ある事情で高原の村にカフェを開いた女性の奮闘記。百合が原高原に一軒家カフェ「Son de vent(ソン・デュ・ヴァン)」を開業した奈穂。かつてペンションブームに沸いたこの高原も、今はやや寂れ気味。東京の女性誌編集部で働いていた奈穂が、冬には雪深く寒さの待ち受けるこの地へ移ってきたのには、深刻な理由があった。エリート銀行員の夫・滋のモラハラ(精神的虐待)に堪えかねて極度の自律神経失調症に陥り、これまでの生活すべてを変えるためだった。舞台は信州の高原の別荘地。ペンションブームの頃の賑わいはもうない静かな田舎町。夏は美しい自生の百合の花が咲き、秋は紅葉が見事なこの高原には、「ひよこ牧場」のバターやミルク、ソーセージやベーコン、「あおぞらベーカリー」の自家製天然酵母のパン、村役場に勤める村岡涼介の口利きで手に入るようになった有機野菜など、自然豊かな恵みがいっぱい。「高原のチーズクリームシチュー」「ひよこ牧場のベーコンサンド」「百合が原ポークソテー」「野生きのこのオムレツ」など、当日の仕入れでメニューを組む奈穂の料理は地元客からも好評で、観光シーズンにはお客を集めるようにもなる。そんな奈穂のカフェを訪れるのは、ひとりの作業員風の男・・・『風音』、離婚に決して応じてくれない夫・・・『夕立』、ご近所の農家のお嫁さん・・・『豊穣』、海外帰りの美しい経済アドバイザー・・・『融雪』ら、それぞれが事情を抱えていた。奈穂の料理は彼らの人生を何か変えることができるのか? 実は奈穂自身が抱える現実も厳しい。スキー場が閉鎖され、新規ホテルに客が集中する状況で、奈穂は初めての冬を凍れる高原に留まって奮闘する。そして二度目の夏の訪れを前に、カフェ「Son de vent」に奇跡が訪れる。カフェ経営のむつかしさや田舎暮らしの現実もきちんと描かれて、村民の結構ドロドロな内容も、深入りせずにサラッと描き、気軽においしいそうな料理が一杯の小説です。
2014年12月文藝春秋社刊
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