北海道の人の入り込めない岬を舞台としたミステリー。「人が人であるというのは、どういうことなのか。」神無き時代の新たな道筋黙示録。以前から松浦美都子が夫婦ぐるみで付き合ってきた、憧れの存在である友人・栂原清花。だが近年、清花夫妻の暮らしぶりが以前とは異なる漂白感を感じさせるようになり、付き合いも拒否されるようになったのち連絡がつかなくなった。清花たちは北海道に転居後、一人娘・愛子に「岬に行く」というメッセージを残し失踪したようだ。彼女の変貌と失踪には肇子という女性が関わっているようだが、その女性の正体も分からない。やがて時は流れ約20年後の2019年、ノーベル文学賞を受賞した日本人作家・一ノ瀬和紀が、その授賞式の前日にストックホルムで失踪してしまった。彼は、「もう一つの世界に入る」という書置きを残していた。担当編集者である駒川書林の相沢礼治は、さまざまな手段で一ノ瀬の足取りを追うなかで、北海道のある岬に辿りつくが・・・。やがて明らかになる、この岬の謎。そこでは特別な薬草が栽培され、ある薬が精製されているようで・・・。岬に引き寄せられる人々の姿を通して人間の欲望の行き着く先を予見する。登場人物=語り手がどんどん変わっていき、物語は近未来に行たり戦時中にも遡る、この国の現実の様相、さりげなく日本周辺国からの軍事的脅威を匂わさせながら、ストーリー展開の中で薬が開発された背景までを解き明かす。「平和共存でも、共存共栄でもない。・・・大切なのは自然の中で分を守るということなのです。共存なんかではない。己を無くし、一本の草木となること、なのです。その静謐な境地こそが、人が人として魂の幸福を得る唯一も道なのです。」(P566)アイヌやニヴフの人々の哲学、戦後ヒロポンが広まった背景など難解ですが575頁の長編を堪能しました。
2021年10月角川書店刊
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