Hugh Milneの書いたクラニオセイクラル・ワークの本、"The Heart of Listening"(面倒なので、以下HL)の翻訳原稿が完成し、現在、ゲラ・チェック作業を行っている。
これまで、マイケル・ケーンの『ウィズダム・イン・ザ・ボディ』、チャールズ・リドリーの『スティルネス』、フランクリン・シルズの『クラニオセイクラル・バイオダイナミクス(以下CB)』(私の訳が出たのは、そのVOL.1のみだが)と訳してきた(いずれもエンタプライズ出版部から刊行中)。そのどれも、楽々訳せた本など1冊もないけれど、このHLの翻訳の難しさといったら、まさに「怪物級」のシロモノで、多分正常な判断能力を持った人なら、こんなのを全訳しようとは思わないだろう。自分でも「よく、こんなもの訳したなー」とシミジミ思う。
実は、CBを辞書を引き引き四苦八苦して読み始めた時から、クラニオのことをネットで調べて
CBのVOL.1、VOL.2
Wisdom in the Body
The Heart of ListeningのVOL.1、VOL.2
の5冊が、この分野の代表的な文献らしいことがわかり、いずれは読もうと思っていた。その後いろいろあって、"Stillness"を加えて、いつの間にかそれを自分が訳して出すことになってしまった。
さて、HLだが、クラニオの中でもヴィジョナリー・クラニオセイクラル・ワークという流派?の本である。チャールズ・リドリーは『スティルネス』の中でクラニオを、バイオメカニカル、ファンクショナル、バイオダイナミクスの3つに類別し、このヴィジョナリー~をファンクショナルなクラニオとして分類している。
ヴィジョナリー(visionary)には、予見的な、洞察力のある、夢想的な、などの意味があるが、HLを通読してもヴィジョナリーというものの具体像ははっきり見えない(あるいは、治療法の名前というのは、ある種のキャッチ・フレーズのようなものなので、その意味を辞書的に分析してもあまり意味がないのかもしれない)。ただ、それを創始した(また著者でもある)ヒュー・ミルンという人は、(本文中にも出てくるが)ある種の特殊感覚の持ち主らしく、そのためヴィジョナリーは、シルズらのバイオダイナミクスとは違った形で神秘主義的な色合いの濃いものとなっている。ただ、施術テクニックは解剖・生理に基づいた機械論的な考え方で作られていて、ジョン・アプレジャーらのバイオメカニクスに近い。その意味では、ヴィジョナリーはバイオメカニクスとバイオダイナミクスの中間に位置するもので、バイオメカニカルなクラニオを学んだ人にも、バイオダイナミックなクラニオを学んだ人にも受け入れられやすいかもしれない。
HLの原書は全1巻のハードカバー版と、2巻構成のペーパーバック版の、2種類の形で出ているが、内容は全く同じで、ペーパーバック版は1章~15章がVOL.1、16章~45章がVOL.2になっている。具体的な1つひとつの治療テクニックは全てVOL.2に収められているため、一見するとVOL.1が総論編、VOL.2が各論編のようにも見えるし、それは必ずしも間違いではないが、私はもう1つの見方があると思っている。
通常の治療書では、総論編ではそこに述べようとする治療法/治療体系の科学的(そして医学的)な裏付けを記すのだが、HLではそれらは全てVOL.2に述べられている。ではVOL.1には何が書かれているかというと、大きな流れとして
人類の歴史 → 治療(ヒーリング)の歴史 → ヒーラーとしてのミルン自身の歴史
が述べられた後、タッチを使った施術を行う人の心得、瞑想法、内なる目(inner eye)によるワーク、7つのソウル(チャクラ)といった内容が続く。つまり、VOL.1はヴィジョナリー・クラニオセイクラル・ワークのスピリチュアル(スピリチュアルには、精神的、霊的の2つの訳語があるが、その両方の意味で)な部分、VOL.2にはフィジカルな部分が述べられている、とも考えられる。
ちなみに、エンタプライズから出る予定の日本語版は、分冊化しない全1巻の形になるようである。
ところで、VOL.2の翻訳の最終原稿を8月初旬にエンタプライズに渡して、ヤレヤレと一息つこうとしていた矢先に先方からメールが来た。何だろうと思って見たら、
-----8<-----8<-----
本書は9月中の発行を予定しておりますが、スケジュールがtightです。
そこで、先生にお願いですが、vol.1、vol.2の著者校正の期間をそれぞれ
5から7日でなんとか対応していただけないでしょうか。
----->8----->8-----
だって。9月に出すって…マジかよ? 暫定版の原稿は既に渡してあったとはいえ、最終原稿は、ついこの間送ったばっかりだぜ…。こちらとしては、過去の例から早くても10/末、場合によっては11/末の線もあり得る、と思っていただけに、一瞬「目が点」になった。が、出版社が「それでやる」ということなので、こちらも受けて立たなければならない。で、今、ヒーヒー言いながらゲラ・チェックに追われているというワケ。
…というわけで、The Heart of Listening日本語版の出版に向けて、只今鋭意作業中です。出版された暁には、皆さん買って下さい。ヨロシク。
