無くなってきている。

昨日は、福祉法人K会の納涼祭の招待が来ていたので家族で行って見た。  水沢の自然あふれる榛名山の麓で、家から15分ぐらいで到着した、車を降りたとたんセミの声が耳をつんざく程だった。・・・・夏はこれでなくちゃ!

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Sn370146hebi6:30分からのK会の納涼祭は盛況だ! 地域の人とのつながりを大切にしていることが、地元の船尾太鼓、婦人部の盆踊りに象徴される。   利用者たちの生き生きとした、楽しそうな顔、施設と地域が一緒に催しをする素晴らしさ、大切な事だと思う。

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