年月の証明(〃ω〃)

2016-07-21 | 雑記


二本の宮島(しゃもじ)☆どうみても同じものには見えません☆
でも、同じものなんです☆

開店の時に「焼きみそ」用に何本か買い求めました☆そのうちの二本です☆

「焼きみそ」と云うのは、京都の西京味噌に胡桃、鰹、ネギ等を混ぜて宮島に塗り、火で炙ったものです☆

右側のものは、そのように「焼きみそ」にだけ使用していたもの、左側のものは、蕎麦掻きを練るなど料理を仕込むのに使用していたものです☆

23年と云う歴史を感じます☆
普段、見ている中ではあまり感じませんが、改めて比べてみるとこんなに違っちゃうものなのですね☆

何だか、人生にも似てますね☆


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高っ(*≧∀≦*)

2016-07-20 | 食材


夏場のこの時期は、しょうがないのですが、それにしても高いです☆長ネギ☆

今日は、食材を仕入れに市場や道の駅を廻りました☆

そこで、発見したのがこちら☆

向日葵畑です☆
先週、来たときには気が付かなかったのに☆約1反の畑に向日葵、向日葵、向日葵です☆

蒼い空に良く映えます☆


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海の日(^^)

2016-07-19 | 雑記


昨日は、月曜日で本来であれば加那やは、お休みです☆が、「海の日」(海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う日だそうです)と云う祝日だったので営業させていただきました☆

すると30℃越える暑さの中にも関わらず、沢山のお客様にご来店頂きました☆誠にありがとうございました☆

海と云えば、子供達が大きくなってから暫く行ってませんね~☆考えてみると、わが家は、家族で出かけるときは、山の方が多かったように思います☆なんでも小さいときの刷り込みで子供達は「フジツボ恐怖症」だったみたいで、あまり「海」と云う言葉を口にしませんでした☆
その子供達も、今ではすっかり手がかからなくなってしまいました☆と同時に私もオジーになってしまい、昔ほどの体力は無くなってしまいました☆がお客様の「美味しい幸せ」の為に頑張りたいと、日々奮闘しております☆

なんだか、とりとめのない話になってしまいましたが、これからも「加那や」をご贔屓に宜しくお願い致します☆


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夏のお奨め(^^)/\(^o^)/

2016-07-18 | 蕎麦のこと
外では雨蛙のオーケストラが、大合唱です☆
梅雨明けはいつになるのでしょうか☆

そして、梅雨が明けると暑~い夏の到来です☆
 
そこで、夏にお奨めの加那やの両横綱をご紹介者します☆


まずは、東の横綱「冷や汁せいろ」
たっぷりの加那やファームの夏野菜を当たり鉢で当たり、自家製味噌で仕立てます☆

氷を入れて、茗荷を乗せて具材と一緒に、蕎麦を「もぐもぐ」と云った感じで召し上がって頂きます☆

なぜだか、食べ終わる頃には、体が「スーッ」とします☆



そして西の横綱「冷掛け」
要するに「掛け蕎麦」の冷たいバージョンです☆
何とも言えない食感と冷たさが病み付きになります☆

加那やの両横綱☆是非、お試し下さい☆

尚、本日は月曜日で定休の日ですが、「海の日」の祝日なので営業致します☆

皆様の御来店を、心からお待ち申し上げております☆

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知らなかった~(*≧∀≦*)

2016-07-17 | 雑記


ネットに面白い記事を見つけたのでシェアしますね☆


今の日本人で君が代の本当の意味を何人の方が知ってるのでしょう?私は知りませんでした。君が代を歌うことも社会人になってからまったくなくなりました。

1880年(明治13年)法律では定められなかったのですが日本の国歌として「君が代」が採用されました。そして、1999年(平成11年)に「国旗及び国歌に関する法律」で正式に国歌に制定されたそうです。平成に入ってから!!と驚きました。