これまで、マイケル・ケーンの『ウィズダム・イン・ザ・ボディ』、チャールズ・リドリーの『スティルネス』、フランクリン・シルズの『クラニオセイクラル・バイオダイナミクス(以下CB)』(私の訳が出たのは、そのVOL.1のみだが)と訳してきた(いずれもエンタプライズ出版部から刊行中)。そのどれも、楽々訳せた本など1冊もないけれど、このHLの翻訳の難しさといったら、まさに「怪物級」のシロモノで、多分正常な判断能力を持った人なら、こんなのを全訳しようとは思わないだろう。自分でも「よく、こんなもの訳したなー」とシミジミ思う。
実は、CBを辞書を引き引き四苦八苦して読み始めた時から、クラニオのことをネットで調べて
CBのVOL.1、VOL.2
Wisdom in the Body
The Heart of ListeningのVOL.1、VOL.2
の5冊が、この分野の代表的な文献らしいことがわかり、いずれは読もうと思っていた。その後いろいろあって、"Stillness"を加えて、いつの間にかそれを自分が訳して出すことになってしまった。
さて、HLだが、クラニオの中でもヴィジョナリー・クラニオセイクラル・ワークという流派?の本である。チャールズ・リドリーは『スティルネス』の中でクラニオを、バイオメカニカル、ファンクショナル、バイオダイナミクスの3つに類別し、このヴィジョナリー~をファンクショナルなクラニオとして分類している。
ヴィジョナリー(visionary)には、予見的な、洞察力のある、夢想的な、などの意味があるが、HLを通読してもヴィジョナリーというものの具体像ははっきり見えない(あるいは、治療法の名前というのは、ある種のキャッチ・フレーズのようなものなので、その意味を辞書的に分析してもあまり意味がないのかもしれない)。ただ、それを創始した(また著者でもある)ヒュー・ミルンという人は、(本文中にも出てくるが)ある種の特殊感覚の持ち主らしく、そのためヴィジョナリーは、シルズらのバイオダイナミクスとは違った形で神秘主義的な色合いの濃いものとなっている。ただ、施術テクニックは解剖・生理に基づいた機械論的な考え方で作られていて、ジョン・アプレジャーらのバイオメカニクスに近い。その意味では、ヴィジョナリーはバイオメカニクスとバイオダイナミクスの中間に位置するもので、バイオメカニカルなクラニオを学んだ人にも、バイオダイナミックなクラニオを学んだ人にも受け入れられやすいかもしれない。
HLの原書は全1巻のハードカバー版と、2巻構成のペーパーバック版の、2種類の形で出ているが、内容は全く同じで、ペーパーバック版は1章~15章がVOL.1、16章~45章がVOL.2になっている。具体的な1つひとつの治療テクニックは全てVOL.2に収められているため、一見するとVOL.1が総論編、VOL.2が各論編のようにも見えるし、それは必ずしも間違いではないが、私はもう1つの見方があると思っている。
通常の治療書では、総論編ではそこに述べようとする治療法/治療体系の科学的(そして医学的)な裏付けを記すのだが、HLではそれらは全てVOL.2に述べられている。ではVOL.1には何が書かれているかというと、大きな流れとして
人類の歴史 → 治療(ヒーリング)の歴史 → ヒーラーとしてのミルン自身の歴史
が述べられた後、タッチを使った施術を行う人の心得、瞑想法、内なる目(inner eye)によるワーク、7つのソウル(チャクラ)といった内容が続く。つまり、VOL.1はヴィジョナリー・クラニオセイクラル・ワークのスピリチュアル(スピリチュアルには、精神的、霊的の2つの訳語があるが、その両方の意味で)な部分、VOL.2にはフィジカルな部分が述べられている、とも考えられる。
ちなみに、エンタプライズから出る予定の日本語版は、分冊化しない全1巻の形になるようである。
ところで、VOL.2の翻訳の最終原稿を8月初旬にエンタプライズに渡して、ヤレヤレと一息つこうとしていた矢先に先方からメールが来た。何だろうと思って見たら、
-----8<-----8<-----
本書は9月中の発行を予定しておりますが、スケジュールがtightです。
そこで、先生にお願いですが、vol.1、vol.2の著者校正の期間をそれぞれ
5から7日でなんとか対応していただけないでしょうか。
----->8----->8-----
だって。9月に出すって…マジかよ? 暫定版の原稿は既に渡してあったとはいえ、最終原稿は、ついこの間送ったばっかりだぜ…。こちらとしては、過去の例から早くても10/末、場合によっては11/末の線もあり得る、と思っていただけに、一瞬「目が点」になった。が、出版社が「それでやる」ということなので、こちらも受けて立たなければならない。で、今、ヒーヒー言いながらゲラ・チェックに追われているというワケ。
…というわけで、The Heart of Listening日本語版の出版に向けて、只今鋭意作業中です。出版された暁には、皆さん買って下さい。ヨロシク。
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