3作目の掌編を書いて見ました。
「思い出ビュービュー」
1、のはなし
「乗せてあげよう」
少年が少女を誘う。
二人は汗を流し長い傾斜を挽いて上がった。
そこから滑り降りるのだ。
橇(ソリ)はだんだん速力をます。
マフラーがハタハタはためき始める。
風がビュービューと耳を過ぎる。
「僕は君を愛してる」
ふと、少女はそんな囁きを風の中に聞いた。
胸がドキドキした。
しかし、速力が緩み、風の唸りが消え、なだらかに橇が止まるころには、それは空耳だったという疑惑が残った。
「どうだったい」
晴々とした少年の顔からは、少女はいずれとも決めかねた。
「もう一度」
少女は確かめたいばかりに、また汗をかいて傾斜を登る。
マフラーがはためきだした。
風がビュービュー唸って過ぎた。
胸がドキドキする。
「僕は君を・・・」
少女はため息をついた。
「どうだったい」
「もう一度!もう一度よ」
少女は悲しい声を出した。
今度こそ、今度こそ。しかし、何度試みても同じことだった。
泣きそうになって別れた。
そして永遠に。
年老いても、二人は共にあの雪滑りを忘れなかった。
2、のはなし
台風が近づき海鳴りが聞こえる。
「帰れなくなったね」
「泊まってもいいのョ」
泳ぎつかれた民宿で、寝そべったまま、無表情に相槌をうつ。
大手デパートの着物売り場が勤務先の彼女。
「私、着物が好きなの」
「毎月、買うのが楽しみなの」
「お金持ちの人と結婚するの」
そんな彼女と一緒になれることを夢見た。
農家の長男で、家には毎日農作業に汗を流している両親がいる。
そんな自分には嫁がないだろう?
電線を揺らす風がビュービューと唸りをあげている。
「一緒になろうよ・・・・」
それを言うのがやっとだった。
「私、いや!」
「俺んち、お金はあるし、一生贅沢させてやれる自信があるんだ・・・・・・」
「優しいあなたは好きよ」
「でも、素直すぎるのよ」
プイと、背中を向けたまま黙ってしまう。
そして、何もない背中合わせの一夜。
そんな行動しかできない世間知らづの自分がいた。
風が電線をビュービュー鳴らす日は、慚愧の念がよみがえる。
民宿での思いもかけない宿泊は、25歳の晩夏であった。
3、のはなし
散歩途中の見慣れた小学校の庭には、ケヤキと樫の大木、そしてポプラの大木がある。
中でも10数メートルもあろうポプラの木が揺れている。
突然、右へ左へと大きく揺れるポプラの木が手招きをする。
「登れ!登れ!」
思わず目を閉じると、故郷の小学校の庭が浮かんだ。
男は東北の町で中学校まで過ごしたが、なぜかポプラが多くある所だった。
当然、小学校にも植えられていた。
男の子たちは、そのポプラに登ることが楽しい遊びであり、より高く登ることを競って遊んだ。
ある者は、てっぺんまで登り手招きをする。
「ここまで来いよ」
「登れないのかよ?」
しかし、男は1メートルも登れず、いつも下から眺めるばかりの子供だった。
あれから40余年、それなりの苦労と努力を重ね、どうにか人並みの地位と家庭を築いた。
ポプラを前にして男の気持ちは高揚した。
過ぎ去った記憶が刻々と近付いてきた。
心のどこかに欠け落ちたものを拾えるような自分が居た。
「登ってやる!」
てっぺんから見た「ありあけの月」は穏やかで、ビュービューとあたる強い風も心地よく感じた。
男は枝にしがみつきながら幸せに震えた。
以上、気軽に感想を頂けたらと思います。
その後の読書は、「そこへ行くな」井上荒野と「春遠からじ」北原亜以子でした