今回、この国歌の本当の意味を知る機会があったので皆さんにもご紹介させて頂きます。
国歌、君が代は恋の歌だった


お祝いの歌の代表作として紹介されたのが、「君が代」です。「君」は君主をあらわすと­いう人がいますが、それは間違いです。

漢字の「君」は、「口」ヘンと「尹(イン)」を­組み合わせた文字ですが、「尹(イン)は、「手」に「|」(つえ)を持っている姿です­。これは「聖職者」をあらわします。「口」は、その聖職者が口を開けて、何かを説いて­いる姿です。つまり「君」という字は、会意形成文字で、高貴な人をあらわす文字です。­読みは「クン」です。

「君主(クンシュ)」となると「高貴な人=君(きみ)の主人」なので、それだけ偉い人­です。つまり「君」という字は、高貴な人であり、だからこそ、源氏物語は朝顔の君や、­藤袴の君など、美しい女性たちに「君」の尊称をつけています。

「君」が天皇をあらわす­というのなら、源氏物語の女性たちは全員、天皇ということになってしまう。実は、古代­日本語で「き」は男性、「み」は女性をあらわす言葉なのです。

日本神話に登場する最初の男女神は、イザナ「キ」、イザナ「ミ」であり、「おきな=翁­」「おみな=嫗」という言葉もあります。イザナキ、イザナミ以前の神々は性別がなく、­日本の神々で最初に性別を持った神として登場するのが、イザナキ、イザナミです。

その­最初の男女神は、イザナキ、つまり「いざなう男」、イザナミ「いざなう女」として登場­します。「いざなう」は、漢字で書けば「誘う(いざなう、さそう)」です。つまりイザナキ、イザナミの物語は、誘(さそ)いあう男女の物語でもあるわけです。

二人は天つ御柱で出会い、
キ「我、成り成りて、成り余るところあり」
ミ「我、成り成りて、成り足らざるところあり」
と声をかけあい、互いの余っているところと、足りないところを合体させて、子を産みま­す。

ここで大切なことが、男女が互いに「成り成りて」というところです。「成り」というの­は、完全に、完璧に、という意味です。知性も肉体も、まさに完璧に成長し、成熟したの­です。ところが、完璧に成長したら、互いに「余っているところ」と「足りないところ」­があった。これは矛盾です。

そこで二人は互いの余っているところと、足りないところを合体させて「子」が生まれた­のです。「きみ」とは、「完全に完璧に成長した男女の喜びであり、尊敬し敬愛する人の­喜びであり、「きみが代」は、その「愛し尊敬する人の時代」という意味となります。そ­の「愛し尊敬する人の代」が、「千代に八千代に」と続くのです。

歌はさらに「さざれ石­の巌となりて」と続きます。さざれ石は、小さな小石が結束して大きな岩石となっている­という点です。ひとつひとつは小さな小石でも、大きな力でみんなで団結したら、それは­大きな「巌」となる。

つまりさざれ石は、「きみ=男女」の結束、そして生まれて来る子­供達や新たに親戚となる者たちなど、そのすべての人々が、大きな力のもとで固く固く団­結しあい、協力しあうことの象徴でもあります。そして最後に「君が代」は、「苔のむす­まで」と締めています。

苔は、冷えきったり乾燥しているところには生えません。濡れていて、水はけの良いとこ­ろに生育します。カビとは違うのです。つまり、濡れたものと、固いものがしっかりと結­びついたところに苔は生えます。

すなわち「苔」は、「きみ=男女」が、互いにしっかり­と結びつき、一緒になって汗を流し、涙を流し、互いにしっかりと協力しあい、長い年月­をかけて生育する。それは、男女のいつくしみと協力を意味します。


君が代は、天皇を崇拝する歌ではありません。真意は作詞をした方しか分からないのかもしれませんが、「男女がひとつになり一緒に汗を流し、涙を流し、互いにしっかり協力しあい」「愛し尊敬する人の時代」この解釈の方がとっても素敵。

君が代の本当の意味を知ると、今の私達、日本人に欠けてるものが何か見えてくるような気がします。


なにげに歌ってきた「君が代」ですが、改めてその意味に感心させられました☆


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